アフターナイトワンダーランド【アフターナイトワンダーランド】
手間のかかる身内が苛められていたので仕方がなく、手を貸した。苛める方というのは自分が反撃されるというのは分からないもので、
話を聞いていたらおかしいところがあったので聞いてみたら、苛める方は苦しみだして、
世界が変わって。手間のかかる身内と共に彼は、別世界に来ていた。
「お客の波が収まった……」
”この世界に来てしまった”朏陸は日曜日、バイトをしていた。
雷麺亭というラーメン屋である。陸の年齢は十七歳、通信制高校に通っている。前は全日制高校に通っていたが、この世界に来てからは
通うのが面倒になってしまい、通信制を受けている。
「疲れているのか」
「ほっとしただけ。もうそろそろで休憩だから」
異世界トリップというのだろう。何故かしてしまった。手間のかかる身内と共に。
不可解な事態に巻き込まれても生活をしなければならなくて、状況を理解しようとしていたらその時に出会った人のお陰で衣食住は何とかなった。
陸はバイトをしつつ、日々を過ごしている。雷麺亭には客はいない。いるのは陸と店長だけだ。
店長は三十代後半らしいが、くたびれたところがある。ラーメンは美味しい。雷麺亭は午後三時に休憩に入る。
そろそろ、ラストオーダーになりそうなときに、雷麺亭の引き戸が勢いよく開いた。
「インストが出来たぞー!!」
お昼のラストオーダーぎりぎりに彼女はやってきた。陸は彼女をよく知っている。
陸が仕事に行こうとしていた時にはベッドで寝ていたのに起きたらしい。部屋着を着ていて、長い髪の毛をまとめ、ヘアバンドをして
眼鏡を、切り替えのために伊達眼鏡をしている”いもうと”を陸は迎えた。
「織枝。ラストオーダーぎりぎりに来ない。いらっしゃい」
「間に合ったからいいでしょ。ごはん」
「何でもいいか?」
「いいよー。店長のごはん、美味しいから」
カウンターテーブルに彼女は座る。朏織枝、陸のいもうとだ。年齢は同じ、双子と通している。店長がお任せで食事を作り出す。
ラーメンと餃子にするつもりであるようだ。
陸は店の外に出ると開店中の札を閉店中にしておいた。ラストオーダーの時間になったからだ。
「どのインストが出来たの。いくつも作ってたよね。アフターパーティ用に」
「ラップゲリラは、ほぼ完成して。今はアンとのコラボ曲作って、出来たの。女子チームのインスト」
「女子チーム」
彼女はラッパーで、トラックメイカーだ。トラックメイカーは和声英語で海外ではビートメイカーという。音楽を制作するときに伴奏を作る、
もしくはインストルメンタルを作る者のことを言う。織枝は『リーエ』というMCネーム……ペンネームのようなもの……で活動をしている。
先日終了した『Paradox live』、ラッパーたちの大型イベントのアフターイベントであるアフターパーティ用のインストを彼女は作っていた。
歌詞になるリリックも制作している。織枝はパラドックスライブの総合司会を務めていた。
アンはアン・フォークナー、ラップチームであるBAEの一員だ。女子のような服装をしているが男である。女子にユニットと言っているのは
アフターパーティに参加するラップチームの一つ、悪漢奴等の伊藤紗月が女子チームと言ったからだ。紗月はアンを女子だと勘違いしている。
――匋平さんも勘違いしていたらしいけど、紗月は、気づこう。
知っている者は面白いからと放置している。神林匋平はラップチームの一つである『TheCat’sWhiskers』のメンバーだ。
「進捗はかなり進んだよ。ラップゲリラはね。四チームがどんなのを持ってくるのか楽しみに待ってる」
「大枠は織枝が作ったからね。ラップゲリラ」
『Paradox live』、賞金百億と伝説のラップチームである武雷管への挑戦権が当たる大会、参加チームは四チーム、
『BAE』、『TheCat’sWhiskers』『悪漢奴等』、そして『Cozmez』、優勝は『Cozmez』だった。
陸と織枝が来てしまったこの世界を異世界としたのは、この世界にはファントメタルという謎の金属があるからだ。持ち主の感情に呼応して幻影を出せる謎の金属、
これを使ったライブ、幻影ライブがこの世界にはあるのだ。元の世界にはなかった。
