kei☆quiet followDONE霊木解体(4)-終わり-前 : (https://poipiku.com/IllustViewPcV.jsp?ID=1425184&TD=4246859) ##企画:colors 穏やかな口ぶり、柔かな物腰。 風流を体現した冬清王は国主にもっとも愛された王だった。 一歩一歩進んでくる男の足取りは、セッカの記憶の中のかつての主人そのものだ。 享年36歳。6年前に天へ還った王がなぜここにいるのかこの場の誰も分からなかったがセッカが最初に一喝した。「霊木の空間だからな、俺や公主の意識を読み取って幻影を出すくらい簡単だ。足止めのつもりならやり方が古いんだよ」「正しい思考だ我が叡智。だけど残念。私は私だ。だが信じなくてもいい、なにせ時間がない。急がないと春玲の生命エネルギーが全て吸い上げられてしまう。現状から求められる行動を優先して欲しい」 突然現れて場の空気を支配した男はセッカの見覚えのある礼装をばさりと翻し、長い袖を開いて4人が目指す先を指した。「そこが目的地点のはずだよ」 開けた視界の先には、シロツメ公主の腕からこぼれ落ちる光の筋が収束している。 叡智たちの求めた解体すべき構造のありかだった。 セッカはすぐにその光の収束地点へヴィトロと走り出し用意していた術式展開をはじめた。取り残される形になったヴルムとシロツメ公主は手を繋いだまま未知の影法師、冬清王のかたちをしたものが、叡智に良からぬ干渉をしないよう視線で捕らえるしか術がない。「久しぶりだ春玲。随分と大きくなったね、もう高い高いはしてあげられないね」 シロツメ公主の中の冬清王の声が上書きされていく。懐かしい声、無垢で狭い世界を彩ってもらい生きていた頃の記憶の戸を叩いてくる。 薄まった記憶が濃く色づいていくが、ヴルムの手を握りしめる強さも同時に強まった。 この影が本物でなければ、大事な思い出を汚すことになる。「あ……既婚者相手に名前で呼ぶのは失礼になってしまうかな。失礼、アシュタル宰相夫人」 だが謝罪という悪意あるものにはできぬ行為をさらりとしてみせた。「そしてアシュタル宰相ヴルム卿、あなたには言葉が尽くせぬ。歴代代理人の中で、もっとも高潔でそして強い心の持ち主、我が国の公主の伴侶に相応しい。感謝を」 背筋を正したあとに少しだけ頭を垂れる。王の品格を持つ者だけが行える仕草だ。 叡智たちの元へ歩みだそうと背を向ける男を、シロツメ公主が止めた。「と、冬清王殿下……なのですか? 本当に」「両国の叡智が努力をしている横で身の上話をするのは申し訳ないが、私は花守山の第三王、冬清王潤越として生きた者の精神、今は霊木の中にだけ存在する残滓」「アシュタルが奪ったシロツメの婚約者……僕の…元になった王、潤越がなぜ」 ヴルムの戸惑いの言葉に冬清王は笑った。「なぜだろうね。私はアシュタルの手の者によってミンカラに喰われた。代理人という特別な素質があったからだろうか…器は『産み直し』という神秘によってそのまま現世に残る形であったから精神が蒸発せずにここに残留してしまったのかもしれないね。ヴルム卿が生きている限り、私の魂も消えることはないということだ。私とあなたとは別のものだが、世界には同位体として認識されているということだろう」 穏やかな語り口を止めて、冬清王はヴィトロへ一言、二言話しかけた。 霊木の持つ機構について彼が霊木空間にいる上で把握した構造を伝えているようだったが、シロツメ公主には理解が及ばない話だった。 理解力に差があるだけでなく、単純に意識を保つのが難しくなってきている。 視界がぼやけてヴルムの手を握りしめる手の力が薄れてくる。「春玲、しっかり」「霊木はエネルギー不足だから妖精のエネルギー供給に貪欲だ」「では妖精の吸収を阻害する、異物の私たちを排除する動きがはじまるのでは」 ヴィトロの言葉に冬清王は状況解説して、のんきに「そうだね」と笑った。「だが一旦入ってしまえば、内側はとても繊細で単純な構造をしている。自己防衛機能などあってないものだ。こうして異物の私がここにいるのがその証だ」「………あんたが、霊木の中の機能だから攻撃されないという可能性だってある」 セッカは冬清王へ視線を合わせない。 