作業後の甘味と蓋のこと【作業後の甘味と蓋のこと】
「ヘミングウェイ殿!! 手伝ってくれて感謝するぞ」
「構わない。手伝いにも慣れてしまった」
「鯉のぼりの数が凄いな。派手だぜ」
帝国図書館の近くにある商店街のすぐそばにある、広々とした公園にて吉川英治がアーネスト・ヘミングウェイに礼を述べていた。
スコット・フィッツジェラルドが自分たちの下作業の成果を見上げる。四月半ば、彼等は商店街の者たちに頼まれて、鯉のぼりを飾っていた。
ヘミングウェイが転生してやってきた先は日本であり、日本文化に触れ続けて何年か経過した。鯉のぼりにもなれた。
日本は四月から五月になると鯉のぼりという飾りを飾ることにより、男の子の健康や成長を願うのだそうだ。
「鯉は逞しいからこうやって飾る」
「逞しいか。マグロとか飾ればいいんだけどな」
「確かにマグロは逞しいが」
公園の空にワイヤーが張られ、いくつもの鯉のぼりがぶら下がっている。ポールで鯉のぼりをあげるてもあるが、今回は沢山上げたいのだと言われ
こうしたのだ。ヘミングウェイが吉川を手伝ったのは、誘われたからである。吉川に誘われて断れるものはそこまでいないが、
ヘミングウェイとしては近所によい顔をしておくために話を受けた。
ご近所づきあいは大事なのだ。
フィッツジェラルドは暇をしていたので引っ張り出した。
二人で並んでいればほぼ全員がヘミングウェイの方が年上だと見た目で想われるこの二人はフィッツジェラルドの方が年上であり、
この年上の男はグダグダしながら小説を書いてようやく書き終わっていた。
「手伝いはしたけどよ。久しぶりに外で太陽の光を浴びた気がするぜ」
「引きこもっても暮らせるからな」
生存は確認するようにしている図書館ではあるが、文豪達によっては何日も宿舎や図書館から出ていないということをやる者もいる。
作品を作っていたりするとそうなるのだ。
鯉のぼりは沢山飾ると派手になるというので、近所からもう飾らない鯉のぼりを集めたりして飾った。
大きな黒い鯉のぼりや赤い鯉のぼりが風に揺れている。
「おう。もう終わってるな」
「空。魚。沢山。浮かびます」
「志賀さんのお店で柏餅と緑茶を出すそうです」
朝食をとってからフィッツジェラルドと共に吉川と三人で作業をした。メインで作業をしたのは吉川とヘミングウェイであり、
フィッツジェラルドは手伝いではあったのだが、予定よりも早く飾り終えた。
作業着姿の彼等に聞きなれた声が呼び掛けた。直木三十五とハワード・フィリップス・ラヴクラフトと中島敦だ。
志賀直哉はヘミングウェイの認識だとカレーをよく作っている文豪である。小説の神様と言われているようだが、イメージはカレーだ。
文豪達の中でも古参である志賀は浄化作業や図書館の手伝いの他に商店街で店をやっている。
「お前等も散歩か?」
「来ました。アイス。食べに。ポー様。書いています。小説」
「どんな小説を書いているんだ」
「五月人形。鎧」
「日本の鎧って変わっているよな」
ラヴクラフトがリュックサックを背負いながら、応対する。リュックサックは椿の柄の風呂敷でできていて、その中には抱えている壺が入っていた。
フィッツジェラルドやヘミングウェイからすると西洋の鎧の印象が強く、日本の五月人形、鎧武者は変わったものにみえる。
「面白いものを持ってきたんだと柳田とドイルが持ってきたアレか」
「そうそう。曰くつきのもので動きやがったから殴り飛ばそうとしたらエージが説得した」
「起きたことは事実だが、図書館に慣れていない奴が聞くと何だ? となる話だぞ」
柳田國男とコナン・ドイルは民俗学とか不思議なものが好きな二人であり、最近、古い五月人形を持ってきた。
赤い鎧武者で動くらしい。彼等が観察していても動かないなとなっていたら、ある夜の日、尾崎放哉が見ていたら動いて悲鳴が上がり、
幽霊だと騒ぐものやら側で飾っていた模造刀が浮かび上がったりして攻撃をされそうだったから祓おうとしたら吉川が鎧武者の話を聞いて、
無念を晴らす手伝いをしてくれた。
古い五月人形で何代にもわたって飾られて病弱な子供が家にいて健康に生きられるようにと願いで置かれたようだが、子供がいなくなり心配していたという。
