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    tsugu_yakisoba

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    tsugu_yakisoba

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    いい夫婦の日に遅刻しました(いつも通り

    それは、三浦慶太郎と南奈津乃が新たな惑星で結婚する運びとなり、ささやかな式を挙げた日のこと。
     披露宴という名の飲み会、二次会という名の飲み会、三次会という名の飲み会と、まあつまり結婚式とは新郎新婦を肴に、食べ物と飲み物がある限り無礼講でずっと飲み食べし続けるという会だ。
     子供がいる面子から少しずつ人は減っていき、最後はなぜかみんなで三浦の胴上げをして終わって。笑いに包まれた、本当に楽しい1日だった。
     沖野と比治山も最後までしっかりと残っていて、宴会を楽しんでいた。夜も更けて隣同士の部屋に戻るところだが――今夜は、ただ別れるには名残惜しい。
     どちらともなく酔い覚ましのコーヒーでもということになり、沖野の部屋に上がり込むことになった(尤も、毎日のように「名残惜しい」をやっているのだが)。



    「ああ、楽しかったな、今日は」
     甘めに入れたカフェオレをすすりながら、比治山は破顔した。
    「あの慶太郎が結婚するとは……本当に、喜ばしい」
    「そうだね。奈津乃さんも、嬉しそうだったね」
     恋人たちの会話は、時に意味のないものになりやすい。特に今日のように――酔って、楽しい時などは。
     沖野も比治山も、さっきから幾度となく同じ会話を繰り返していた。
     結婚して
     嬉しい
     幸せそうだった
     結婚して
     嬉しいそう
     幸せ
     結婚
     結婚――……

     壊れたオルゴールのように同じ単語を繰り返していると、二人して同じ言葉が頭をよぎる。

     この新しい星で、僕たちは、結婚したりするのだろうか?
     それは、今まで考えたことのない、いや、考えないようにしていたことであった。
     そもそも結婚とはなにか?当然のことながらこの新惑星にはまだ婚姻のための法など整備されていない。結婚を誓う宗教もない。二人が「結婚します」と人前で違うこと、ただそれだけが今のこの星の結婚なのだ。
     何にも縛られずに自由にできるからこそ、恋人としてそばにいて、一生添い遂げたいと思っていても、沖野と比治山は未だ「結婚」してはいなかった。
     付き合っていることはとっくに皆にバレている。
     だがそれは結婚を宣言したのと、少し違う。
     けれど皆の前で宣言などしなくとも、きっと一生そばにいる。
     離れることなど出来やしない。
     ――それで十分ではないか。
     そういつも思っているが、結婚式というそれを思い起こさせる日だけは、ほんの少し。処理を重ねてほんの少し動作が遅くなったプロセッサのように、そのことを考えてしまう。

     少しだけ、気まずい沈黙が落ちる。
     コーヒーをちびちびとすする音だけが部屋に響いた。
    「……セクター1での結婚式は、どんな感じなんだ?」
     比治山が意を決したように口を開いた。隣に座る沖野を見ずに、カップの中身をぼんやりと見つめている。
    「え?」
    「貴様のところの結婚だ」
     珍しい。今までの少ないケースでは、敢えて直球の話題が来たことはなかったはずだ。
    「セクター1での結婚式?……そうだな、式を挙げる人はどんどん減って、入籍だけが多いかな。入籍時に結婚契約書を作って、みんなの前で宣誓書にサインしたり……でも契約不履行での離婚も多い。そもそも結婚する人の率も下がっているね」
     沖野はかつての故郷を思い出すように、少し上を見上げて答える。その中身は、比治山が思っているのとはだいぶ違うようだった。
    「契約書?」
    「そう――結婚後の仕事の仕方、家事の分担、子供を持つことや育児のやり方について……結婚前結婚後の財産の分割についてとかを、先に細かく取り決めしておくんだ」
    「……そんなこと……決めねばならんのか?」
     知らない単語の中身を聞けばあまりの自らの時代との違いに絶句するしかない。
    「そんなもの、その都度二人で悩み乗り越えていくことが、その、夫婦なのではないか…?」
    「乗り越える努力をするなんて非効率ってことなのかな?初めに決めておけば悩まない」
     沖野はわざといたずらそうに笑った。比治山が非効率という言葉をあまり好まないからだ。それとも、と更に片目を瞑って笑う。
    「甘い言葉で結婚して、態度を変える人が多かったのかもね」
    「俺はそんなことなどないぞ!!」
     カフェオレをこぼしそうな勢いでそう答える比治山に、今度は沖野が何も言えず赤くなった。
     なんてこと言うんだ比治山くんは。まるで、そう言うことを考えているとでもいうような発言ではないか。
     比治山も比治山で、己のとんでもない言葉に再び口を閉ざし、カップを意味もなく弄んでいる。


