きたねえモップリン 俺が毎日通る道の信号脇に、モップリンが放置されている。
モップリンはアレに似ている、モップを洗う絞り機付きのバケツだ。地元で軒先に置かれているのを見たことがある。多分玄関の掃除にでも使うやつなんだろう。ただこのモップリンは掃除に使って干されているやつじゃなさそうだ、雨水が溜まっているし底には無精ヒゲのような砂が落ちている。水面にはきったない藻まで浮かんでいる。誰にも使われていない。
近くの住民が外に干してそのまま忘れてしまったのだろうか。それともマナーの悪いバカイカが捨てていったのだろうか。とにかく、俺は毎日この汚いモップリンと顔を合わせていた。
俺はいつも通りナマホ歩きをしながら家に帰ろうとしていた。横断歩道に差し掛かろうとした時、真横に誰かが立っていた。
焦って振り返る。誰だ。誰もいなかった。あるのは例の捨てモップリンだった。信号機は赤だった。俺はナマホをポケットに入れ、信号が変わるのを待った。
以来、そこの信号機に差し掛かると必ず誰かが立っていた。はっとして顔を向けると誰もいない。俺はどうも地面に転がった汚いモップリンを人の立ち姿と見間違えているようだった。しかも、人と間違えるくせにそいつがどんな種族なのか、男か女なのか、後で思い出そうとしてもちっともわからない。ただ、黄色の小汚い服を着ていると言われればそんな気がした。
俺の目はおかしくなってしまったのだろうか。大体、あのモップリンは誰が置いたものなんだ。ブキなんかリサイクルショップでそこそこの値が付くのだから売ればよかったのに。というか、この辺でブキを道に放置しようなら、頼まなくても手癖の悪いバカタコがやってきて持っていくだろう。こいつはいつからここに放置されていて、こんなイカしてない格好にさせられたんだろうか?
見間違いをするようになってか、二週間ぐらいして、俺は家から持ってきた付箋をそいつに貼った、「これ誰の?」と。元の持ち主がいるならさっさとこいつを連れ帰ってやれと思った。
翌日そいつのところを通ると、付箋がきったない藻の緑で汚れていた。
汚れは俺の字の上に「モプ」と書いてあるように見えた。
なんだか俺はその時めちゃくちゃバカらしい気分になってきて、そのモップリンを蹴り倒した。澱んだ雨水がドボドボ溢れて排水溝に流れていくのを見た後、泥だらけの取っ手を引っ掴んで自分の家へと走った。
俺はバンカラ有数のモップリン使いとしてネットニュースや匿名掲示板で名を語られるようになっていた。
これを言うとフレンドに大変気味悪がられるが、モップリンを使うようになってから、それまで普通に使っていたシューターだのブラスターだのが上手く持てなくなっていた。まともに使いこなせるのはモップリンとモップリンDだけになって、代わりに俺のウデマエはB+からS+まで上がった。
何であの時、道に落ちてたきったない中古のモップリンを持ち帰ったのか今でもわからない。バトルで使ってみたら案の定ボロくてすぐ壊れたが、俺は躊躇わず新品のモップリンに買い替えてまた使った。そうしたいと思った。
モップリンで得たファイトマネーが溜まってきたので、俺はもっと綺麗な物件に引っ越した。鳩よけネット付きのベランダは洗濯物やブキを干すのに丁度いい。
室外機の上に逆さまのモップリンとモップリンDが並んでいる。黄色いプラスチックはつやめいている。