織枝は元の世界では音楽をしていたし、ラップも少ししていた。ラッパーとして活動をしているのだ。『Paradox live』は裏でアルタートリガー社という
ファントメタルを作っていた会社が暗躍をしていたこともあり、トラブルも起きた。どうにかトラブルが収まったものの、会場であるパラドックスライブは消えてしまった。
アレは大変だった。陸も暗躍の暗躍の手伝いをしていた。
四チームや織枝や陸が集まり、『Cozmez』の祝賀会をした際に全員でライブをやらないかと『BAE』のリーダーである朱雀野アレンが提案し、
他のチームも乗り、全員でやることになったライブがアフターパーティだ。シャッフルユニットや全員での曲だのノリと勢いで作っている。
開催までまだ時間があるが、チケットもかなり売れているらしい。全員での曲がラップゲリラだ。
メインは四チームだが織枝もシャッフルユニットやソロ曲で参加する。全員曲は大枠のインストを作っていた。
陸は織枝の側にコップに入った水を置いた。織枝は勢いよく飲んだ。
「アレンに匋平さん、北斎さんに珂波汰、どんなふうにするかなー」
矢戸乃上珂波汰、征木北斎はそれそれ『Cozmez』と『悪漢奴等』のトラックメイカーだ。それぞれのチームのトラックメイカーの名を織枝は上げていく。
織枝が言うには出来たインストを渡して四チームにそれぞれチーム紹介や自己紹介をしてもらう風にアレンジをしてもらうのだそうだ。
「リリックも考えたんだろう」
「もちろん。大会を雰囲気を存分に入れて。『Paradox live』――大変だったけど楽しかったよ。メタルの侵蝕とか前にやったゲーム? みたいなのだったし」
「悪魔合体のゲームだね」
ファントメタルは幻影を出せる代わりに持ち主のトラウマの幻影を見せる。そしてメタルは使い続けると持ち主の命を脅かすこともある。
『BAE』と『悪漢奴等』の対決の際、『BAE』のメンバーの一人である燕夏準がメタルの侵蝕で倒れたのだ。メンバーの尽力で助かったが、助ける方法がゲーム風だった。
陸はファントメタルを使っていないが、トラウマの反応であるトラップ反応の苦しみはきついだろうとなっている。
店長が織枝の前にラーメンを置いた。
「出来たぞ」
チャーシューが大量に乗り、ネギや味玉が乗っているラーメンが置かれる。織枝は割り箸を出して割り、いただきます、と食べだした。
「ラーメン、美味しい」
「インストってどんなのにしたの」
「聞いて」
織枝がポケットから多機能情報端末を出す。タップして操作をすると陸に渡した。多機能情報端末にはインストを作るためのアプリが入っている。
音が流れ出した。客もいないからそのまま流していた。ピアノがメインでドラムも入っている。細かくて力強いな、と聞きつつ、
「これだけ聞いていると音ゲーみたいな」
「あってるあってる。アンにも聞いてもらうけど」
織枝が使っている機材について陸は名前ぐらいは知っているがどうやったらインストが出来ていくのかは知らない。織枝の前に焼き餃子が置かれた。十二個ある。
朝ご飯兼昼ごはんで織枝は食べるだろうから店長が盛ってくれたのだろう。陸は小皿をいくつか置いた。織枝はカウンターにある酢を取ると小皿の一つに入れてから、
コショウを取って振る。酢コショウだ。これで餃子を食べるとさっぱりして、美味しい。
「――下手に細かく作るな。バランスが悪い」
「はふい?」
「食べながらしゃべらない」
店長が鋭く言ってきた。織枝は餃子を箸でつまみ、口にいれながら問い返す。織枝は餃子を飲み込んだ。
「クラシック風に作るのと先鋭的に作ろうとしてどっちつかずだ」
「ピアノがいいなってなってクラシック系ベースにしてみたんだけど」
「下手に寄ろうとしておかしなことになってる。作り直せ」
クラシック寄りに作ってみたのだが、作ったインストは下手らしい。陸としては上手い方ではないのかとなるが、店長が言うことだ。
「おかしなこと?」
「貸せ」
おかしなこと? と陸が聞いてしまうのはどの辺りがおかしいのか分からないからだ。端末を貸せとなったので陸は貸す。このアプリか、と店長は呟いた。
「使った曲は」
