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    mochudayo

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    mochudayo

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    極ママの話。

    『明日多ラテ』「何言ってんのか聞こえねぇよ。もっとでかい声で喋れ」


    ぺきん、と音がした。
    瞬間に響く絶叫。
    黒い手袋に摘ままれた小指は、関節が本来曲がる方向と逆に曲がっていた。


    某月某日、某所にて。深夜2時半。


    意図的に照明を暗くされた狭い部屋の中、椅子に縛り付けられたスーツ姿の男を見下ろすのは真っ黒な目。

    明日多ラテの仕事は多様だ。
    暗殺、護衛、諜報、etc…。もともとは殺し屋スイーパーだったはずなのだが、クライアントの要望に柔軟に答えていった結果、請け負う仕事が増えていった。

    彼は昔から自身の容姿を武器に使うことが嫌いだった。同業者から「勿体ない」と言われることも嫌いだった。
    女性的な振舞いをしている自覚はある。しかしそれが自分に馴染むからであって、他意はない。自然にしているだけなのにそういう評価をされるのが苦痛だった。

    だからそれ以外でのし上がった。

    経験は戦闘力になり、知識は戦略に生きる。口調も仕事用に繕った。絶対的な暴力と併せれば効力が上がると気づいたからだ。守るべきものができてから、生に執着できるようにもなった。
    身に着けた…否、染みついてきたスキルは十二分に活かされ、またこうして『尋問して情報を聞き出す』特殊な仕事をこなしている。


    「出せるじゃねぇの。次5秒後に反対の小指な」


    今しがた折った相手の手と反対の手を、そっと片手で包んだ。痛みで震える手をなだめるように細い指が這う。薄い手袋越しに体温を感じた刹那、ぼきん、と先ほどと同じように小指が曲がった。
    スーツの男は唇を噛んで声を抑えている。うっすらと目に涙が浮かんでいるのを見て、明日多ラテは長い睫毛を伏せた。


    「…まだ我慢すんの?もしかしてどうにか抜け出せると思ってる?」


    低い声を隙間風が運んでいく。薄暗い部屋の天井にある、唯一の照明を覆い隠すように上からのぞき込んだ。
    逆光で暗くなった顔の中、2つの黒い目だけがしっかりと見下ろしていることが、縛られた男には分かってしまった。彼は絶叫以外に口をきつく結んでいたが、カチカチと歯が鳴る音をこぼしていた。


    「言わないのか言えないのか…。もう飽きたからこっち全部いくな」


    明日多ラテは返事も待たずに、腫れあがった小指を避けて残りの指に自分の手のひらを重ねて―――そのまま力任せに全て逆に折り曲げていった。
    ばきぼきと鳴る音は男の絶叫に搔き消えてほとんど聞こえなかった。


    「……はははウケる、全部逆に曲がっちまった」


    痙攣する相手の指にそのまま自分の指を絡めて、また別の角度へ捻っていく。吐きだす空気がないのか、掠れた悲鳴だけが洩れた。


    「…なに、もしかしてこういうのが好き?だから何も言わねぇの?………気持ち悪いな。口が利けるうちに吐いた方がいいと思うけど」


    痛みと酸欠で口を開け閉めさせている男の手を握ったまま続ける。しばらく見つめていると、彼はたどたどしく言葉をこぼし始めた。明日多ラテは本当?と1度聞いて、相手が涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃな顔で肯定するのを見てからそれを頭に叩き込んで、にっこりと2回ほど頷いてみせた。


    「ありがとう。さよなら」


    黒い手袋が両方男の顔を包むように触れたその瞬間、ごきん、と一番大きい音を立てて首が曲がった。




    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




    「…だから、ちゃんと床を汚さずに終わらせたでしょう?何が不満なの?」


    某月某日、某所にて。深夜2時47分。


    明るくなった部屋の中、明日多ラテが呼んだ処理班のメンバーが揃って作業をしていた。人口密度は高いが、皆黙々と『処理』を進めているため、絶叫が響いていた時よりも静かだった。


    「成果が少なくない?ついでにもっといろいろ聞いといてよ」


    古びたバインダーに挟まれた書類にペンを走らせながら、処理班のひとりがさらりと言った。
    デジタル化が進む昨今、未だに書類が手書きなのは、いざと言う時に跡形もなく消してしまえるからだと聞いた気がする、と明日多ラテは記憶を辿る。


    「依頼(オーダー)されていた情報は聞き出したじゃない。十分でしょう?無駄に痛めつけるのは趣味じゃないわ」


    仕事用に繕った口調は影を潜め、普段通りに振る舞えているおかげか声色も先程より随分と穏やかになっていたが、どこか棘が残っていた。
    それに対し、まるで世間話でもするようにのんびりと処理班のひとりは続ける。


    「よく言うよ、ぼきぼき骨折ってニコニコしてるくせに」

    「……尋問してる側が心配そうな顔してたら効果がないでしょう。笑いたくて笑ってるわけじゃないわよ」

    「ふーん。まあいいや。報酬はいつものとこに振り込みますーだって。よかったね」

    「…………ありがと」


    明日多ラテは何か言いたげに開いた口を1度閉じて、一拍置いてから短く礼を言った。
    このマイペースな相手との付き合いもそこそこ長い。慣れてきてしまっているのもあってか諦めを感じていた。

    会話が途切れ、しんとした部屋の中、「せーの」という掛け声と重たい音がした。見ると、事切れたスーツ姿の男が2人がかりで椅子ごと運び出されていた。
    首がおかしな方向に曲がったまま、だらりと垂れている。


    「…そんな顔するなら、こんな仕事やめればいいのに。きみの実力で見れば天職だと思うけど、気持ちがついてこないとキツくない?処理班(こっち)来る?」


    書類とにらめっこしていたはずの彼がいつの間にかこちらを見ていた。言われて、自分の眉が寄っていることに気づく。
    明日多ラテは取り繕うでもなく、そのままの表情で少し間を置いてから口を開いた。


    「別に。殺したことも、この仕事をしてることも後悔はしてないわ。ただ…もしかしたらあそこで運ばれているのは私だったかもしれない、って思う時があるの。今私はこっち側にいるけど、気を抜けば簡単にああなってしまう」


    自分が殺した男が部屋から運び出されるのを見送ってから、肩を竦めてみせた。


    「私が死んだらあの子がまた悲しい顔しちゃうわ。そうならないように続けなきゃ。…自分の死んだあとのことなんて、何にも心配することもなかったのにね」

    「生きることにしがみつけるのはいいことだよ。きみ元々いろんな欲が薄そうだし、ちょうどいいんじゃない?」

    「…貴方は食欲しかなさそうよね」


    そんなことないよ、とまた書類に目を戻した。かと思えば、あっ、と何かを思い出した様子でまた顔を上げる。


    「そうだ。この間さ、新しい店ができてたんだよ。焼肉。オープン記念で安いらしいし、一緒に行かない?」

    「よくこんな時にこんな場所で焼肉の話なんてできるわね……」


    やっぱり食欲しかないじゃない、とちくりと刺したつもりだったが、どこか照れくさそうに笑われてため息が漏れた。
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