あまりに突然すぎる再会は、もっとも願ったものが一番受け入れに時間を要するものだ。 この場で誰よりも冬清王の無念を思い、命の重さを嘆き、生かされた理由に悩み続けたセッカには、万が一この冬清王が陽炎であった場合、吐露する自分の弱さに耐えられる自信がなかった。 ヴィトロがセッカに何か言おうとして、押し黙った。 手を重ねるセッカはヴィトロだけを見ていたからだ。 セッカはここに、彼に会うために来たわけではない。 学士として求めた叡智の先を、ヴィトロとふたりで掴みにやってきたのだ。 ここで解体が成功すれば同時に冬清王の言葉が真実であったことが分かるし、本物である証明もできる。 今手を繋いで、会話を重ねるべきが誰であるのか、セッカは見失わずにいる。 ヴィトロもならった。霊木内部構造は執政官の目からすればとてもシンプルな構造で、冬清王が繊細と表現したのも理解できる。逆に言えばシンプルだからこそ何千年も機能不全に陥らず稼働し続けたのだろう。 ヴィトロは構造に強い孤独と狂気を感じた。 花守山に長寿と栄光を与えながらも、永久に呪いを吐き出す機関と考えることもできる。シロツメ公主が解体をすべきと願った理由も理解できる。 内部に接することで、この場に縛られた冬清王の意識にも触れた。 接触されたことに気づいたのか、彼はまるでくすぐられたかのように笑い、同時にヴィトロのことも正しく把握したのだろう「そうかまた統月と会えて、あなたがそばにいてくれたのか」と唇を動かさず、ヴィトロにだけに優しく音にして寄越した。「冬清王殿下、あなたは本物の、殿下なのですね」 念波で会話を続けるにしろ、どこから話すべきか迷われた。 ヴィトロにとって冬清王という存在は遠い。執政官の役目を得る前に政治的な立場で数度接触しただけだ。「お久しぶりです。父が御世話になりました」 世間話をしたい訳ではないが、切り口がなかった。ヴィトロらしいが、通じるのはヴィトロを知るものだけだ。「あぁ、久しぶりだね。ユーロジオ閣下とは死地が同じになるとは思わなかったね。いつかその縁で彼に会うことがあれば、あなたの立派な執政官の働きをお伝えしよう」 それでも冬清王は、世間話を柔らかく拾い上げて笑う。 彼はヴィトロの中で一定の存在感があった。 理由は理解している。セッカが今も彼の存在を忘れず、彼の中に占める割合が多い。 そして自分の知らないセッカを知っている人だからだ。「私は貴方の代わりになれるでしょうか」 冬清王は、優しく笑った。「執政官、あなたはこれからセッカの何にでもなれる。親友にも、相棒にも、思い合い、励ます関係にも。だから私の代わりにはなれない。そして私もあなたにはなれない。しかし充分だと私は思います。それは希望と言うものだ。見守っています。叡智の高みにあるふたりを」 書き換えをはじめると、霊木内の反発を感じヴィトロは一度咽せた。「ヴィトロ、大丈夫か」「大丈夫です」「絶対に持って行かれるなよ」 ヴィトロの手を握りしめていたはずのセッカの手は肩にあった。 まるで上着のように体を包み重なる腕の感覚が精神空間だというのに、ヴィトロの意識をくるんでいる。「セッカ、冬清王殿下は本物です」 その言葉に、堪えきれずセッカは顔を上げた。 そこには記憶と一寸も変わらない主の笑顔があった。 セッカが不変であると信じ、失わないと思っていた笑顔だった。 冬清王の手がセッカの髪を撫で、一度だけ頷くと、その姿はするりと光に溶けた。「潤越っ!」 共にいたはずのヴルムとシロツメ公主の姿もない。 セッカは周囲を見回した。「宰相!………シロツメ公主!!」 霊木空間上で大声が反響すると同時に、ヴィトロが続いた。 「書き換え完了しました!代理人と妖精格の吸収術式は解体、ふたりは表層に戻っているはずです!」 ヴルムは強い力で表層に意識を引き戻された。 冬清王の残滓と会話した時間経過が嘘のように、刃を振り下ろした瞬間の熱量で止まっていた。「殺せ! 霊木送りにして霊木に力を満たせ!」 意識と肉体の接続が一瞬遅延したが、幽達の声によってヴルムは現実を認識する。 