午前零時の逢引き誰がどう見ても、どこからどう見ても両思いだった二人の恋愛は、ヘタレな初期刀と拗らせ脇差のせいで、亀のような歩みを見せ、先日、初期組の多大なる尽力のおかげでようやく、ようやく結ばれた。
それはもう審神者が泣いて喜ぶくらいには。
そんな二人だからか、やはり進むスピードもゆっくりで、審神者の言うところ小学生のような恋愛…などと言う(いらぬ事を言っていつもいつも怒られている審神者は反省しない)
まぁ、そんな二人を見守りつつ愛を育んでほしい本丸だが、歴史修正主義者は待ってはくれないし、政府も待ってくれない。
近侍として日々忙しく、書類を溜め込む審神者のサポートをしている陸奥守と、遠征に励みながら先生のお目付役もしている肥前は、なかなかに時間が合わない。
食事の時間などは一緒だし、今は夜戦組からは外れている肥前なので、生活スタイルが違うわけでもないけれど。
ただ、それでもあまり二人きりになれる時間はないのでは、と、周りはすこし申し訳なさそうには思っていた。
ただ、それは周りがすこしだけ知らないだけで、二人だけの秘密の時間があったりする。
ここの本丸は、書類は溜め込むけれど優秀な中堅審神者のお陰で刀剣男士の数も多く、本丸も広い。なので、厨には朝昼晩の食事の材料以外に自由に使ってもいい食材があり、それは三食では足りない食べ盛りな刀が自分で追加で作ったり、個々で飲み会をしているメンツが酒の肴を作ったり。また夜中にお腹が空いたり夜戦帰りの刀が夜食を作る用などなど。
刀といえ、皆よく動きよく食べる子ばかりなので。
午後十一時半をまわり、自室をそっと出た肥前が向かったのはそんな厨。
かって知ったるで、自由に使える食材を見繕い、だけど食材だけを手に持って厨を後にする。
ちなみに今のところ誰にも見つかった事はない。さすが脇差。
不機嫌そうに見えるその顔は、不機嫌なフリをして、すこし嬉しそう。
広い本丸をしばらく歩き、向かった先は、審神者の執務室。
ではなく、その近くにある、簡易キッチンだ。
審神者用に作られた場所だけど、ここの審神者は本人曰く「料理は作れるけど、みっちゃんとか歌仙とか堀川とかとにかく皆が作るご飯がいいのー!!」と大声で叫ぶからか、本人が使う事もないし、審神者や審神者に巻き込まれた事務班の夜食は大概厨で作られるからか、あまり使われない。
では、何故そんなところに肥前が?それは簡単明瞭。
「おお、来たがやか!」
「あぁ?別に遅くはねぇだろ」
むすっとした顔で入る肥前を向かい入れたのは、近侍である陸奥守。
あまり使われない、けれど審神者の執務室のすぐ側にあるここは、最初の頃、料理好きがある程度揃うまでは、陸奥守がよく夜食やおやつを作っていた場所で今ではすっかり陸奥守の城となっている。
「肥前のー。今日はとっておきの酒用意したき、楽しみにしとうせ」
「おお。つってもつまみは、適当なのしかねぇぞ?」
「ええ、ええ、なんでも!肥前が用意してくれたモンなら何でも嬉しいき」
「バッ!いいから準備すんぞ」
そう言って持ってきた食材を、手早く並べて調理を始める。料理が得意なわけではないが、簡単なものは作れるのだ。夜食を自分で作るようになってからは、ある程度は出来るようになったのだ。
照れ隠しをしながら作る味付けは、陸奥守からしたら大好きな味付けで、やはり同郷なのだとしみじみ感じる。そう言う小さな幸せを噛み締めては、ついニヤけてしまうは許して欲しいところだろう。
ここで料理をしていて肥前は付き合いたての頃を思い出す。
「肥前、おんしとわしの秘密の場所じゃ!」
という、子どもが宝物を見せびらかすように連れてこられたのがこの場所だ。
肥前からすると拍子抜けのように思った事もある。俺のドキドキを返せ、とも。
