静+凛「凛太郎…もう帰ろう。ああ、そんなに汚してしまって…」
「しずにぃ……、」
呟いてこちらを見る凛太郎は笑っている筈なのに、私には何の感情も感じ取れなかった。
頭のてっぺんから足の先まで血に塗れて、それでも尚死体を嬲る手は止まらない。
「ねぇ、おかしいよね。おれ……これで勃起するんだぁ」
そう言って自分の股間を撫でる幼い弟の姿はとてもまともとは言えないのだろう。
だが私は知っている。
これが彼の正常なのだ。
凛太郎は数年前から殺人衝動を抱えている。
原因は近親相姦によって出来た子供によく見られる疾患。
凛太郎は身体的な影響こそ出なかったものの、精神は様々なものが欠落していた。
だから私が教えなければならない。
この歪な世界で生きていくために。
「凛太郎、今日は何人殺した?」
「えっとねぇ、20人くらい」
「そうか、偉いな」
言うことを素直に聞いてくれる凛太郎に微笑みかける。
頭を撫でると嬉しそうな顔をするのが可愛らしい。
凛太郎が殺しをするのは決まって夜だ。
日中は私が学校へ行っているため、その間は家で留守番をしている。
大体は留守の間も大人しくしているのだが、どうにも落ち着かないらしく気が付けば部屋中を真っ赤にして遊んでいる日もあった。
帰ってきたら褒めるようにしているが、凛太郎にとってそれが嬉しいのかはよく分からない。
多分、彼は自分が異常だという自覚はあると思う。
でなければあんな風に人を殺せる訳がないからだ。
しかしそれを恥じる事はない。
何故ならそれは凛太郎が凛太郎として正常であるという証なのだから。
「ねぇ、静兄。俺ね、ずっと気になってたんだけどさぁ」
不意に凛太郎が口を開く。
顔中に返り血をつけて笑う姿は本当に美しく恐ろしいものだった。
「どうして静兄は俺に優しいの?」
純粋無垢な瞳に見つめられて一瞬言葉を失う。
私は弟に家族として優しく接してきたつもりだった。
食事だって毎日一緒に取って、欲しがった物を買ってきたり。
風呂に入れる時も一緒に入っていたし、寂しい思いをさせないようなるべく一緒に居られるように心掛けたつもりだ。
だが、ここまでやっていたとしても凛太郎には分からないのだ。
「……お前を愛してるからだよ」
「そっかぁ。じゃあ俺も静兄のこと、愛してるってこと…?すきだって、ことなの?」
きょとんとした顔をする凛太郎。
「あはっ…やっぱりおかしい。この気持ちが、って思い当たるもの…俺の中にはなにもないんだもの」
おかしい、おかしいと言いながら笑い続ける。
違う、おかしくなんかない。
まだ知らないだけだ。
理解するのに経験が足りていないだけで、だからこれからもっと知ればいい。
「でも俺は愛されてるんだよね。それっていいことだよね」
「もちろんだ。私はいつだってお前の事を大切に思っている」
そう言い聞かせてやる度に何故か胸の奥がちくりと痛んだ。
「俺も、大切に思ってるよ。静之介兄さん」
久しぶりにちゃんと名前を呼ばれて驚いたものの、すぐに嬉しさが込み上げてくる。
もう一度頭を撫でてやれば凛太郎は目を細めた。
きっと大丈夫だ。
少しずつでいい、きっといつか分かるようになる筈だから。
だからそれまで私がお前の居場所を守ろう。
どんな事があっても、例えそれが正しい事でなくても。
「ねぇ、静兄。また明日も殺してきていいかなぁ」
「……ああ、そういった仕事がないか聞いておこう」
そう答えると、凛太郎はまた嬉しそうに笑った。
===
「……兄貴?」
呼ばれて我に帰る。
目の前にいる凛太郎を見て自分がぼんやりしていた事に気がついた。
「すまん、少し考えごとをしていた」
「ふぅん?珍しいね」
「……お前の事だよ」
「へぇ…私のことかぁ」
凛太郎は嬉しそうに笑う。
「でも、こんな場所でぼーっとしてたら死んじゃうよ?」
盾になる私がね、と私の方を見て話しながらも凛太郎は薙刀を敵に振り下ろした。
その綺麗な顔が赤く染まる。
また1つ命が消えた。
「……そうだな」
そう答えながら私は凛太郎の方を見た。
凛太郎は変わらず笑っていた。
どんな残虐な行為でも、悲痛な叫びを上げて死んでいく様を見ても凛太郎は楽しそうにしている。
結局彼はそういう風にしか生きられなかったのだ。
この家で生きる為に、鞍馬に生き方すら捧げてしまったこの男は。
「そろそろ戻ろう」
「ああ、じゃあ全部片づけてしまうね」
遊ぶのを止めた凛太郎は無駄のない動きで素早く的確に命を狩っていく。
ものの数分でそれは終わってしまった。
「兄貴、終わったよ」
「ああ……帰るぞ」
「うん」
返事をするなり、私達は来た道を戻る。
血溜まりを歩く私達の足元は赤黒く汚れていた。
「ねぇ兄貴」
「なんだ」
「私の事って、昔でも思い出してたの?」
「…………」
「図星かなぁ」
静かに笑いながら言う凛太郎の言葉に苦笑して歩を進める。
すると突然、横から伸びてきた手が私の腕を掴んだ。
「ねぇ」
「どうした」
「まだ、私の事怖いと思ってる?」
「……何を言っている」
「だって、皆私を血に狂った化け物だって言うよ」
掴まれたままの腕を引かれて思わずよろめく。
そのまま抱き締められた。
血生臭い匂いの中に、微かに香る甘い香りは凛太郎のもの。
「本当は嫌じゃないの」
「何がだ」
「こんな私と血を分けたことが」
「……馬鹿を言うな」
「私はね、兄貴と一緒にいられればそれだけでいいんだよ」
「…何故突然そんな事、」
「さぁ、どうしてだろう」
凛太郎は相変わらず笑みを浮かべたままで、だけどその目には感情が見えなかった。
私を見つめる目は確かに私を捉えているのに、そこには何もない。
ただ虚無が広がっているだけだ。
「ねぇ、兄貴。もし私が必要じゃなくなったら、兄貴の手で私を殺してね」
「……」
「約束だよ」
そう言って小指を差し出す弟の姿は酷く哀れに見えた。
そんな日が来る事はないと言ったところで凛太郎は聞かないだろう。
だから私は静かに弟の小指に自分のそれを絡めた。
少しでも長く共に歩める事を願いながら、固く、強く。