はわーどのなつやすみ、七日目と八日目七月七日と八月七日、そして今日は二度目の七夕でした。ラヴクラフトは日差しよけのための麦わら帽子を被り
壺を抱きかかえて閲覧館前の笹の葉を見ていました。
「さーさーのーは、さーらさら、のーぎーばーにゆーれーる」
「のぎば」
「屋根の下の方のことだよ」
草野心平がぎゃわずとともにうたって……ぎゃわずが歌っているように見えたのです……いたのにラヴクラフトは出くわしました。
のぎばの意味も教えてくれます。閲覧館はこちらの通称で本の貸し借りをやっているところです。帝国図書館自体は、
元々は貸し出しをやっていない図書館でした。
「七夕、飾り。沢山」
「七月の失敗は繰り返さないからっ」
「わー、綺麗だね。心平さん。ラヴクラフトさんも願いを書きに来たの?」
「願い。前。書きました。アイス。食べます。満腹」
「それはポーさん次第だよね」
七月七日の七夕は伝達ミスによって七夕飾りを作っていないという事態になっていましたがそれに気づいたフィッツジェラルドが、
クリスマスツリーに短冊をぶら下げるならば、クリスマス飾りを笹の葉にぶら下げてもいいだろうという理論で飾りを作るまで、
クリスマス飾りをぶら下げることで乗り切りました。飾りはみんなで作りました。
その反省があったため、八月のクリスマス飾りは先に作っておくことにしたのです。
ラヴクラフトの願いはアイスをお腹いっぱい食べることでしたが、アイスの食べすぎはいけないと主人のポーに止められていました。
何かに祈るよりもポーに頼んだ方がよいのかもしれませんが祈っておくことにしました。
「図書館の子供たちにリクエストをされて木彫りのパンダを作ったんだ」
「大きい!」
「さすがだね。光太郎さん」
「パンダ。笹。食べます」
七月よりも八月の七夕の規模は小さいのですがやっています。七月は商店街も七夕祭りを一緒にやるのです。
高村光太郎が大きめの木彫りのパンダを持ってきました。熊ぐらいには大きくないですが、それでもあったらびっくりするような大きさです。
賢治と心平が喜んでいます。
高村はとっても力持ちの文豪でした。彼のアトリエに迷い込んだラヴクラフトはチェーンソーアートに挑戦してみようかなと言っていた高村と
ラヴクラフトは出会っています。腕っぷしが強いらしいのです。らしいというのは彼が腕っぷしで戦うところを見たことがなかったからです。
「それで連想したんだろね」
「ほしょくしゃ」
「可愛いからいいんじゃないかな」
「そうだね。賢治さん。午後の朗読会も楽しみだね」
賢治も心平も高村も穏やかに話しています。午後の朗読会では賢治の書いた銀河鉄道の夜のメジャー版が読まれると言います。
ラヴクラフトは置かれた木彫りパンダに触れながら、
「みんな、パンダ」
聞こえないように呟きます。
賢治も心平も高村も穏やかですが戦いのときは銃や弓をもって侵蝕者を倒すに倒しているのでパンダみたいだと想いました。
パンダは可愛らしいのですが力がとっても強いのだと、教わっていたのです。
「なあ、”おしえとたびするおとこ”って本が借りたいんだけど、どこにあるんだ」
帝国図書館は国定図書館です。
国が運営する図書館で、帝国図書館はこの近辺では一番大きな図書館でした。最初は今は本館と呼ばれている本の閲覧しかできない
建物と、本たちしかなかったのですが図書館が対侵蝕者の前線基地となった際に、近代文学を研究するという名目に加えて管理者の一人の趣味として、
帝国図書館分館が作られました。文豪たちは暫くはここを基地として戦っていたのですが、月日が流れ、本を貸出ししようということになり、
閲覧館が出来ました。閲覧館は通称であり、正式名称はありますが、そう呼ばれていました。
「……見る? 見ます、か?」
「一人一研究で、読書感想文が一番楽に終わりそうだからやることにしたんだよ。えどが……何とかの本」
「ある。あります」
ラヴクラフトは本館前にいました。ラヴクラフトは首に帝国図書館スタッフのパスケースを下げています。
この中にはスタッフということを示す身分証明書が入っていました。今日は本館の奥で本の整頓をしていたので、つけていたのです。
ラヴクラフトに聞いてきたのは学生でした。学ランを着ています。学ランは他の文豪たちも着ていました。
”おしえとたびするおとこ”については知っています。特務司書の少女が読んでいた本にありました。
「ここの図書館大きすぎないか。始めてきたけど。学校の図書室にはなかったんだ。”おしえとたびするおとこ”」
「とります。とってきます。貸し借り、出来ます。本。持ってきます」