     どれだけそうしていただろうか。
     今度は沖野が口を小さく開いた。
    「セクター5は?」
    「ん?」
    「セクター5は、どんな結婚式だったんだい?」
    「……ああ、そうだな……セクター5の結婚は家と家の結婚が多いから、ご両親に挨拶へ行き、互いの使者が結納を交わして、家で結婚式を挙げるのが普通だな」
    「ユイノウ?」
    「結婚する約束を交わすことだ――セクター1のように現実的な約束じゃなく、儀式だな。昆布とかスルメとか――」
     そこまで話すと、興味深そうに聞いていた沖野が目を丸くする。
    「え?昆布とかスルメとかって……本物の?海産物の?」
    「そうだ。縁起を担ぐんだな。子供に恵まれるようにとか、スルメのように味のある夫婦になるようにとか」
    「……信じられない」
    「セクター1からしたら信じられないかもな……」
     語呂合わせのような縁起物を目の前に揃えて行う結納など、非効率の最たるものだろう。唖然とする沖野に、比治山は懐かしそうな顔で話す。
    「結婚式は……宗派によるが、比治山家は神前式だな。神社で、祝詞を上げてもらい、三三九度を交わすんだ」
    「ノリト?サンサンクド?」
     またまた知らない単語に出会い、沖野が首を傾げた。広く学問を修めた自負はあったが、こんなに何度も知らない単語に出会うとは。160年の違いはこんなにも大きい。
     そんな沖野に、比治山はニヤリと嬉しそうに笑った。隣の天才に物を教える機会などほとんどない。
     ソファに腰を掛け直し、指で空中にゆっくり漢字を書く。
    「祝詞。ここでは神への結婚の報告かな……三三九度は、お神酒を三献飲んで固めの杯を交わす儀式だ」
    「3×3で九ってこと?」
    「そうだな……ん?一献は三口で飲むはずだったか?」
    「じゃあ本当は3^3で二十七度だね」
     くすくすと沖野は笑った。
    「二十七回も飲むなんて、大変だ」
    「言われてみればその通りだな」
     ふんわりとコーヒーの香りが漂う。二人で、他愛のないことで笑い合う。
     守りたいと思う。
     笑っていて欲しいと思う。
     誰よりも、自分よりも、幸せでいて欲しいと思う。
     死が二人を分かつまで――いや、その後も。
     別の世に行ったとしても、愛してると思う。




    「比治山くん?」
     何も言わずにソファから立ち上がった男の背中に沖野は声をかける。比治山はその声に振り返らずに、キッチンに消えていった。
     残されると、急に寂しい気持ちになる。体温の高い比治山が隣からいなくなったせいかもしれない。

     しばらくして、比治山は手に何かを持って戻ってきた。
     新惑星で新たに作り始めている酒、小さな器。肴はない。
     比治山は、珍しく厳かな動作でソファの前のテーブルにそれらを置く。そして、横に座りこちらを向いた。
     その意図がわからなくて――いや、わかって、沖野は思わず声を零した。
    「比治山くん……」

    「沖野」
    「……」
    「三三九度には足りんが――改めて俺と……」
     比治山が言葉を切る。視線が絡んだ。男の目は少しばかり赤い。多分、自分の目も同じように赤く潤んでいるのではないかと沖野は思った。
    「……俺と、結婚してくれないか」

    「……比治山くん……酔ってる?」
    「っ!――酔ってるが、酔った勢いで申し入れている訳ではない!」
    「あはは、嘘だよ。――その、嬉しくて、夢みたいだ。本当に……すごく、嬉しい」
     いつもの癖で、ほんの少しだけからかいの言葉を載せてしまった。けれど、本当は嬉しくて嬉しくて、そして少しだけ恥ずかしくてたまらない。
     どんな極上の酒を飲むよりも頭の芯がとろけるようだ。
     誰よりも好きな相手から、誰よりも好いてもらえる、その幸福。
     幸せが形を作って、抑えていないと口から心臓から飛び出して来そうだった。



     比治山は小皿にゆっくりと酒を注いだ。もう一つの小皿にも同じようにする。輝くように透明な、美しい煌めきが皿に揺れる。
     そして一つを沖野に手渡し、一つを自らが持った。
    「……3^3飲んだ方がいいの?」
    「いや、あれは地球の文化だしな。ここではまだ、作法も何もなくていいだろう」
    「……じゃあ――」

     二人は、コクリとその淡い色の酒を飲み干した。
     瞳が合うと、ふっと小さく微笑み合い、そして今更恥ずかしくて下を向く。
     誰に宣誓したわけでもない、たった二人だけの儀式。
     まるでままごとのようなそれは、セクター1の流儀で言えば何一つ約束されていないのかもしれない。
     明確な約束など、何もいらない。
     確かに誓い合ったのはただ一つ。
     ――もう一生、離さない。
     どちらからともなく指を絡め、唇を寄せ合えば、ふわりとした美酒の香りが鼻に抜けて消えていった。
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    tsugu_yakisoba

    DONEいい夫婦の日に遅刻しました(いつも通りそれは、三浦慶太郎と南奈津乃が新たな惑星で結婚する運びとなり、ささやかな式を挙げた日のこと。
     披露宴という名の飲み会、二次会という名の飲み会、三次会という名の飲み会と、まあつまり結婚式とは新郎新婦を肴に、食べ物と飲み物がある限り無礼講でずっと飲み食べし続けるという会だ。
     子供がいる面子から少しずつ人は減っていき、最後はなぜかみんなで三浦の胴上げをして終わって。笑いに包まれた、本当に楽しい1日だった。
     沖野と比治山も最後までしっかりと残っていて、宴会を楽しんでいた。夜も更けて隣同士の部屋に戻るところだが――今夜は、ただ別れるには名残惜しい。
     どちらともなく酔い覚ましのコーヒーでもということになり、沖野の部屋に上がり込むことになった(尤も、毎日のように「名残惜しい」をやっているのだが)。



    「ああ、楽しかったな、今日は」
     甘めに入れたカフェオレをすすりながら、比治山は破顔した。
    「あの慶太郎が結婚するとは……本当に、喜ばしい」
    「そうだね。奈津乃さんも、嬉しそうだったね」
     恋人たちの会話は、時に意味のないものになりやすい。特に今日のように――酔って、楽しい時などは。
     沖野 3813