ふたりが婚約するまでのはなし「——僕、司くんと結婚したいなあ」
類がひとりごとのように呟いたそれは、残念ながらはっきりと司の耳に届いていた。司の手に持っていた卵の中身が、くしゃりと潰れてフライパンに歪に広がっていく。司は目玉焼きを作ろうとしていた。しかし黄身が潰れてしまったことで、その計画は既に破綻してしまっている。司は至って冷静に、卵をもうひとつだけ割って、菜箸で黄身をかき混ぜて軌道修正を計った。そうして出来上がったのは目玉焼きではなく卵焼きだ。我ながら即興で作ったにしてはなかなかよい出来栄えに、司は満足げに目を細めた。
そのあと何事もなかったように類の前に食事を運んでやると、類は嬉しそうに微笑みながら、「いただきます」と手を合わせる。その一連の類の動きを見て、司は安堵したように息をついた。
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