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    なんとなく支部に上げたのの前半部分だけ。続きはpixivで。
    リアクション用に…。

    セベジャミ/20220811

    ##セベジャミ

    知らなくていいこと.

     俵型のころりとしたフォルム。その丸い胴体から短い手足が生えている。動くたびにぴょこんと揺れる髪は若葉のような黄緑色だ。丸い顔の中央に配置されたつぶらな瞳が、ジャミルをじっと見上げていた。
     その淡い金色の瞳を見つめ返しながらジャミルはぽつりとつぶやいた。

    「……で、これが空から降ってきたとかいう謎の生物か」

    「ああ。元の世界に帰す方法がわかるまで僕がコイツの世話をすることになってしまって……仕方なく寮へ連れ帰ったところ図々しくもマレウス様に付きまとい始めて! なんたる不敬! いくら言葉が通じない小動物とはいえ許してはおけん!!」

     自分とジャミルのあいだにちょこんと座っている小さな生き物――どうやら『ツム』と呼ぶことになったらしい――をぎろりと睨みながらそう言うと、ふと我に返ったようにセベクはジャミルへと視線を戻した。

    「……ゴホン。――と、言うわけでコイツをマレウス様から引き離すのに手間取ってしまい、来るのが遅れた。あらためてすまなかった」

    「さっきも言ったが気にするな。別に今日はやめにしてもよかったのに」

     二度目の謝罪を口にする恋人にそう返しながらふたたびベンチの上の生き物を見下ろす。こんなよくわからない生物の世話係をいきなり任されてしまったのだから(それもジャミルには理不尽に思える理由で)、無理に自分に会いにくる必要などなかったのだ。週に一、二度、こうして深夜におこなわれる恋人とのささやかな逢瀬は忙しない日々を送るジャミルの心の癒しになっていたが、別に彼とは昼間にも学園で会えるのだし、互いの生活を犠牲にしてまでおこなうことでもない。少なくとも自分が彼の立場ならさすがに今日だけは予定をキャンセルさせてもらっていただろう。
     そんなジャミルの言葉に「いや、その……」とセベクが口ごもる。ちらりと目を向けると、彼はジャミルから顔をそらしてうろうろと視線をさまよわせていた。月光に照らされた白い頬がわずかに色づいているように見えた。

    「……その、ジャミル先輩とふたりきりでいられる機会を一日でも無駄にしたくなくて……」

     がらんとした中庭に消え入りそうな声が響く。そらされたままの恋人の横顔をジャミルはじっと見つめていた。初夏の夜風がさわさわとやさしく林檎の木の枝を揺らす。月は明るく、暑くも寒くもない過ごしやすい夜だった。こうして静かな夜の帳の中で彼と言葉を交わしていると、いつも心が凪いでいくような穏やかな気持ちになった。
     恋人の顔を見つめたまま、ジャミルはフッと笑った。

    「……まあ、いまは『ふたりきり』ではないけどな。……わ、」

    「あっ」

     突然視界の端で影が動き、思わず身体が揺れる。それまでおとなしくベンチに座っていたツムが突然、ぴょんと高く跳ねたのだ。そしてそのままジャミルの肩に着地する。反射的に払い落としそうになったが、敵意はないと判断してジャミルは思いとどまった。

    「♪」

    「なんだ。人懐っこいやつだな」

    「……!」

     ジャミルの肩に乗ったまま、ツムがスリスリとジャミルに頬ずりし始める。突然の行動に少々戸惑いはしたが、嫌な気分ではなかった。まるで小さなペットに懐かれているようだ。先ほどセベクが『マレウスから引き離すのに手間取った』と言っていたし、元々人懐っこい性格の生き物なのかもしれない。

    「おい、くすぐったいからそろそろ離れろ。ん、」

    「!!」

     不快ではないとはいえいつまでもくっつかれているわけにはいかないとやんわりツムを肩から下ろそうとしたときだった。それまでスリスリとジャミルの顔に身体を押し付けていたツムが一瞬動きを止め、突然ちゅっとジャミルの頬に口づけた。隣でセベクがビクリと身体を揺らす。ジャミルはちらりと恋人を見やった。
     信じられないものを見るような目でセベクはジャミルの肩を凝視していた。大きな身体がわなわなと震えている。パクパクと口が音もなく動いた。

    「こ、」

     ようやくその口から音が漏れる。

    「こ、こ、この無礼者め!!! マレウス様に付きまとうのみならずジャミル先輩にまで無礼を働くとは!! 先輩にく、口づけるなど、なんてうらやまし……じゃなくて、なんて破廉恥な!! 恥を知れ!!!」