中島の裏人格がため息をついていた。
「話が通じてよかった」
「エージ。それで解決できるの。エージだからな」
直木が友人に対して話す。
「そもそも、幽霊が出たでまず受け入れているのが……アイツは受け入れなかったか?」
「図書館暮らし長いとよ。こういうこともあるよなってなるし、アイツは短いから。新鮮な反応じゃね?」
アイツとは放哉のことでヘミングウェイとフィッツジェラルドが好き勝手言い合っているが、
「帝国図書館の常識を常識にするな……」
中島の裏人格が頭を抱えていた。
志賀の店は『Gray Moon』という。意味は灰色の月で、志賀の著作からとられた。ヘミングウェイも何度か訪れているが、
「……日本家屋を改装したものだから天井が低いところは低い」
「背の高いアーネストにはきついところがあるよな」
困りごとと言えば、天井が低いところだ。ヘミングウェイは文豪たちの中でも背がとても高い方に入る。
ぶつからないようにするために玉のれんがぶら下がっていたりするがこれが顔に当たることがあるのでめくりながら行かなければならない。
今日、店は定休日だったが中島がカギを預かっていたので入れた。
「レモネード」
「それは飲んでもいいって言われている」
柏餅を出しに中島の裏人格が台所の方へと行く。ラヴクラフトが見つめていたのは大きな瓶に入った輪切りのレモンたちだ。
レモネードは消毒した瓶に輪切りにしたレモンとグラニュー糖や蜂蜜、塩を入れて放置しておくとできる。
吉川、直木、ヘミングウェイ、フィッツジェラルド、ラヴクラフトはカフェスペースに通された。カフェスペースは大きなソファーや
一人がけのソファー、テーブルの他に大きな本棚があり無造作に本がいれられている。
「瓶と言えば、蓋を開けてくれとはよく頼まれる」
「開けづらいの。開けづらいんだよな。たまに力じゃ開かねえけど」
ヘミングウェイは力があるのでこの瓶を開けてほしいと頼まれることがある。この前は金平糖の瓶を開けた。
直木が本を適当に一冊とっていた。推理小説のアンソロジーだった。
「ギャツビーなら能力で開けるんだが」
「アイツは自分の世界だと無敵だ」
フィッツジェラルドの著作『グレート・ギャツビー』の主でとも取れるギャツビーは、あの世界から出られないが、その代わりあの世界での権限が強い。
開かない瓶があっても開けることができる。
「スパイスの瓶も置いてあるな」
「志賀殿のカレーの凝りようは凄まじい。スパイスを自分で育てている」
「ミント?」
「あれは放置でも育つが、ミントもカレーになる」
「万能だ」
ヘミングウェイも軽く料理はする方だが……ヘミングウェイと認識としては軽い方である……志賀は他の料理も出来るがカレーに特に凝っていた。
カレーばかり作ったせいで他の料理も食べたいと反乱がおきるぐらいである。
ラヴクラフトがレモネードの瓶を開けて、中の液をコップに入れていた。これに炭酸水を入れればレモネードになる。
ミントはカレーにもなる。
「柏餅と緑茶をもってきたが。他にもいくつか菓子」
「おう。仕事の後はこれだな」
「鯉のぼりも無事に飾れてよかったです」
中島の二重人格にもヘミングウェイは慣れた。盆にのせられた皿が置かれていく。菓子にはわらび餅も入っていた。
「わらび餅だな」
「日本の生活にも慣れたよな。俺たち」
「はい。慣れました。わらびもち、かしわもち」
「慣れてくれたなら良かったよ」
ヘミングウェイとしては当初は距離を取っていたことはあるが今は以前よりは距離を取っていないし日本にも慣れていた。
というか帝国図書館に慣れた。
――これも蓋をしていたということだろうか。
蓋を自分のペースで開けて馴染んでいく。自分は、彼等はそうしてきたのだろう。
直木が言い、吉川も頷いている。
「五月になったら、また魚でも釣りに行くか」
「食べることはするぜ」
「……お前は」
釣りについてこられると場合によっては迷惑だとなりながらも柏をはがしながら餅を食べ始めるフィッツジェラルドに
ヘミングウェイは呆れながらも自身も手に取った柏餅の柏をはがした。
【Fin】