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    kei

    @47kei

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    kei

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    (4期ぐらい)
    アルテファリタ留学中の朱鳥の王子への叶わぬ片思いのお話
    おさばさんのhttps://privatter.net/p/7103993の前くらいかな…

    ##企画:colors

    誰が最初にそう彼を称したのかわからないが、朱鳥は彼が王子という愛称で呼ばれる理由が納得できた。アルテファリタの官僚で高い地位にあり、執政官が名前を覚えている相手だし、紳士で状況の見極めも適切である。
     鍛えた心身からあふれる知性は本物の王子と見劣りしない。兄の隣にいても彼は気後れしないだろう。父の隣では警戒するかもしれない。だが母には優しく接してくれるだろう。
     美しい虹色の艶ですね、お母上譲りだったのですね
     そう言ってくれるに違いない。素朴で優雅さもある笑顔と仕草で。
     妄想だ。
     そんな言葉はもうかけてもらえないだろうと思いながら、朱鳥は部屋の隅で身を丸めていた。

    「美しい虹色の艶ですね」
     そう王子に言われた時、視線が自分の耳の横に向けられ、朱鳥の中の光がぱち、ぱち、と弾けるのに気づいた。
     これまで彼と接していて何度も感じていた胸踊るようなその感情が、底の底から溢れて弾けて、息苦しいほどだった。
     光の加減で揺らめいて綺麗でしょう、自慢です。とその場でくるりと一回転して見せればいいだけのことだったのに、朱鳥の心と行動は一致しなかった。

     彼に自分の髪に触れて欲しいと思ったのだ。

     手袋に包まれた王子の手を引く。
     その行動が強引だったことを示すように王子からは反比例する力が働いていたが、それでも朱鳥はその手を引き寄せて自分の耳の側へと導いた。そこに触れて欲しいのだという意図は花守山ではとても近い距離の関係でしか許されないことだ。
     アルテファリタで生まれ育ち、ヒトとしての性愛を持たないと言われる彼らには無縁の示唆でも、朱鳥には意味があった。
     耳に、髪の艶に触れて彼に撫でてもらいたいと──弾ける光の粒がそう朱鳥の体を動かしたのだ。
     甘い妄想だった。
     彼は拒まずに髪を撫でて、耳を指で優しく挟んで頬までその手を滑らせてくれるのではないかと、そしてキスをしてくれるのではないかと。
     ロマンス小説のように、思いに答えてくれるのではないかと思った。
     だがそんな訳はなかった。
     導いた王子の手はするりと間を抜けて元の位置に戻ってしまった。彼は落ち着いた表情のまま、何もなかったという風にこちらを見ていたが、手を引かれた意味は?とその笑顔が問うているように感じられた。
    「あの……」
     なんと説明していいのか分からずこちらが困ることを憐れと思ったのか、王子は変わらぬ口調で一言「姫君がむやみに異性に触れてはいけませんよ」と言った。
    「髪を褒めてくれたので、その……誰にでもいいという訳ではありません。いつものお礼に…髪では足りませんか? 私、あなたが……王子が喜んでくれるなら今晩……」
    「護衛官である私を労うのでしたら、あなたはただご苦労と微笑めばよろしいのですよ」
     お茶をご用意しますねと、それは見事な流れで彼は部屋を出た。
     お茶を持ってきたのは女性で彼ではなかった。
     その日は目に見えるところに彼を見つけることはできなかった。
     ────やってしまった、と朱鳥は大きく肩を落とした。
     失望されたことは間違いなかった。
     
