ふゆをあるく「ふ……銀世界が俺たちを待っていた」
「これなら何とか歩けるよ」
「転ばないように気を付けないといけませんねぇ」
路面電車から島田清次郎と小川未明、山田美妙は降りた。清次郎と未明で隣町に出かけて買い物をしていて、いつものおにぎり屋さんに寄ったら美妙と出会ったのだ。
「隣町からの長い線路を走り抜けた路面電車を降りたらそこは雪国だった。夜の底が白くなった」
「そんなに長くないし、途中の語呂が悪い」
とてもとても有名な、話の内容は知らなくてもこのフレーズは知られているであろう川端康成の雪国をもじったものを清次郎は呟いた。
「教養ですよね」
清次郎達以外にも路面電車から降りた者は何人もいるが、男の学生二人組の片方がああ、となっていて片方は意味が分からないとしていたし、着物姿の女性が笑っていた。
雪国をもじったものだと分かるのは雪国のフレーズを知っているものである。分かるというのは、教養だ。
美妙が口元を緩める。路面電車は止まることなく、彼等を宿舎のある町まで、帝国図書館がある町まで返してくれた。
「これだと雪かきはまだいらないかな」
未明が足元の雪を踏む。
未明からすれば降った範囲には入らない、薄い雪だ。
「雪かきの切り札。ジョーカーである俺を図書館では雪かきで使わないんだ」
「以前に岩野さんと島田さんで雪かき対決をしてどちらも風邪で倒れたからでは。僕は雪かきには参加しませんけど」
「そのせいだよ。心配しなくても雪かきは慣れた人が行けるし、ドストエフスキーさんとか」
「慣れているのかロシア」「ならしたんだって」
フョードル・ドストエフスキーを日本で雪かきに慣らして使っているなんて考えられないことであった。
ロシアも雪かきをするかは知らないが日本の気候とロシアの気候は違う。
「図書館の庭は雪原のようになっていますかね」「南吉たちが遊びそう」
「南吉喜び庭駆けまわり、ラヴクラフトこたつで丸くなる」
「あははは。目に浮かびますよ」
これも教養だろうとは未明は想う。雪のうたのもじりだ。清次郎は抱えた荷物を持ち直す。
「島田君たち、迎えに来たよ」
「美妙。未明」
歩こうとすると斎藤茂吉と二葉亭四迷が待っていてくれた。来てくれたらしい。
「……俺たちで帰られるぞ」
「心配だったんだ」
「長谷川君! 小説は書けましたか? スランプでしたからね」」
「とにかく書くことは覚えた」
「美妙さん四迷さんを心配して気晴らしのケーキを買っていたよ」
「……貰ってやる」
茂吉が微笑んでいる。四迷に美妙が話しかけていて、未明が補足を入れていて四迷が目を細めていて美妙が慌てていた。
「帰るぞ」
一同は帰路につく。雪原のような町をこれから進んでいく。