    「おい、静かにしろ。誰かに見つかったらどうするんだ」

     中庭じゅうに響く大声にひやりとする。だがジャミルの制止も耳に入っていないようで、セベクはさらに声のボリュームを上げた。

    「いますぐ先輩から離れろ!! あっ!」

     セベクがジャミルの肩の上のツムへと腕を伸ばす。だが肩に乗ったときと同じ俊敏さで、ツムはさっとセベクの腕から身を躱すとジャミルの側のベンチの端に着地した。そのままジャミルの身体の陰に身を隠すようにする。若葉色の髪がジャミルの太もものあたりからひょこりとのぞいた。

    「くっ。先輩を盾にするとは、卑怯なヤツめ!」

    「おい、落ち着け。そんなにムキになることでもないだろう」

    「グ、し、しかし……」

     ふたたびジャミルが声をかけると、セベクはまだなにか言いたそうにしながらもようやく口を閉じた。鋭い目はいまだにジャミルの身体の陰に隠れるツムを睨みつけている。
     そんな恋人の様子に、ジャミルの胸に言いようのない感情が湧き出してくる。こんな小さな生き物に嫉妬する年下の恋人が愛おしくて仕方なくなってしまう。それと同時に、胸の奥にわずかな悪戯心が芽生えた。

    「――うらやましいのか?」

    「なっ!?」

     ぎくりとセベクの肩が揺れる。金色の瞳が驚いたようにジャミルを見た。
     その瞳を見つめ返しながら、ジャミルはこてりと首を傾げた。

    「さっき言いかけただろ。『なんてうらやましい』って」

    「い、いや。そんなことは……」

     きょろきょろと目を泳がせながら見え透いた嘘をつく恋人に自然と口の端が上がる。本当にからかい甲斐のある男だ。
     ジャミルはそっと恋人の太ももに手を置いた。ぴたりとセベクの動きが止まる。まるで突然電池が切れたおもちゃの人形のようだ。

    「……別に君なら、いつでもしていいんだぞ」

     ビクリと大きな身体が揺れた。金色の瞳がジャミルを捉える。その瞳をじっと見つめ返し、それからジャミルはそっと目を閉じた。涼やかな夜風が長い前髪を揺らす。どこかで虫の声がしていた。中庭の草木がさわさわとさざ波のような音を立てる。先ほどまでの騒がしさは去り――騒いでいたのはセベクひとりだったが――、穏やかな夜の空気が戻ってきていた。
     ゴクリ、と唾を飲み込む音がした。それからわずかに身を動かす気配。大きくてあたたかい手のひらが、おそるおそるジャミルの頬に触れた。ゆっくりと彼が顔を近づけてくるのが目を閉じていてもわかった。あと数センチで――

    「うわっ!」

    「!」

     頬に触れていたぬくもりが離れ、わずかな緊張感を孕んでいた空気が一気に霧散した。ジャミルはパチリと目を開けた。
     目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのはツムと格闘している恋人の姿だった。いつのまにかジャミルの身体の陰から飛び出したツムが、まるで木の幹にとまるセミのようにべったりとセベクの顔面に貼りついている。セベクはそれをどかそうと躍起になっていた。

    「この……離れろ! なんのつもりだ!! 小さな生き物だからと大目に見ていたがもう我慢できん!!! その人を舐め切った性根を叩き直してやる!! あっ!」

     またしてもセベクの手を逃れると、ツムはぴょん、と地面に降り立った。そのままコロコロと転がりながら中庭を横切っていく。

    「お、おい! どこへ行くつもりだ!!……はっ、まさかまたマレウス様に付きまとうつもりではないだろうな!? 待て!!!」

     ベンチから勢いよく立ち上がり、セベクが一歩前へと踏み出す。それからハッとしてジャミルを振り返った。
     困惑したような顔でふたたびツムが去っていった方向を振り返り、それからジャミルの方へと顔を戻す。その顔には大いなる葛藤が浮かんでいた。そのまま数秒沈黙すると、やがて彼は絞り出すようにして叫んだ。

    「~~~っ。すまない! ジャミル先輩! ヤツを追わなければ。またマレウス様に……いや、他の誰かに迷惑をかけるかもしれない。一度世話係を任された以上、アイツを放っておくわけにはいかない」

    「……ああ。わかってる。いいから早く追え」

     ジャミルがそう答えるとセベクはあからさまにホッとした顔をした。身体を半分ジャミルの方へ向け、先ほどよりも落ち着いた声で言う。

    「……今夜は本当にすまなかった。この埋め合わせはいつか必ずする! では、おやすみ、ジャミル先輩」

     おやすみ、と返したジャミルにひとつうなずくと、セベクは全速力で駆け出していった。足音がだんだん遠ざかり、あたりに静寂が戻ってくる。
     誰もいない中庭のベンチにひとり座ったまま、ジャミルは遠のいていくうしろ姿をいつまでも見つめ続けていた。

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