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    Sion

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    Sion

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    紅茶部と渉

    「飽きたら捨てますよ」を(英智が)飽きたら捨てますよ、だと思って書いてます。
    画像だと枚数多くなっちゃったのでこっちにも

    #渉英
    s.e.

    ガーデンテラスに現れた英智は真っ青だった。
     普段から決して血色が良いとは言えないけれど、陶器のような肌は血の気が失せてしまって蝋人形のよう。いつも優し気に細められている瞳は虚ろで、ガラス張りの扉に寄りかかってようやく立っているような様子だった。
     「! 危ないっ」
     ついにぐらりと傾いた英智を凛月が抱き留めた。凛月の腕の中でぐったりとした英智の表情は前髪の陰になっていて伺えない。咄嗟の出来事に創は口を覆うばかりで動くことができなかった。


     「は~くん、毛布持ってこられる?」
     呆然と立ち尽くす創に凛月が優しく呼びかけた。見れば英智は凛月が愛用しているカウチに横たわっている、凛月が運んだようだった。
     「は、はいっ」
     カップや茶葉の缶がしまってあるマホガニーの棚の一番下の段を急いで開け、クリーム色の毛布を取り出すと英智の上にそっとかけた。長い前髪をはらうと少しだけ顔色が戻っていてほっとする。貧血だったのだろうか。でもそれなら佐賀美先生を呼んでこなくては、だって保健室まで英智を運べる部員は紅茶部にはいない。でも、それならどうしてテラスに?体調不良で欠席することは珍しくないし、そんなことで創や凛月は腹を立てたりしないのに―

     「渉がね」
     創がぐるぐると考え始めそうになった時、英智が口を開いた。
     「捨てるんだって、飽きたら」
     「何を?」
     「僕」
     蚊の鳴くような声だった。いつもの天使のような柔らかい声が嘘のよう。最後のほうはほとんど擦れていて、背後で相槌を打った凛月の耳には届いていないのではないだろうか。
     「仮面の人に直接そういわれたわけ?」
     「ううん、違う。でもそう言ってるのを聞いたんだ」
     なるほどね、とつぶやいた凛月が創の肩をたたく。振りかえると凛月はティーポットを抱えていて、いつもと同じように創にお茶のおかわりを頼んだ。

     
     簡易キッチンでお茶を用意して戻ってくると英智は眠っていた。
     「は~くんはこっちにおいで」
     珍しくきちんと椅子に座った凛月が創を手招きをする。しゃんと背筋を伸ばして座る凛月は容姿もあいまってどこかの国の貴族のようだった。そういえば、彼も立派な家柄の人だったような気がする。
     いい匂いだね、と紅茶の出来をいつものように褒める声に顔を上げると、なんとなく凛月の纏う雰囲気がいつもと違うことに気が付いた。英智の話を聞いてから凛月の瞳の紅が、いつもより濃い。よく熟れた苺でつくったジャムのような、とろりとした優しい瞳が鳴りを潜め、暗闇に浮かぶ月のような朱。
     「は~くんはさ、エッちゃんのこと好き?」
     ぼうっとその瞳を見つめていると突然問われる。
     「えっ、はい、勿論、好きですよ……?」
     そっか、といいながらも試すように創を射抜く瞳に思わずたじろいだ。答えを間違えてしまえば最期、二度と茶会への参加を許されないような緊張感が漂う。
     「でも、は~くんの初舞台が台無しになっちゃったのは生徒会が――エッちゃんがいたからだよね」
     「そんなことっ、」
     「違う?」
     本当は恨んでるんじゃないの、と凛月が言った。
     数か月前の創の初舞台は散々なものだった。誰もいない観客席の前で歌うのは辛かった。悔しかった。自分たちの誕生は望まれていないのだと突き付けられたようだった。でも。
     「そんなことないです」
     ぎゅっとカップのハンドルを握りしめながらじっと凛月を見つめる。
     だからこそ、創はアイドルになりたいと思ったのだ。夢ノ咲で頑張ろうと思ったのだ。だから英智のことを恨んだことなんてこれっぽっちもなかった。
     「英智お兄ちゃんを悪く言う人はいます。紅茶部を辞めた方がいいと言われたこともあります、口には出さなくても心配されていたことも、知っています。怖い噂があることも、何か大きなことが昨年度あって英智お兄ちゃんがそれに関わっていたことも」
     「続けて」
     「でも僕は絶対に紅茶部を辞めません、それに英智お兄ちゃんのことが好きです。嫌いだという人を否定したり、おかしいって言うわけじゃないんです。でも周りが何と言おうと、僕は英智お兄ちゃんの味方でいます、英智お兄ちゃんが僕を守って愛してくれるように」
     ところどころ詰まらせながらも一息に言い切った創に、そっか、とようやく凛月が笑った。
     「ごめんね、試すような真似して。」
     本人に断らず角砂糖をどぼどぼと創のカップに入れながら凛月が口を開く。英智の席に置かれたカップの中で紅茶が揺れた。
     「俺はさ、は~くんよりもエッちゃんのことたくさん知ってるし、怖いところも知ってる」
     紅茶部が二人っきりだったころを懐かしむように紅い瞳が瞼に隠される。
     「殴っちゃったこともあるし」
     「えっ」
     「血を吸ったこともある」
     「嘘ですよね!?」
     「うん、こっちは嘘」
     けらけらと笑いながらガレットを齧る凛月をじっとり睨むとひらひらと手を振られる。ひどいです、と小言を言おうとして肩の力が抜けていることに気が付いた。やっぱり、先輩はすごい。
     「でも、は~くんとおんなじだよ」

