「小夜! こんなとこに突っ立って何してんだ?」
「あ、太鼓鐘さん」
本丸に構える畑の隅で、見慣れた内番着の後ろ姿に思わず声をかけた太鼓鐘貞宗であった。
熟れたトマトでいっぱいの籠を抱えていた小夜左文字は、はつらつとした声に常のような落ち着きで応える。
「おー! もう収穫できたんだな。みっちゃん達の腕が鳴るな」
「はい、そうですね」
僕も楽しみです、と僅かに表情を綻ばせながら呟いた小夜の様子に、太鼓鐘はうんうんと大きく頷いた。
「で、何してたんだよ」
「あぁ、あれです。ほら――」
控えめな動きで前方を指差した小夜に釣られ、太鼓鐘も自然と顔が前を向いた。
その先、視界に映ったのはまたも見慣れた後ろ姿であった。しかし、今度は二人いる。
「伽羅と、のの字?」
こくりと小夜が小さく頷いた。
それほど遠くはない距離に黒いジャージの大俱利伽羅と襷を解いた袴姿の歌仙兼定がいるのだ。畑の隅っこには最近小さな花壇が設けられたのだが、どうやらそこで何かしらの作業をしているらしい。
二人が揃う光景は、近頃になってはそう珍しいことではない。
「しゃがみ込んで何やって……、あっもしかして」
「そうじゃないです」
思わず口角の上がった太鼓鐘に遠慮なく小夜が否定がした。誤魔化すように太鼓鐘は頭の後ろで手を組み体を揺らす。
「主が知り合いから花の苗を分けてもらったとかで。その世話係を歌仙が引き受けたんです」
せっかくだが自分できっちり育てるには時間がないのだと溢した審神者の言葉に、歌仙が手をあげたらしい。
美しいもの――雅なものには一際興味を惹かれる彼らしい行動だと太鼓鐘は納得した。
「なるほどな。ってことは背中の向こうに苗があるとして……おまけの伽羅?」
「まぁ、察しはつくと思いますが――」
小夜曰く、苗を受け取った歌仙は早速、花の世話に注力するべく書庫で調べものをしたり植え変えに最適な場所を探したりと、あちらへこちらへ忙しなく動き回っていたらしい。戦場以外では、時に寝食を忘れるほど目の前のある一点に集中しがちな彼であるため、そうなってしまうのは予想のつく範囲である。
とすれば、もうひとつ。予想に易い登場人物がいる。
「花に夢中ののの字、に夢中の伽羅。かーっ、いつになっても熱いよなぁ!」
「それは、僕も同意します」
思わず眉を八の字にして感想を述べた太鼓鐘に、小夜はひとつ、深い相槌を打った。
二人の会話からほんのりと匂っていたものは気のせいではない。ここの大俱利伽羅と歌仙兼定は、間違いなく〝好い仲〟なのだ。
花の世話に一点集中しだした歌仙に、大俱利伽羅はたいそう面白くなかったことだろう。相手をしてくれなくなったことへ、いわゆるヤキモチを抱え、あちこちへ奔走する歌仙の行く先を目で追い、やがて背中を追いかけ、ついに隣を陣取った――というのはあくまで小夜と太鼓鐘の予想である。
眺めていれば、ふいに向いた歌仙の横顔にはやわらかな笑みが浮かび、傍らの大俱利伽羅へと熱心に何かを語りかけていた。それを黙ってじっと見つめ、時折こくんと小さく頷く大俱利伽羅の横顔も、どことなく嬉しさが滲むようだ。
拳ひとつ分の空間もないほど近い距離にいる二人だが、やにわに大俱利伽羅が身体を寄せ歌仙に顔を近付けた。太鼓鐘はおおっ、と心の内で湧いたが、どうやら何かを耳打ちしているらしい。
勝手に、軽く盛り下がった太鼓鐘であったが、次の瞬間には歌仙が大俱利伽羅を思いきり付き飛ばしたようで、ドタッと重い音が聞こえてきた。尻もちをついた大俱利伽羅は、自らの行いに気付き焦った歌仙にわたわたと助け起こされていた。横顔の赤い歌仙を見るに、原因は大俱利伽羅だろう。
「ははっ、何やってんだか」
「……そろそろ行きましょうか」
「だなぁ」
間延びした声で返した太鼓鐘が足音を立てずにその場を離れるのに倣って、小夜もそっと場を後にした。
背中を向いてしまえば、あとはもう大俱利伽羅と歌仙、文字通り二人きりの世界だ。
熱い二人の火照りを冷ますような風が、太鼓鐘と小夜の向こう側を目掛け軽やかに吹き抜けていった。