野獣、戯れるのみ「少しは手加減しろよなぁ。」
「手加減ってなんですかぁ?」
「おいおい、敵みてぇなこと言うなよぉ。」
やっぱし悟飯って『そっち系』なんか?と悟空の疑いは日々募る。
かの破壊神様と天使様が黙って首を横に振ってしまうような奴に、育てた覚えなどない。元大魔王で今は神様…いやいや神様じゃなくて今はただの戦士、を名乗る好敵手には、おいなんかしただろ、と問うたのだが、きっかけを作っただけだと言われた。
いや、違うのだ。自分が聞きたいのは、そういう、『すんげぇつえぇやつ』になった理由の方ではない。その状態になるとどうも、性格が変わっているような気がするのは、気の所為ではないはずだ。
好戦的で、積極的で、能動的。ついでに爆発力があって衝動的。ビーストの悟飯はそういう男だ。日頃仕事と家族一筋、いや二筋?で、修行はほどほどどころか滅多にしないのに、そのパンチ一つでベジータが目の色変えて「やらせろ」とせがんでくる始末だ。ブロリーは全身身震いして、まだ警戒している段階に見えたが。
要するに悟飯には強さの理由とか理屈が全く通らないのだ。それをウイス様は「理不尽って言うんですよぉ」と要約してくれたが。
最初はそりゃすげぇ、流石悟飯、と思ったのが本音だ。でもその強さを、「理不尽」と言われたのには納得するしか無かった。
ジレンやヒットのように、悟空達とは根本的に能力の系統や伸ばし方、本能の面で、強さの質が違う強者はそこそこいる。悟飯は、どうもそちらの気がするのだ。修行で基礎的な能力を伸ばしたのは己やピッコロだが、これは、サイヤ人、の進化系統とは、なんだか違う気がするのだ。かといって、身勝手の極意のように、天使や神の力という風でもない。禍々しくて、でも悪意は感じられない。それでいて、計り知れないほど膨大な気の塊を相手にしている気分だ。さっきは「敵」なんて言葉を使ってしまったが、それもなんだか違う。
つまりは、悟空にとって、ビーストの悟飯は『はじめて』のタイプだった。うまく説明はできないのだが。
「わ、と」
「あは!これも見切れるんですか!すごいやお父さん!僕加減してないですよっ!」
「掠ってるって、悟飯、ちょっ、まてまて、おわ!」
今の、本気の速度だったのか、と思った。身勝手の恩恵で躱しはしたものの、道着は刃物で切られたように裂けてしまっている。
…だが体が勝手に動く分、分析する時間は取れた。今の悟飯のは『当てる気は無かった』と察して、『でも速度は落ちるどころか増している』という観察結果を弾き出す。日頃修行なんかしないとは思えない体力だ。どれほど増強しているのか、底が全然見えない。
悟飯には敵意なんかない。何故かと言うと、勿論これは組手だから…ではない。
「ねぇお父さん!楽しいです!でもね!そろそろ!逃げないで!降参っ!して!ください!」
「わっ、わっ、う…!」
「じゃないと僕マジになっちゃう!!!」
「もうマジ!だろっ!」
悟飯は、遊んでいる。遊んでいて、身勝手でやっと追いつける速度なのだ。
それが今の悟空が、悟飯を末恐ろしいと感じる部分だった。
「もぉっ!いじわるなんだから!!!」
(あっ、やべぇ)
そしてその速度がまた一段階増した。本気、なんていうのは嘘だ。いやもしかしたら悟飯でさえ、自分の本気がどこなのか想像つかないのかもしれないが。
ヂッ、と掠った拳が、空気との摩擦で火花さえ散らしているような気がした。よろけた所に追撃が来るかと思ったが、拳ではなくて掌が、悟空を支える。
「…っ…とぉ…」
「………お父さん…?」
覗き込まれると、うまく影になっていた。見慣れない赤い目だけがじっと悟空を見つめる。何故か、答えを間違えてはいけない気がした。
「………ええと、悟飯、そろそろ休憩しねぇか?もう何分も打ち込んでるし、さ。」
両手をあげて、悟空は降参のポーズを取った。すると、悟飯は。
「鬼ごっこ!」
「へ?」
「僕の勝ちですねっ!ヒャッホウ!!!」
「………うん、そうだな。」
そうか。本気で遊んでいたんだ、と悟空は思った。ビーストの悟飯にとってこれは、何の変哲もない、父親との遊びに過ぎなかったのだと、その時理解したのだ。