     「今のエッちゃんのことを守ってあげたいなってくらいには、エッちゃんのことは嫌いじゃない」

     騎士だからね、と付け加えた凛月が眩しくて思わず目を細めた。
     そうだ、彼は騎士なのだった。はい、と創が頷くと照れ臭そうに眼を逸らしてしまったけれど、静かに眠る英智を見つめる眼差しは立派な騎士のそれだった。いつもはのんびりしていて、気だるげで、よく創に世話されることを喜んでいる先輩だけど、凛月は騎士で、アイドルで、創の頼もしい先輩だ。
     英智はあれから目を覚まさないし。長い睫毛に絡まった涙が痛々しくて、胸が痛む。だからこそ英智は自分たちが守ろう、せめてこのテラスで休む時くらいは とハンカチを取り出した時、ガーデンテラスに声が響き渡った。

     「まずい、もうここまで来た」
     初めて聞く焦った声だった。
     「ど、どうしますか」
     「とりあえずエッちゃん隠さないと。さっき寝ぼけた時に会いたくないっていってたし、会わせたくない。うーん、もうその辺の茂みにでも投げとく?」
     「凛月先輩!」
     とっさに周辺に目を走らせるも開放的な空間であるテラスに身を隠せるような場所は無い。創くらいなら棚の陰にでも隠れられるが、英智の体躯では難しい。そうしている間にも彼の英智を探す声はどんどん大きくなってしまう。
     と、焦る創の脳内にとんでもない作戦が降ってきた。もう、これしか、と覚悟を決める。
     「ごめんなさいっ」
     「お、わっ」
     どん、と凛月を茂みの陰に押し込み隠す。急に腕を引っ張り肩を押し込んだ創に凛月は目を丸くしていたが、創の顔を見ると心得たとばかりににっと笑った。
     「先輩は隠れていてください」
     「りょーかい。は~くん、うまくできなくてもいいよ、時間稼いでくれればその間になんとか策を考える」
     「はい」
     「まあでも、は~くんならできるよ、大丈夫大丈夫」
     「はい!」
     いたずらっぽく片目を瞑って見せた凛月が茂みの奥に隠れたのを見届け、急いでカウチに駆け寄る。寝息を立てて眠る英智に小声で謝ってから顔の周りまでぐっと毛布を引き上げ、最後に苦しくないようにそっと首を傾けたところで時間切れになってしまった。テラスの扉が、開け放たれる。