出来ないことは他の文豪たちか図書館スタッフに話を振るようにとラヴクラフトは言われていますが、”おしえとたびするおとこ”については分かります。
貸し借りが出来る本をラヴクラフトは取ってくることにしました。司書室に行きます。部屋の主である特務司書の少女も、助手もいません。
今日の助手は誰だったかなとなりながらも、本棚に刺さっている本を抜きました。持っていきます。
「……これが”おしえとたびするおとこ”?」
「はい。”おしえとたびするおとこ”著者、江戸川乱歩、です」
綺麗な装飾をされた本をラヴクラフトは学生に渡します。表紙に女と初老の男性が描かれた本でした。学生は本を手に取ります。
読んでいました。ラヴクラフトは様子を見ています。
「推しの世界に行っちまった男が推しと過ごしたんだけど年を取っていった男の話……? 押絵だったのか……」
「おしえです。おしえ。推し。推します」
「双眼鏡を覗いてみたとか漫画で見たことがとかあるけれどこれが元ネタか……先生の話だと想っていたのに」
学生が考え込んでいます。”おしえとたびするおとこ”はこの本のはずです。
「おーい。お前、分館の本は持っていくなって。本日の助手である俺が来たぞ。……利用客か?」
「客。客です。”おしえとたびするおとこ”読みたい。持つ。持って、来ました」
ラヴクラフトが学生の側に立っていると岩野泡鳴がラヴクラフトに呼び掛けました。泡鳴はかなり前にラヴクラフトにお前は凄いんだぞ、と褒めてくれた者です。
凄いとか言われても分かりませんが、当時のラヴクラフトはその言葉を受けて止めていました。
「”踊る一寸法師”とか”芋虫”とかの方がいいのか。読書感想文」
「読書感想文……やめとけ。いいか。踊る一寸法師なんてひゃっはーした男がぐさあする話だし芋虫なんて」
「岩野サン。何を騒いでいるのですか」
「ラヴクラフト君」
悩む学生に泡鳴がアドバイスをしていると”帝国図書館の案内人”と”朝一緒にお茶を飲む紳士”が一緒に来ました。
「ハワードさん、案内をして偉いんだよ。アイスをあげると怒られるからクッキーあげる」
「クッキー」
「体裁として読書感想文を書くならばどんな教師がいるかによりますが、乱歩サンの話は殆ど止めたほうがいいでしょうね」
「教えと旅する男って勘違いしちまったんだな。音だけ聞いたのか」
「新たな本の出会いがあるのはいいことだ」
司書室、本日は仕事モード、机やら本棚がある状態です。たまにここは廃墟に変わったりもします。チョコチップクッキーが皿に出され、
ラヴクラフトはソファーに座り食べていました。お茶会です。夢野久作とコナン・ドイルが共にいます。紅茶は夢野が入れていました。
お茶会をしつつ特務司書の少女は話を聞いてました。司書室にある本は利用客には貸し出せない本ばかりのようです。分館の本や司書の私物が
殆どなのでした。
利用客については夢野の案内人モードで江戸川乱歩の本を貸し出して貰いました。学生はタイトルだけしか知らなかったようです。
踊る一寸法師も芋虫も夢野が笑顔で貸していました。笑顔でしたとも。
「本、あってます? あってました? あっていた」
「あっていたんだけどなーあれで教師ウケする読書感想文って書けるのか」
「書こうか? あれやってると自分の感想がなくなる感じはあるんだよ」
「その辺りは、切り替えでしょうが、貴方はどんな感想を抱きましたか」
「最初の方は魚津(うおつ)をさかなつとか読んでたら……それうおつって言われてさ、何処って言って富山って答えられて」
大きなチョコチップクッキーを食べながら、ラヴクラフトは彼等の話を聞いています。読書感想文というのは図書館でもコーナーができていたり
するのですが、感想を言うというのはそんなに難しいのだろうかとなります。
「感想。皆、言います。難しい? 殴り合い。するから?」
「そうだね。きちんと感想を受け止めてくれる人がいるし、作者が目の前に居たら作者も言ってほしい感想というのはあるが、感想は何を抱いてもいいんだ。
読書会でも推奨されている」
「たまにひかれてしまうと想ったら加減はしますからね」
「”押絵と旅する男”の感想、ポーはなんていうんだろうな」
「評価によっては乱歩さんが……どっちにしろ倒れる?」
「倒れそうですねぇ……あの人ですから」
「聞いてみます。ポー様」
バタバタとくる足音、彼等にはわかります。噂の主、ラヴクラフトの主が来たのだと。
感想についてラヴクラフトは不可思議に感じながらも、主に”押絵と旅する男”について聞いてみることにしました。