だけど、こういうところを全力で嬉しそうに紹介するのは、こいつの良いところだった、と思い出して、笑ってしまった。
その表情をみた陸奥守は肥前も喜んでくれていると、勘違いしてさらに笑顔になる。この時の勘違いを知るのは、まだもうちょっと先の話だ。
ここの簡易キッチンは厨のような純和風の作りとは違い、洋風の審神者風に言うなればワンルームマンションにありそうなキッチンである。
そこに置かれているダイニングテーブルは二人掛け用で椅子も二脚しかない。
じっくり呑みたい時はお盆に乗せて縁側に行くが、大概はここのダイニングテーブルで、夜食タイムとなる。
厨にあった夏野菜と冷蔵庫にあった新鮮な魚を細かく刻んで、ごま油と刻んだ生姜と四国の醤油で作ったおつまみを、陸奥守がお気に入りの土佐日本酒片手につまんでいる。
もちろん、それだけでは主に肥前のお腹が満たされないので、ミョウガと紫蘇の入ったおにぎりもワンセットだ。
「いただきます」
刻んで作っただけのツマミを美味しそうに食べる陸奥守は、今日あった事や、審神者の話を色々してくる。
あーでもない、こーでもないと、笑いながら話している。
おにぎりを片手に相槌を打つ肥前。
前に肥前は聞いた事がある。
「なぁ、俺はお前みたいに口が回る方じゃねえし、気が利かねぇ。そんな俺に話してて、退屈じゃねぇのか?」
肯定はしてほしくないけど、本当の事だ。
少しだけ不安になりながら、聞けば、
「何を言う。おんしはちゃんと聞いてくれてるやないか。それがわしはいっちばん嬉しんじゃ」
そうやって笑顔で返してくれたから、今では安心して聞き役に撤してられる。
たわいのない時間だけれど、二人の大事な幸せな時間だ。
最初の頃は陸奥守が誘う時だけ。それが気まぐれに肥前が顔を出すようになり、それが週一回に増え、今では一日おきくらいに増えている。
食べたらすぐに帰ってた肥前もどんどんいる時間が長くなる。そして思う。
ここでおやすみ、と言って別々の部屋に帰るのが寂しいな、と。だけど相手は多忙を極める初期刀で近侍。そんなわがままは言ってられない。
今日もたわいのない話をして、洗い物をして、この時間も終わるな、と思った時だった。
パシッ、と手を掴まれて、どうしたんだ?と陸奥守の方を向けば、
「嫌なら断って欲しいんじゃが...」
そう真剣な顔をして、こちらを見つめる。
「いつも、ここで肥前のと別れて、部屋に帰るんがとてつもなく寂しいてな...。お、おんしが良ければでいいんや、なんもせん、から、この後わしの部屋に来んか...?」
よく見れば顔を真っ赤にしている。
笑ったらいけないんだろうが笑みが込み上げる。
これは嬉しいからか、目の前の恋人が可愛いからなのか。
肥前にとっては、どうでも良かった。同じ気持ちなことが何より嬉しかった。
「あぁ、いいぜ」
流石に「なんかしてもいい」とまでは言えなかったが。
同じだ、と素直に言える程の器量はないが、それでも肥前の是に、あるはずがない尻尾がブンブン振られている幻覚が見える程度には喜ぶ陸奥守。
今になって恥ずかしくなってきたけど、末端とはいえ神が言った言葉を反故する訳にはいかない。
それに、がっつり手を繋がれてしまっている。体温の高い陸奥守が更にお酒で暖かくなっている温もりを感じる。
いつもはこの部屋を出たら、暗い自室への冷たい板張り廊下を歩くのに、今日は違う。
暗いはずなのに、冷たいはずなのに正反対に見えるのは気のせいだろうか。
不安もちょっとありつつも、やはり好いた相手と夜を過ごせるのは嬉しさがある。
誰にも内緒の逢引きが、明日の朝までの約束になるまで、あと少し。
二人のスピードはゆっくりだけど、それでも少しずつ確実に進んでいる事はまだ二人しか知らない。