     「おや。こんにちは、子うさぎさん」
     「こ、こんにちは」
     ここまで走ってきたのだろうか。どんな時でも美しく保たれていた銀髪が珍しく乱れた状態で渉はガーデンテラスに現れた。
     「英智はどちらに?」
     茶会の残り香が漂うテラスに英智がいないことを認めると、渉は創に詰め寄った。きっと彼からしたら他意はなかったのだろうけど、迷いなく英智が横たわるカウチのほうへ進もうとする渉に創は思わず後退ってしまいそうになる。
     「えい、……会長さんは、ここにはいません」
     思わず口からこぼれた呼称を慌てて隠す。なんとなく、知られたくないと思ったのだ。
     「ではそちらで眠っているのはどなたですか」
     「り、凛月先輩です」
     「そうですか、でしたらそこを通していただいても?」
     「っ駄目です!」
     ほとんど悲鳴だった。ここを通してはいけない。創だってわかっている。多分、英智を想うなら彼を通してきちんと話をさせるべきなのだ。直接関わったことはほとんどないけれど、友也や凛月、そして英智から聞く限り彼は英智を傷つけて遊ぶような人ではない。今回のことだって何か思い違いやすれ違いがあったのだと思う。
     渉は十中八九カウチの人物が英智だと気が付いていて、それでも創を押しのけるようなことはしなかった。彼は優しい人だ。どこか余裕がなくて視線が鋭いのは英智を心配しているからだろう。それくらい英智のことを大切に思っているのだろう。だからこれは創の我儘でしかない。英智の柔い部分をいとも簡単に揺らしてしまえる彼への子供じみた意趣返しだ。それでも、どうしても通したくなかった。
     「ごめんなさい、通せません」
     「何故ですか」
     透明な声に間髪入れずに返されてしまった。思わず涙が零れそうになる。
     「ごめんなさい」
     それでもきっぱりと返した時、肩を二度、暖かい手がたたいた。
     「そういうわけだから今日のところは帰ってよ」
     「おや……」
     頭に薔薇の花弁をくっつけたまま現れた凛月はそう言うと創と渉の間に割って入った。
     「エッちゃんのめったにないお願いなんだよね。だから今日は会わせてあげられない。エッちゃんにはあんたが来たことちゃんと伝えておくし、邪魔をするのもこれっきり、帰り道は安全を保障してあげる」
     「ああ、やはりあなたでしたか」
     渉が肩を竦める。そこで初めて渉の手の甲に小さな傷があるのが見えた。それを創が認めた瞬間、凛月と渉の纏う雰囲気がふっと変わった。
     「さながらいばら姫を攫いに来た王子の気分でしたよ」
     「エッちゃん、お姫様ってキャラじゃないけどね」
     先ほどまでの空気が嘘のように穏やかに話し始めた二人に創は面食らってしまった。おろおろと二人の顔を見る創に渉が口を開く。
     「怖がらせてしまってごめんなさい。まったく、日々樹渉らしくありませんでした」
     「あっ、いえ、僕のほうこそ」
     ぺこぺこと頭を下げる創を少し身をかがめた渉が宥める。創の目線に合わせて膝を軽く折る仕草が、英智そっくりだった。
      背後で物音がして振り返ると凛月が紅茶を口につけたところだった。
     「は~くんも、おいで」
     渉に一礼し自分の椅子に座ると、創も紅茶を口に含む。すっかり冷めて苦みが出たはずの紅茶が甘くてびっくりした。得意げに笑っている凛月と目が合う。やっぱり、創の先輩はすごいのだ。

     「あ、俺今日はもうすぐ帰らなくちゃいけないんだよね」
     「そうなんですか?」
     くるりと踵を返した渉がテラスの扉に手をかけた瞬間、凛月が言った。
     「そう、だから『今日』の部活はもうおしまいにしなくちゃ」
     意味あり気にこちらを覗き込んだ凛月にはっとして渉のほうを見やると、彼もこちらを向いていた。紫の瞳が今にも落ちてしまいそうなほど丸くなっている。
     「は~くんは?」
     「あの、僕も。今日はお買い物に行く予定があって」
     「じゃあこれが最後だね」
     視界の端で渉がぱちぱちと瞬きを繰り返す。しばらくこちらを見つめた後、慌てて扉の向こうへ消えた彼を見送ってから凛月に向き直った。
     「は~くん、よく頑張ったね」
     「凛月先輩も、お疲れさまでした」
     きっと、来週のお茶会には英智も笑顔で参加しているだろう。そしていつものようにおいしい紅茶を飲んで、凛月お手製のお菓子をつまんで、愉快で美しいあの先輩の話を聞くのだ。
     
     だから、今日だけ。今日くらいは二人じめさせてほしい。
     (ごめんなさい、日々樹先輩)
     創達だって、負けないくらい英智のことを愛しているのだから。
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    Sion

    DONE紅茶部と渉

    「飽きたら捨てますよ」を(英智が)飽きたら捨てますよ、だと思って書いてます。
    画像だと枚数多くなっちゃったのでこっちにも
    ガーデンテラスに現れた英智は真っ青だった。
     普段から決して血色が良いとは言えないけれど、陶器のような肌は血の気が失せてしまって蝋人形のよう。いつも優し気に細められている瞳は虚ろで、ガラス張りの扉に寄りかかってようやく立っているような様子だった。
     「! 危ないっ」
     ついにぐらりと傾いた英智を凛月が抱き留めた。凛月の腕の中でぐったりとした英智の表情は前髪の陰になっていて伺えない。咄嗟の出来事に創は口を覆うばかりで動くことができなかった。


     「は~くん、毛布持ってこられる?」
     呆然と立ち尽くす創に凛月が優しく呼びかけた。見れば英智は凛月が愛用しているカウチに横たわっている、凛月が運んだようだった。
     「は、はいっ」
     カップや茶葉の缶がしまってあるマホガニーの棚の一番下の段を急いで開け、クリーム色の毛布を取り出すと英智の上にそっとかけた。長い前髪をはらうと少しだけ顔色が戻っていてほっとする。貧血だったのだろうか。でもそれなら佐賀美先生を呼んでこなくては、だって保健室まで英智を運べる部員は紅茶部にはいない。でも、それならどうしてテラスに?体調不良で欠席することは珍しくないし、そん 4900

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