金色とこいぬ リオセスリが小さくなるようになってから、初めての秋が来た。
窓の外へ視線を向ければ、視界に入る山々は徐々に赤と黄が山を下っているようだった。つい先日まで暑くて外へ出たがらなかった仔犬は長袖の服を着て外を駆けては、池に浮かんだ木の葉を見ている。一昨日、外から帰ってきたリオセスリが小さなズボンのポケットから出したのはどんぐりや、栗で、仕事をするヌヴィレットの執務机に丁寧に一つずつ並べていた。
池を覗き込み、持っていた木の枝でちょいちょいと木の葉をたぐり寄せようとしている姿は、仔犬というよりまるで仔猫だ。以前、池の中に落ちたのを覚えているようで、池の周りの石に乗って遊ぶ姿は最近見ていない。この時期に池に落ちれば風邪を引いてしまうかもしれないので、ヌヴィレットからすれば、落ちる心配が無いのは安心できた。
ちゃぷちゃぷと池の水を枝で掻き回して、それから飽きたのか立ち上がった。ぴんと立った耳がぴくぴくと動いて顔を上げる。二階の窓から外を見つめていた(厳密に言えばリオセスリを見ていた)ヌヴィレットとぱちりと目が合った。大人しかった仔犬の尻尾がゆらゆらと揺れて、それから忙しなくぱたぱたと持ち上がる。木の枝を置いてそのまま走り出して姿が消え、家のドアが開く音が聞こえた。
階段を駆け上ってくる音がして、ばん、と勢いよく部屋の扉が開く。やや興奮ぎみに耳と尻尾が上がって、ヌヴィレットへ駆け寄ってきたリオセスリが座ったままの飼い主の膝の上へと手を置いた。
「しごと、おわったのか?」
「いや、少し休憩にしようと思ったのだ」
「んん……」
まだ終わって無いのかとリオセスリの耳と尻尾が垂れる。むくれた顔で文句を言わないのは我慢しているからだ。額をヌヴィレットの膝に擦り寄せる小さな頭を撫でようとすれば、嗅ぎ慣れない甘い匂いを感じた。触れた髪に紛れてオレンジ色の小さな花が出てきて取ってあげる。
「ぬびれっとさん?」
どうかしたのかと首を傾げるリオセスリの肩にも同じ花が乗っていた。それも取って執務机に乗せて、それから小さな身体を抱き上げた。膝の上に乗せて首筋へ鼻先を埋めれば、リオセスリの匂いの中にほんの少し甘い匂いが混ざっていて、もう一つ、髪に紛れていたのか花が転がり落ちる。
金木犀が咲いていたのかと思いながら、自分よりも体温の高い身体を抱きしめた。頬は冷たかったが、柔らかくて温かく、美味しそうな匂いのする可愛らしい仔犬の尻尾がゆら、ゆらゆらと振れて機嫌が直っていくのが見える。
「くすぐったいよ」
「……む、すまない」
照れくさそうに嫌がるリオセスリを口に含みたい衝動を抑え、ヌヴィレットが少しだけ身体を離した。膝に乗せたまま冷たかった頬に触れれば、気持ち良さそうにリオセスリがその手に頬を寄せた。
「冷えてきただろう。上着を着た方が良い」
「ン……、これがいい」
「これ?」
ヌヴィレットが着ていたカーディガンを引っ張られる。いつものリオセスリならサイズに困らないだろうが、今の彼では大きすぎるサイズだった。袖も、裾も余ってしまうし、駆け回るには邪魔になりそうだとヌヴィレットが首を傾げた。
「ぬびれっとさんの、が……いい」
消え入りそうな声で言うわがままに一瞬固まり、ヌヴィレットはぐる、と鳴りそうになる喉を我慢した。ゆっくり肩から下ろし、袖を抜く。小さな肩へかけて袖を通してやれば、だぼっとしていて小さな手は袖から見えなかった。
やはりこれでは、と可愛い姿を見つめていれば、相変わらずぱたぱたと尻尾が揺れて、嬉しそうに余った袖へ顔を埋めた。
「ぬびれっとさんのにおいがする」
きゅうと小さく鼻が鳴るのが聞こえて、堪らなくなってその小さな身体をヌヴィレットがもう一度抱きしめた。
「リオセスリ殿」
甘ったるい声で仔犬を呼ぶ。くるる、くる、とヌヴィレットの小さく鳴る喉の音にリオセスリの耳がくすぐったそうにぴくぴくと揺れた。
紅茶を淹れようとキッチンへ向かう為に立ち上がり、袖から手が出せないならクッキーは食べさせてあげなければ、と考えながらヌヴィレットは静かに執務室の扉を閉めた。