ジェイ監「あ、ドーナツ」
ジェイドがユウの視線の先を追えば、遠くにワゴンの販売車が止まっていた。
二人で出掛けた海は、静かに穏やかに。人々の声よりも波の音がよく聞こえる場所だった。しかし、それ故に食事をする場所はなかった。海の家の一軒すらなかったのだ。
前もってわかっていたジェイドはお弁当を用意していた。大量のお弁当は魔法でコンパクトに持ち運んだ。足りないなどと一言も言わせぬよう。
最近ユウはよく食べる。ジェイドはそんなユウが好きだった。
最初はガリガリにやせ細っていたユウに驚き心配したジェイドがユウに手料理を食べさせるようになった。自分が作った料理がユウの血肉になり、目に見えて体積を増やしていく。ユウが食事を摂る様をジェイドは恍惚として見つめるようになった。
そして、次には太ったと呟くユウにジェイドは気にしないでいっぱい食べたらいいと助言したのだ。大食漢のジェイドが目の前で料理を平らげていく様に、ユウはそれだけ食べてもスタイルの良いジェイドに嫉妬し、また、見続けていればどうでもよくなった。多少の自分の体重の変化など、ジェイドにとってはさしたる問題なのだろうと。
それから、ユウは食事を楽しむようになった。自分の食べたいものを好きなだけ。それは、想像していた以上に幸せな事だった。そして、隣でよく食べるユウの身体が丸みを帯びていくのをジェイドは楽しんでいた。
ジェイドの作ったお弁当は既に二人のお腹に収まり、食後のデザートまで楽しんだ上で、ユウはじっとドーナツワゴンを見つめていた。
「買ってきましょうか?」
あくまで紳士的にジェイドが声を掛けるも、ユウはじっとワゴンから目を離さずにいた。
「いえ、一緒に行きましょう。運動にもなるし、それに何味のドーナツがあるかわからないじゃないですか」
そうしてようやくユウはジェイドを見上げ、ふふと微笑んだ。ユウの柔らかい髪を纏めた青いリボンがよく見え、ジェイドは破顔しそうになる顔を片手で覆った。
「なんでもありません。行きましょう」
今日のユウのコーディネートは海の色に合わせていた。海で産まれたジェイドにとって、それは落ち着く色合いであった。そしてまた、差し色のレモンイエローのネイルは同郷であったマーメイドの尾びれを思い出させた。
二人並んで歩く間も、ジェイドはユウを見つめていた。『愛しい人』その言葉でも足りないくらいに愛せる人に出会えた幸運。そして、その人が隣に並んで歩いてくれる喜び。ジェイドの視線に気づくと、ユウはどうしたのかと不思議そうに見返すも、ジェイドがにんまりと口角を上げれば、用事はないのだろうと視線を前へと戻した。
ワゴンまでそう遠くない距離まで来れば、揚げたてのドーナツの香りがふわりと二人まで届いた。ユウは興奮したかのように目を輝かせ、ジェイドの手を取ると小走りにワゴンへと近づいた。
横に立てられた看板には数種類のドーナツの絵が描かれていた。どれにしようか、どれも美味しそうだと真剣に見つめ顎に手を添えるユウに、ジェイドは全種類を勧めたが流石に入らないとユウは困ったように微笑んだ。
「お決まりでしたらお伺いしますよ」
ワゴンの中の店員に声を掛けられ、ユウが意を決したように近づくも、そこに並んだ実物達はどれも輝いて見えていた。
「全種類一つずつ」
一つに決められないと思う前にジェイドはユウの肩を抱いて注文をした。
「少しずつ食べれば問題ないでしょう。残りは僕がいただきます」
どこまでも甘やかされていると感じながらもユウは願ってもいない提案にジェイドにサムズアップを返した。
「流石です」
キリリとした強い意志を持つ瞳にジェイドは笑顔を崩さずまま、ユウのあまりの可愛さに足が震えていた。
店員がドーナツを包む間、抱いた素肌の肩。手を離すタイミングを失ったジェイドは震えと発汗と戦った。
ドーナツを渡されたユウが早く食べたいと歩き出し、手が離れるまではもう少し……。