刃を振り下ろした先にあるシロツメ公主を認識し、反射的に剣を手放した。 止まっていた秒針が動き出し、ヴルムは倒れ込むシロツメ公主の体を抱きかかえ、勢いのまま陣の中で捕縛された幽達とジブリールへと向き直り、羽を広げた。『──閉じる。時間がない』 ヴルムにはヴィトロが書き換えを行い、代理人が妖精を霊木送りにする意思を切ったことで、開かれた霊木内部のエネルギーに接続できる時間に限りがあることを体感していた。 セッカの説明を思い出す。──内側が開かれている間、霊木の能力に代理人はフルアクセスができるはずだ。もともと霊木に妖精を送ることで代理人は霊木の力を直接行使できる権限が付与される。ヴルムが慈悲王に干渉をすれば花悠王の執念を焼き切ることができるはずだ──── ヴルムには幽達に刻まれた妄執が見えた。 霊木が影響を及ぼすすべてのものが光って見える。腕に抱える妖精と呼ばれた妻はなんとまろやで強く優しい光を抱いているのだろう。 幽達は大きいが、とても重く冷えた色をしている。地中の底で、まるで星空のように広がるエネルギーが、自身を軸にして地表に流れていくのが分かる。 これが幽達の求めた力。 歴代の代理人が愛する人を失う代わりに手に入れる力。 納得はできるがヴルムは魅了されなかった。 ───泣くな。戦え。強くなれ。 そう言って背中を押し続けた父がいた。 ───そうでなければ、何物も守ることはできない。国も、民も、番も、己が矜持も。 戦うことは、考えることだとヴルムは知っている。 強くなるということは、選ぶと言う事だ。 溢れる力は確かに世界に強い干渉力を発揮するだろう。 代理人として崇拝され重用される。愛するものを失った空っぽの世界で。なんて無価値な力の在り方。 ヴルムの出した結論は、これは前を向いて生きるための力ではないということだ。 代理人に科せられてきた呪いもこれで終わりだ。そう決めた。 冬清王も望んでいるのが胸に響く音で分かる。 霊木空間から引き離される瞬間、冬清王が剥き出しの魂が霊脈のエネルギーに傷つかないように守ってくれた。朦朧としつつあったシロツメ公主には冬清王と会話をする余力がない。ヴルムが冬清王を名乗る存在に放つ言葉はひとつだった。「冬清王、僕はお前じゃない」 返事はない。もう彼が付き添い守ってくれる距離にいないのかもしれない。 だがヴルムは続けた。腕の中にある春の温もりに強く命の鼓動を感じながら。「僕は、僕のやり方で、春玲を守ってみせる」 返答は意識が表層に引き上げれる瞬間、啓示のようにヴルムに響いた。 今もまだ、ヴルムの中で鐘の音のように響いている。 だが風を切り眼の前にあるのは、妻でも冬清王の顔でもない。 慈悲王幽達の乱れた銀髪と歪んだ表情だ。「お望みの力だ、くれてやる」 幽達の肩に飛びついたヴルムの鋭い爪が肩に食い込み、小さく鋭い光がパチパチと弾ける。 拒絶反応を起こしたのは、彼とジブリールを縛り付けていた捕縛術式との反発によるものだった。 幾重にも編まれた捕縛術式を破り、地に落ちた幽達は、身を起こそうとするが、満身創痍のジブリールは離さなかった。「熠燿、お前は…っ何をしているのかわかっているのか!」「分かっていますとも。私は必ず、望みを果たすのです」 ジブリールの横顔を掠め、ヴルムは再度幽達を捕らえ、頭を地に押し付けた。 額を覆う手の隙間から幽達はヴルムの顔を憎らしげに見つめきつく歯ぎしりした。「気に入らぬ顔で見下ろすな…っ」「ではその気に入らない弟の言葉をお前に贈るよ」 ヴルムの言葉を幽達が聞けたか、聞けなかったかは分からない。「振り返るな、お前の手の中の温もりこそが、間違いない真実だ」 幽達の額に押し付けた手から、一度大きな光が弾けて、幽達はその場で意識を手放した。 袖を掴むジブリールが手繰り寄せて抱きしめる。 幽達はそのぬくもりを、手放さないために王として再度立ったのかもしれない。だが振り返るかたちで同じ過ちを繰り返すならば、容認されるべきことではなかったのだ。「幽達様!幽達様…!」 シロツメ公主は意識を手放した幽達へ手を伸ばすと、息を整え目を凝らした。「大丈夫、死んでは、いません……」 霊木と接続した状態の妖精にはヴルムと同じように膨大なエネルギーが滞留しており、刻まれた誓約を見ることができた。