     朱鳥は花と果物を食べる。
     図書館には同じアシュタルの血を引く司書のフランがいて仕事で故郷に戻ったからとお土産をくれた。デーツのジャムだそうだ。
     デーツ、母の大好物だったなと思うと晴れた気持ちになる。
     母がデーツを頬張る顔を、父はいつも優しい顔でみていた。涼し気な表情しかしない父が見せる深い愛情の眼差しを思い出す。
    「フラン、私も贈り物をしたい人がいるの、相手はアルテファリタの人です」
    「おおっいいじゃないですか」
    「この前ルゥルァ姉様とお話したら、クッキーっていう焼き菓子が贈り物にいいって聞いて」
    「あぁ、ありますねお店」
     サブロさんの工房にいく坂のところにもあって、とフランは本を片手に名店を説明しだす。
    「行きますか?」
    「そうではなくて、手作りというのをしてみたいのですけど……それはどこでできます?」
    「手作り…は、それは台所で」
     何を聞いてくるのだろうとフランは思ったが、朱鳥は笑顔のままフランを見ている。
     すぐに察した。
    「マツリカ公主、台所って知ってる?」
    「ダイドコロ、で、手作りができます?」
     その答え方でフランは大体悟った。この手作りクッキーの壁は高そうだ、と。
     失敗してがっかりする姿はみたくないと思ったのでまず、クッキーの種類や包装などを考えてみないか、と提案すると朱鳥は笑顔で図書館から本を持ってきた。
    「これを頼んでみました」
     朱鳥が指差したのは、花守山の国宝と言われる磁器職人が作る小箱だった。
     値段など当然つくものではい。花守山でも領仙クラスが使うものだろう。
    「これ、クッキーをいれるのに丁度いい大きさだと思って」
     いやぁ…本物のお姫様って、言うことが違うんだなぁ…
     フランは半開きだった口を自分の指でぎゅっと閉じた。
    「喜んでくれると思いますか?」
    「喜ばない人はいないと思います」
     アルテファリタで家が買える、と言おうとしたが夢のない表現なので喉で止める。
    「そうですよね。じゃあ中身のクッキーなのですけど、フランからもらったこのジャムを使いたいです。赤い色をしているでしょう。私の目と同じですよ」
    「ジャムクッキーいいですね」
     えへへ、と正直に朱鳥は頬を赤くする。
    「手作りでつくるクッキーというのは、売り物よりずっと個人的で、ありがとうとか、大好きとか…ごめんなさいとか、そういう気持ちを伝えやすいとか」
    「うん、気持ちはとてもこもると思う」
     フランの言葉に、朱鳥は大きく二度首を縦に振った。
    「公主、料理の経験は」
    「ありません!」
     潔く、そして不安が残る返答であった。
     数日後朱鳥は日記を片手に「私、クッキーというのをフランと作ろうとしたみたいなの」と申し訳なさそうと聞いてきた。公主はたまに記憶を失うらしく日々のことを事細かに日記をしていたようだった。
     あまりに申し訳なさそうに聞いてくるので、フランは今日やりましょう!と腕まくりをして公主の願いを叶えてあげることにした。どんな話をして、どんな目的でクッキーを焼こうとしていたのかを話すと、朱鳥は納得したようだった。
    「部屋に青磁の小箱が届いていて、何に使う予定だったか思い出せなくて…クッキーを入れて、王子に渡そうと思っていたんですね私」
     隠すことができないお姫様だな、と焼窯を覗きながらフランは笑った。
    「ダイドコロって、サブロの工房と似ているのね」
    「台所は工房みたいなものですから」
     お姫様のトンチンカンな感想は、新鮮で面白い。フランは多めに焼いた分はその工房の職人に渡そうと思いながらにこにこと聞いていた。
     焼き立てのクッキーは、朱鳥には不思議なかたちと匂いに感じた。
     これが本当に美味しいのだろうかと思ったが、台所の本来の主人に味を見てもらったところ、無事美味しいと返答があった。
     フランと色や形を選別するのは、まるで花畑で花を詰むようで楽しい。
     今読んでいる本のこと、ロマンス小説の主人公のこと、執政官夫妻や職人たちのこと、海の景色や天気のこと…小さなことでも前向きに、楽しく話を聞いてくれるフランが大好きだった。フラン大好きと控えめに唱えると、彼女は夢のような笑顔を返してくれた。
    「クッキー喜んでくれるといいですね」
    「うん!」

     部屋の明かりも付けずに、朱鳥は膝に青磁の器を乗せて、ゆっくりとクッキーを口に運んでいた。
     かさかさとしていて食べれたものではないと思う
     真ん中の宝石のような赤いジャムだけは朱鳥の舌でも美味しさを理解できた。涙が落ちるとクッキーはふやけてぐずぐずになってしまった。
    「うっ…………うっ…」
     次から次へと涙が落ちてきて、それでもクッキーを食べようとしたのでむせて中身を床に落とす。フランと焼いたクッキーは粉々になってしまった。
     青磁の小箱も一緒に落ちてごとんと鈍い音がしたので、外にいてと厳命した侍女が心配そうに声をかけてきたが、朱鳥は「大丈夫、放おっておいて」と短く八つ当たりをするように怒鳴った。
     ひっくり返った器をテーブルに乗せて、床からクッキーを拾おうとするのを止める。
     下唇を噛むと抑えようのない嗚咽が流れてくる。
     手作りのクッキーに、花守山の高価な器。贈り物として完璧だと朱鳥は思った。
     一晩を誘うことが失策だったとしても、これならば気持ちが伝わると思ったのに。
     王子は本当に困った様子だった。
    「仕事として対価は頂いております。高価なものは頂戴できません」
     最後通告のようだと、朱鳥は思った。
    「姫、どうか」
     王子はとても辛そうだった。
     いつもふさわしい言葉をすぐに編める彼が、言葉につまって困っているのが、鈍感で察しの悪い朱鳥にも分かった。
    「ごめんなさい」
     絞り出せるのはそれだけだった。
     そうだ仕事であったのだと、舞い上がった自分に朱鳥はやっと冷静になった。
     彼は優しい人だから、公主が物品を用いて賄賂のような行為をしたとは誰も言うまい。
     受け取らなかったのも優しさだと思う。
     受け取れば護衛官として、後々面倒なことになるに違いないのだから。
     自分は大好きな人を困らせることしかできない。
     公主だから、公主として振る舞わなければいけない。
     当たり前のことができない朱鳥に、久しぶりに突き刺さる現実だった。
     彼は仕事でなければ、飛べもしない鳥人も、霊脈にまつわる能力もない娘で、記憶もあやふやなことが多いこんな出来損ないを、相手にしてくれるわけがない。
     卑屈になるなと何度も自分に言い聞かせていても、今日だけはどうしても無理だった。
     これは失恋だ、と朱鳥の中でキラキラと弾けていた思いが告げてきた。
     青磁の器を掴んで部屋の隅へ思い切り投げつけたい思いをぐっと堪える。
     自分がどれだけつまらない娘だと分かっていても、相手を困らせるだけだと分かってもなお、それでも朱鳥の中でパチパチと弾ける恋心は収まってはくれなかった。
    「好きです、ヴェント様、好き……どうしたら、いいの」
     泣くのを堪えたかったのに、どうしてもそれができなかった。
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