幻燈 黒野が長い脚で蹴り立てた扉は、蝶番を吹っ飛ばして倒れ、その衝撃で埃が朦々と舞い上がった。焦げたような粘膜を焼く臭いに紅井は顔を顰める。
埃の嵐が収まり懐中燈が照らしだしたのは、とても玄関とは思えない光景だった。趣味の統一されない高級そうな家具が所狭しと肩を並べ、合間合間に蚤の市で見るようなガラクタやグシャグシャに丸められた油紙がねじ込まれている。天井からぶら下がるのは照明器具や鳥の剥製、双翼機の模型だ。全てが過剰で空間に隙間がない。ただ一筋だけ、奥へと誘いこむ通路が獣道のように空いていた。
紅井は黒野の背後から回り込んで部屋に足を踏み入れる。獣道から一歩はずれて、油分と埃で黒ずんだビロード張りのソファと低い机の合間に脚をひねり入れると、少し離れたところでなにかが崩落する音が響く。続いて朱雀、と咎めるように名を呼ばれ、紅井は大人しく身を引く。コートと手袋は見事に汚れ、足元には靴底の跡がクッキリと残っていた。少なくとも数週間、獣道以外は使われていない。
9905