「花守山禁入国の誓約を書き換えます。幽達、あなたは──」◆「わぁ、なんですかセッカ、これなんですか」「いや名前はない。多分食える。トウモロコシの種を炒ったらどうなるか試したらこうなった。加熱して熱膨張したところで胚が破裂して…」「雲みたいですね。スポンジのような歯ごたえです。なるほど、果皮を破って中身が出てきてこうなるのですね。味は…ないですけど、塩…チョコ…もしくはキャラメルソースはどうでしょう、ちょっと台所へ行ってきます」 大規模な術式展開をしたというのにヴィトロは元気だった。 以前アシュタルに乗り込んだ時は、負担をかけたと自責を感じるほどだったが自国の霊脈上での操作は手慣れたものなのか。 あるいは負担を隠そうとしているのかどちらかだった。 セッカはヴィトロが気づかせまいとしているのならば、しばらくは付き合ってやろうと思った。負担が目に余るようならば薬を処方してやればいい。 数分すると調味料を山と抱えてヴィトロが走ってくる。ポロポロするから外で食べましょうと言うので公邸を出て、流れで北西の遺跡へやってきた。 事後検分といえばいいだろうか、大規模術式展開後に地質や霊脈に異常がないか調査するのは大事なことだ。「公主が育ててくださいました」 遺跡はシロツメクサの花畑になっていた。「血で汚してしまったから、申し訳ないと言って」「立派だなぁうちの公主は」 セッカは遺跡の中央に座り、青空を見上げて笑った。「あなたのかつての主も、立派な方だと思いますよ」 ヴィトロから冬清王のことを触れるべきか迷ったが、避けて会話するのもおかしいと思い感じたことを続けた。「そういえばあんな声をされていたなって、昔お会いした時のことを思い出しました」 セッカは座った姿勢のまま顔を下げ、ヴィトロから顔色は伺えない。「聞いたろ」「……はい?」「こんにちは、久しぶりだね、だぞ。もっと何かあるだろ。だけど、そういうやつだ潤越は」「いや私も……お久しぶりです父が以前お世話になりましたという風な念波を交わしました」「お前ら似たもの同士なの? あそこそういう状況じゃなかっただろ。イチかバチかのところで、ののほんと世間話な会話するなよ」 ヴィトロが抱きしめていたトウモロコシの種にセッカは乱暴に腕を突っ込むと口へ運んだ。 植物の種でできたものだから、花と茶しか食さない花守山のセッカでも食品として認識しているようだった。「主を守れない従者だと、恨まれていなくてよかった」「そうですね。私も収穫がありました。お会いできてよかった」「潤越、まだあそこにいるのかな」「ヴルム卿が、自分が死ぬまでは潤越はあそこにいるらしい、と言っていましたね」「そっか……やること増えたな……」 深く追求するのはやめて、ヴィトロは隣に座った。 スポンジのような小さな種をぽりぽりと咀嚼しながらしばらく風をセッカと感じていた。 霊木解体を誘ったように、また何か窮地に陥ることがあれば彼は自分へ最初に声をかけてくれると信じている。「セッカ、最初にやらないといけないことは…──」 このポンポンのお菓子に名前を付けることと、再現性を確保することでは、と言おうとしたところで、額にセッカの唇が乗っていた。 少しひんやりとしたセッカの唇はすぐに離れた。「一番最初にするのは手伝ってくれたお礼だと思ったんだけど」「ひーー」「あーアルテファリタあるあるの劣情はけしからん反応ね、はいはい」 セッカは袖でヴィトロの額をごしごしと拭き取る仕草をしてくる。「あー!あー!違います。これに名前をつけて売りましょうって、そ、そう言ったかったんです。セッカポンポンとかどうでしょう」「嫌だよなんで俺の名前が入ってんの」「セカポンは」「略したらいい思考はジェンタレベルだぞ。ばぁか」「異国風にして雪玉…とか、セッカの好物の白梅にも似ていませんか? いっそ冬清王とかどうでしょう!」「よくある話ではあるが他国の王の名前を商品につけるな!」 海風が遺跡のシロツメクサの葉を揺らす。ヴィトロはセッカの目が涙目だったことを見ないふりすることにした。何でも知らなくてもいいと彼が言っていた。 