ばくだんあいすとこいぬ でん、と廊下に仔犬が転がっていた。
いつものように外へ遊びに行ったと思えば、どうやら暑さに耐えかねて帰ってきていたらしい。まだ五月の半ばだというのに日差しはそれなりに強く、加えてリオセスリの毛並みは黒色が殆どなので熱をよく吸収するのだろう。廊下は日が当たらず、風もよく通るし床も冷たいようで、しっぽからやわらかな頬までピッタリと床についていた。無防備な姿で、外敵のいない、ヌヴィレットの居る家の中だから出来る姿だ。
「リオセスリ殿」
「んー……」
お昼寝でもしているのかと思えばそうでは無いらしい。ただ転がっていただけのようで、うつ伏せから仰向けへとごろんと転がった。あぢ、と短く声を上げてヌヴィレットへと手を伸ばす。リオセスリの小さいその手を取ってぶらんと持ち上げ、片手で抱き上げた。
「確かまだ……アイスが残っていたな」
「あいす……」
ぴくりと耳が動いてしっぽが揺れる。うん、と頷いてキッチンへ向かう。小さな手がヌヴィレットの服を掴んで、ふわふわしたしっぽは彼の足をぱたぱたと叩いている。
冷凍庫を開けて、一番上にあった白くて丸いアイスを手に取って閉じた。袋の端を摘んで、反対側を噛んで引っ張る。珍しい開け方は、リオセスリを降ろすか降ろさないかを天秤にかけた結果だった。
先端の飛び出した白くて丸いアイスが袋から出てくる。
「持っていて」
冷たいアイスをリオセスリが両手で受け取る。引き出しからハサミを取り出して、何をするんだ、とじっと見つめるリオセスリが持ったアイスの飛び出した先端をちょきん、と切り落とした。
じわり、じわ、と溶けたアイスが切った先からとろりと出て仔犬の目が輝いた。たべていい? と見上げた仔犬に頷けば、ぱくりと小さな口が銜える。ちう、と吸う音をさせて機嫌良さそうに耳としっぽが動いているのが酷く愛らしい。
冷蔵庫から水を出してグラスに注ぐ。火照った身体に冷たい水が全身に沁みるようだと思った。
以前フリーナから貰ったアイスたちだが、今リオセスリが食べているアイスは何という名前だったか、と思い返してみる。
確か龍のたまごだと言っていた気がする。「たまごの形によく似ているだろう?」と笑顔を浮かべていたが、龍の卵はこんなものではないとヌヴィレットは眉をひそめてしまった。これはバニラ味だけどチョコレート味もあって、と説明してくれて、最近はバニラがお気に入りなんだ、と教えてくれた。それをヌヴィレットは仕事をしながら頷いたいたのだが、カノジョはもう一つ名前を言っていた気がする。
「僕が思うに、たまごというよりは……」たしか、なんだったか。
あぐあぐとリオセスリがアイスに歯を立てる。中身が少なくなり、口の部分が細長くなり、膨らむ前の風船のようになって来ていた。ばちん、と咥えて引っ張る姿に、ちぎれてしまいそうだと思った瞬間。
ばちん!
白い液体が噴き出して飛び散る。
歯を立てて、勢いよく引っ張ったせいか穴が開き、そこから裂けたらしい。当然、リオセスリの顔に飛び、服を汚し、それからヌヴィレットの顔まで、液体になったアイスが飛んだ。
驚きで二人が硬直する。ぱちぱちと目をまん丸くして理解出来ていない様子のリオセスリを見て、ヌヴィレットは思わず、ふは、と声を上げた。
「っく、ふ、ふふ、いや、すまない、驚いてしまったな、ふ、ふふ……」
「……?、??」
笑いを堪えようとしているのに、突然爆発したアイスと、気付けばべちゃべちゃに汚れてしまったこと、それから声を上げて笑うヌヴィレットに仔犬らしからぬ怪訝そうな顔を浮かべて首を傾げた。
「ふふ、歯を立てたから、穴が空いたのだろう。君の歯は、とても立派な……歯をしているゆえ」
立派なのは大人の時だけだ。今は可愛らしい乳歯の犬歯である。
むう、と怒るリオセスりがあまりに愛おしくて、ヌヴィレットはたまらなくなった。そして、フリーナに言われたもう一つの名を思い出して、その名の方がふさわしいと、また肩を震わせた。