SUMMER VACATION! 正直、期待していた。
交際を始めて最初の夏休み、夜に送られたメッセージで「今度の週末、市内のプールに行きませんか?」なんて恋人に誘われて期待しない男がいるだろうか?いやいないだろう、もしいたとしたらそいつの欲は枯れている。僕は不機嫌をありありと映した目で周囲を見渡す。真夏のデートスポットの定番、レジャーの代名詞のひとつである市民プール、友人同士の行楽先であったり、恋人同士のデート先になるここにいるのに、僕の気分は沈むばかりだ。
「いつまでブーブー言ってるんですか?いよいよ豚にでもなるんですか貴方」
「……僕は豚じゃない」
どうしようもないモノを見る冷たい視線であいつが話しかけてくる。膝丈の水着の上には水に濡れてぴったりと張り付くラッシュガードが色白な上半身を隠している。
「お兄さんに変な目を向けるな、スケコマシ」
「私達がいる間はお兄さんに妙な真似させない」
……両サイドから叩きつけられる辛辣なユニゾン。おかっぱ頭の双子が絶対零度の視線で僕を見ている。
「妹さん達までいるなんて聞いてないっての……」
僕の恋人、鬼灯の両親は非常に多忙な共働き夫婦だった。家族への愛情は疑うまでもないけれど、だからこそ仕事に邁進して家庭を豊かにと考える人達らしい。それ故に十歳程歳の離れた双子の妹達の面倒はほぼあいつが見ていたらしく、彼女達にとって兄は一等大切な存在だった。
(結果、とんでもないブラコンモンスターシスターが爆誕したんだよな……、しかも双子……)
初対面の時点で何かが琴線に触れたらしくそれはもうキッツイ応対をされたし、どこで覚えてきたのか「スケコマシ」呼び。付き合う前でこうだったのだから交際を始めたと知られてからはもう酷いのひと言に尽きた。
出会い頭に脛を蹴られる、どうやってロックを解除したのかスマホの写真フォルダを漁って以前付き合っていた女の子達を見てあれやこれやと文句を言う。兄を弄ぶ気か、と詰め寄られて如何に本気かを滔々と語り聞かせて理解こそ得られたが、それでも気に食わないのか応対はきついままだった。
「父がここのクーポンを入手してくれたのでせっかくだしと誘ったんですが、不満でしたか?」
「……ふたりっきりがよかった」
妹第一と解ってはいても、たまには恋人らしいデートがしたい。そんな想いを不満げな吐息と共に漏らせば、流石にあいつも言葉を詰まらせる。
お子様プールで水鉄砲の集中砲火を受けて疲労困憊な僕に、あいつが紙コップを差し出してくる。
「夏休みはまだありますし、次はふたりで行きましょう。プールじゃなくてもいいですが」
ほんの少しだけ微笑んだ顔が無性に愛おしくて、暫し見つめ合う。そうしていると、また脛に打撃を受けて悶絶した。
「うおぉぉぉぉ……」
「スケコマシ、大袈裟。……お兄さん、私達丙ちゃんと丙ちゃんパパが来たからあっちに行く」
「お兄さん、これ防犯ブザー。ヘンな事されそうになったらすぐ鳴らして」
僕には打撃を、あいつには愛情を、押しつけて小さな姫騎士達は駆けていく。残された僕らは互いに目を合わせてため息をひとつ。
「……ヘンな事ってなんだよ……、まだ何もしてないってのに」
「……あんな小さい子達に気を遣われるとは、うぅ……」
夏の日差しとは別の熱に浮かされて項垂れる。初めての恋人と迎える夏の始まりは中々の波乱に満ちていた。