自分にしか作れない関係がここにあることは、彼もよく分かっているだろうから。「二人目ですか、それはおめでとうございます」 ジブリールは恥ずかしそうなシロツメ公主に純粋な気持ちで祝福を贈った。 アルテファリタの公邸の離れ。 いつも寝室から離れないジブリールがいる。 シロツメ公主は彼の気持ちを理解して彼を呼ぶのではなく自ら離れの戸を潜った。 彼が負傷を得て臥せって居るわけではなく、臥せっているのは幽達だった。 霊木解体から、彼は一度も目を覚まさないまま数ヶ月が過ぎた。王としてあろうとする妄執を焼き切れたかどうかは彼が目を覚まさないため分からない。だがシロツメ公主が干渉して書き換えた誓約は行われた。「今日は懐妊の報告と、夫からの伝言です。アシュタルに戻らないか、とのことです」「アシュタルにですか」「そうです。もちろん幽達も一緒にです。霊木解体の一件で、アシュタルにも不義理な輩がまだ多いことがよく分かりました。国力を取り戻すためには、あなたの力が必要なのです。霊木本体の代理人と妖精格の機能は解体しましたから、若木が次の代理人を選出することもないでしょうが、あなた達はまだその資格があります。つまりアシュタルの脅威なのですから、監視下に置く必要があります。アシュタルへ戻る件、急ぎではありません。鳳遊がもう少し大きくなってからで構いませんし、考えて下さい」 ジブリールは眠ったままの夫に頰を寄せ、それからシロツメ公主に「ありがとうございます」と答えた。「今はこの人の側に、離れずにいたいのです。彼の人生を変えた妻として当然の責任だと思うのです」「そうですね。あなたは、献身的なひとですジブリール」 静かだったが、耳を澄ませると子供が遊んでいる声が聞こえてくる。「妄執を焼き切るだけでなく、誓約を書き換えて下さってありがとう御座います」「抽象的な言葉が誓約として刺さるとは思いませんでしたが」 シロツメ公主は窓の外、サンルームでミンカラにあやされる鳳遊、シラユリ、そして生まれたばかりのルゥルァを抱くアルジェンタを眺めていた視線を手元に移した。「覇道を失った王に、人らしくありなさいという誓約は残酷かもしれませんし、行動の制限ではありませんから、私は危険を残したままあなた達を救ったことになる。今後彼が目を覚ました時、彼の意思でこれまでの考えを改めることができるかを見守ります。でも……間違えたことをしてはいないと思います。もっとも手短で簡単であったはずの、あなたを殺すという選択を彼はしなかった。それが希望です」 シロツメ公主は公主として言葉を紡ぎながら、少しだけ小さな春玲としての願いを込めて呟いた。「それが自分の意思を持つということ。自由ということだと思うから」 ジブリールは、自由を求めた少女が与える、自由という希望をゆっくりと噛み締めて頷いた。「お母様ー!お母様お花を見せて」 窓から身を乗り出して、シラユリがシロツメ公主を呼んだ。霊木の妖精としてではなく、野の花の姫君としてシロツメ公主は霊脈から力を吸い上げてシロツメクサの花畑をシラユリの足元から広げていく。「ジブリール、彼が冠をまた欲しがるような素振りを見せたその時は、花冠を乗せてあげてください」「そうします。茨で設えてぎゅっと押し付けてやりましょう」「その時は私も痛がる姿を見せてもらいましょう。そして、あなたの名句をお借りして言ってやらねば」「私の名句……です?」「あなた道具の扱いが下手なのでは?──そう言ったと聞きました。爽快です」 ふふ、シロツメ公主は鈴のように笑い立ち上がると開いた窓の外にいる娘たちへ声をかけた。「お母様も混ぜてください」 陽光の中に春の公主は軽快な足取りで溶け、ジブリールはその後姿を見送った。 幽達の指が動いたのを見過ごしてしまったが、それでも欲しい未来がこの手にあるのだとジブリールは信じて差し込む日差しを避けてレースのカーテンを閉じた。Tap to full screen .Repost is prohibited keiDOODLE7月分₍ᐢ⑅•ω•⑅ᐢ₎ദ⸒⸒ 15 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