百合せななる妄想詰め モデルを辞めてから2年と数ヶ月。
入学式に足元の土をピンク色の絨毯に変え、新入生たちを祝福していた桜の木も青々と茂りだした頃。
「泉ちゃん♪」
そう言って2年の教室に現れたのは、紛れもなく鳴上嵐本人だった。
同じ高校に進学してきたことは、クラスメイトたちのおしゃべりを聞いて知っていたけれど、まさか自分を訪ねてくるとは思っていなかった。もちろん理由なんて全く検討がつかない。
教室中の視線が痛いから仕方なく廊下に出て、やっと会えたなどとのたまう口に乗ってあげたのが始まりだったなと、今にして思う。
そんな再会の日からほぼ毎日なるくんは私の教室へ来た。
一緒にランチ食べましょ♪
一緒に帰りましょ♪
放課後付き合って♪
今度の休み遊園地に行きましょ♪
私に選択権は無いみたいな言い方や態度なくせに、その目線には、お願い断らないでという不安を含んでいる。
別に気にしないけど。他に予定があったら断るし、気分が乗らなくても断る。
でもなぜか毎回私はその誘いに乗った。
いいよ、教室以外でなら。
いいけど、途中までね。
暇だからいいよ。
空いてるからいいけど。
理由は簡単。他に予定がなかったから。
もともと積極的に他人と交流する方でもなかったけれど、高校に入学してからはそれが更に顕著になった。加えて私の容姿は威圧的で話しかけづらい雰囲気があるらしく、言ってしまえば高校に友達と言えるような人間は存在しなかった。
それに、なぜかなるくんから誘われるのに嫌な気はしなかった。むしろ嬉しかった。本人に言ったり、伝わりそうなことはしなかったけど。だって、調子に乗られると困る。
そんなこんなで、周りから見れば友達や親友などと言っても差し支えないほどになるくんと過ごして数ヶ月が経ったある日。
「放課後付き合って♪」
いつもの言葉。いつものトーン。いつもの態度。いつも——と違う視線。
気になったけれど思い過ごしだと考えて、いつも通り「暇だからいいよ」と答えた。
しかし、いつもと違った視線はやはり思い違いなどでは無く、意図を持っていた。
馴染みのスタジオにカメラマン、衣装さんにヘアメイクさんらスタッフに囲まれて、数十分前の自分を呪った。
「今度、写真集を出すんだけどね——『思い出の人』ってページ、泉ちゃんと撮ろうと思って」
憎らしいほど綺麗に、そして邪悪に笑ったなるくんは私の心に大きな炎を灯した。
絶対に『思い出の人』になんかなってやらない。
数ヶ月後、思惑通りモデルに復帰した私に、なるくんは「おかえり」とあの日と同じ笑顔を見せた。
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「なるくん!!!!」
突然家中に叫び声、もとい怒鳴り声が響いた。何事かと声の主の元へ慌てて駆けつければ、バスタオルに包まったままお風呂場の前で立ち尽くす泉ちゃん。
「どったの、泉ちゃん?」
「……なにこれ」
指差す先には黒い布。アタシが今日のためにチョイスしたネグリジェだった。
「可愛いでしょォ♪ このまえ撮影の時に着せてもらったんだけどね。気に入ったから、通販で泉ちゃんの分も買っちゃったの」
「普通のパジャマあるって言ったじゃん!」
「ええ〜。せっかくの夜なんだから可愛く着飾りましょ? ね?」
まだ駄々をこねそうな泉ちゃんを押し退けて、服を脱ぎお風呂場へ足を踏み入れる。
「アタシも入っちゃうから、泉ちゃん洗い物の続きよろしくねェ♪」
黒いシルク地にたっぷりのレースがあしらわれたネグリジェ。七分丈で袖口に向かって緩やかに広がる袖や長めの裾は一見露出が少なくラグジュアリーかつ清楚な印象を与える。けれど一旦シーツの海へ沈めてしまえば、ウエストに回るリボンで留めただけのそれはすぐにはだけて、下着や透き通るような白い肌、スラリと伸びた脚が惜しげもなく晒される。