食べながら織枝が店長に言う。今回の曲はクラシック曲からメロディーを抜いてアレンジしたらしい。クラシック曲はほぼほぼ著作権が切れている。
トラックメイカーはソフトや機材でインストを作っていくが、織枝は多機能情報端末にもアプリを入れている。店長がこれか、とアプリを操作していた。
織枝はその間にラーメンを食べ続けていた。餃子も餃子のたれやらラー油で食べている。
「織枝。晩御飯は」
「テイクアウトがいいかな。買い物に出るのも良いかも。店長が作るインスト次第だけど」
「学校があるから、体調は整えておこうね」
明日は月曜日だ。学校がある。雷麺亭はテイクアウトもやっているのだ。織枝が簡単に自身の多機能情報端末を店長に渡したのは店長は織枝のプライバシーにかかわる
ところは見ないだろうし、インストを作るためだけに多機能情報端末を操作するだろうとなっていた。
ボタンがタップされる。
多機能情報端末は曲を流してきた。使ったのは織枝と同じクラシック曲であるのだが、
「……うわ……」
「同じ曲を使って、こう?……さすが店長」
織枝は苦笑いを浮かべていた。陸は音楽に関しては素人ではあるがそれでも、店長が即興で作ったインストの方が織枝よりも優れていることは分かる。力強い。
アンと織枝でリリックを載せるならばこちらの方がいいだろうとなるし、聞きやすいのだ。
「トラックをこう作って、組み合わせるなんて。作り直そう。自分で」
「組み合わせたのがインストでいいんだよね」
「そうだ。トラックはそれぞれの音で組み合わせたのがインストルメンタルになる」
ちなみに組み合わせる行為をマスタリングという。マスタリング用のアプリも織枝の多機能情報端末には入っていた。
陸は時計に視線を向ける。雷麺亭の休憩時間に入っていた。織枝はラーメンを食べきっているし、餃子も食べ終わっていた。
「作り直すか。テイクアウトは」
「帰ったときに持ってくるから先に言って。休憩時間だし」
「それならチャーハンと」
織枝は他の店ならば困った常連になるのだろう。休憩時間が削られるのは陸も嫌だ。テイクアウトの商品をメモしておく。織枝はインストを作り直すことにしたらしい。
かなり悩んで作ったらしいインストが即興で作られたインストよりも出来が悪いのかとなるが相手が相手だ。
「店長、トラックメイカーとしてもすごすぎるから」
「ラッパーとしてもね。さっすが武雷管の片割れ。現金払いにしておくね」
「出来る限り現金にしてくれ」
キャッシュレスの世の中だがキャッシュレスは手数料がかかる。塵も積もれば山となるだ。多機能情報端末を返してもらい、織枝は財布を取り出して代金を払う。
じゃあねーと織枝は出ていく。
「……織枝のこと、迷惑じゃない?」
「代金は貰っている。それに面白い。迷惑な客の範囲に入らん」
陸としては慣れているところがあるが店長はどうかとなったが、迷惑ではないらしい。店長こと、辰宮晴臣は織枝との会話を面白がっているようだった。
とにかくバイト先を探していた時にたまたまバイトを募集していたので陸は応募をしてみたら、採用された。
幻影ライブの創始者、武雷管の片割れ。それが晴臣だが、言われない限りは分からない。陸はそもそも武雷管を知らなかったがかつてと今じゃ違いすぎる。
初めて会ったころと違い、店長の首にはドラゴンのネックレスがかかっていた。
あの日取り戻した、片割れのファントメタル。
武雷管に何があったのかを陸は聞いていないが。
「夜はやることが出来た」
「分かりました」
店長である晴臣は夜営業の時はバイトに任せることがある。陸も慣れたもので、夜はラーメン作りも出来る先輩と共に店を回すことになった。
織枝に触発されたのだろうかとなる。陸は織枝が完食したラーメンのドンブリや餃子の皿を片付る。
「アフターパーティか」
「大会が中途半端に終わったところはあるから。熱が消えるよりはいいだろうって、織枝や、アレンが」
中途半端となったのは、決勝戦『Cozmez』は確かに優勝はしたのだがアクシデントによりそれどころではなくなったのだ。
「――そうか」
何かを考えこむようにして晴臣が呟く。
(店長……?)
晴臣の指につけられている指環と首にぶら下がっているペンダントが、光っていた。
【Fin】
シリーズ
Paradox Live パラライ 夢小説