はるのはなし「春の山の後ろから煙が出だした。――春が来た」
ふと、尾崎放哉の唇から句が零れ落ちた。
本館の手伝いをしていて、修理が必要な本が出てきたから何冊か抱えて運んでいた時のことだ。
転生して初めての春が来た。
中庭の早咲きの桜が咲いていた。梅が咲いた。桃の花も咲いた。春が来ている。訪れている。
「きょうの道のタンポポさいた」
種田山頭火が笑顔で放哉に向かって話しかけてきた。
「咲いていたか」
「日本のタンポポが咲いていたよ」
「……日本の?」
「西洋のタンポポの方が多いんだって」
タンポポの区別なんて放哉はつかないのだが、
「貴重なんだな」
「ふまれてたんぽぽひらいてたんぽぽ」
山頭火がタンポポの句を口にする。
「外で咲いてるのか」
「放哉も庭に出ようよ」
「これをやりにいく役目がある」
「終わったら!」
山頭火が促してきた。このまま本を借りて引きこもりたいところではあるが、
「仕方ない」
今日は、気が向いたので山頭火の中庭内散歩になら付き合うことにする。中庭ぐらいでおわればいいなとはなった。
(春の山の後ろから煙……火事?)
『尾崎放哉の辞世の句よ。小豆島最後の句で、再起不能の病状にあった際、見た煙。春を迎えられたという安らかな喜びに満ち溢れているわ。自身が焼かれている煙を想像したという解釈句も出来るのだけれども』
(……春は温いからなぁ)
特務司書の少女は次のシフトを層雲の二人に伝えようとしたが気配を消して隠れてみていた。彼女にしか聞こえない囁き声がする。加護者だ。解説を入れてくれていた。
「怖っ。気配消して眺めてるんだが司書」
「司書さんが完全に気配を消しているとわからない」
「心配はいらない。司書は話しかけるのをためらって静かに気配を消しただけだ」
「中里さん……解説されて怖っ」
「放哉が驚いてるよ!!」