ネグリジェというよりローブと言った方がしっくりくるそれは、白いシーツと真っ白い肌とのコントラストで、より妖艶さを引き立たせていた。
「ねぇ、泉ちゃんも脱いで」
「着せたのあんたでしょ」
「そうだけど、アタシばっかりはイヤよ」
お風呂上がりに『普通のパジャマ』だと言って用意されていた、なるくんとお揃いのネグリジェ。夜は寝やすさと冷え対策重視の私の意見はサラリと無視されて、袖を通すことになったのはつい1時間前。そのあとお風呂に入ったなるくんが上がってきて、手を引かれて寝室へ案内された。
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ムカつくことに、私よりも豊かな胸に顔を埋める。大きすぎてもダメなモデルの胸。その点なるくんの胸は完璧だった。サイズ、柔らかさ、美しさ、どれをとっても理想的。
そんな柔らかい膨らみの真下。普段は影になっていて、一糸纏わぬ状態で下から見上げられでもしない限り決して見えないギリギリにくちづける。
わざとリップ音を立てながら堪能した後、目的を達成すべく一際強く吸いつくと、鼻から抜けるような艶やかな声が頭上から落ちてきた。
髪をひっぱられ、仕方なく口を離す。狙い通りの場所に小さな紅い花が咲いているのを確認して、自然と口角が上がった。
「完璧」
「何がよォ」
痛いんだからね、って……気持ちいいって声を溢してたくせに、よく言う。
なるくんの言う通り痛かったのか、はたまた声に乗っていた色の通り気持ちよかったのか、目尻に浮かんだ涙を拭ってやれば、手に擦り寄ってきた。
「見せて」
せがまれて、サイドテーブルの引き出しにしまってある手鏡をとってやる。
「アタシもォ♪」
しばらく眺めたあと突然抱きついてくるから抵抗が遅れた。
「ちょっと! やめて」
「ええ〜、いいじゃない。泉ちゃんばっかりズルいもの……」
私を押し倒して、同じところにつけようとしたなるくんの動きが突然ピタリと止まった。
「ん〜泉ちゃんのお胸じゃ」
「それ以上言ったら蹴り飛ばすから」
「…………」
「なに?」
「揉む?」
「は?」
「ほら、揉んだら育つっていうじゃない?」
ゲシッ。
「いったぁーっい!」
「言ったら蹴り飛ばすって言ったよねぇ?」
「言ってないじゃない!」
「ほぼ一緒だよ……まったく……」
他にいい場所ないかしら、と探すなるくんがある場所でぴたりと動きを止めた。
「ここは?」
なるくんが撫で上げたのは、足の付け根。開脚でもしなきゃ見えないところ。つまりは、なるくんが吸い付くためには脚を広げてあげなきゃダメってこと。
「ダメ?」
上目遣いに聞かれては、NOなんて返せるわけがない。
「……ダメじゃ、ない」
「ウフフ。綺麗に咲かせてあげる」
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なにやらくすぐったさに目が覚めると、なるくんが私たちの髪を編んで遊んでいた。
二人とも腰に届きそうなほどのロングヘアをしているから、寝転んで戯れているとたまに絡んでしまうことはあるけれど、どうして自らの手で二人の髪を合わせて編む必要があるのか全く分からなかった。
なるくんは私が起きたことにも気づかないほどに集中しているらしく、一束編み込んではまた次の束と、どんどんどんどん二人の髪の毛が繋がっていく。
「なにしてるの?」
「あら、おはよう泉ちゃん」
「おはよう。で、なにしてるの?」
「運命の赤い糸つくってるの」
「それ運命って言わなくない?」
それに私たちの髪は別に赤くもない。
「アタシたちの運命はアタシたちが作るのよ」
知らなかった? と生意気に笑うから、ちょっとした皮肉をこめて「これじゃ鎖だよ」と言ってやった。一束持ち上げてみた金髪と銀髪がカーテンの隙間から溢れる光に輝いて、やっぱり鎖みたいだと思った。
「いいじゃない。糸より強くて解けそうにないわ」