Halloween Night10月31日23時ちょっと過ぎ。コンコン、と瀬戸内の部屋の窓が鳴った。
平日の深夜。人を訪ねる様な時間ではない。というか、窓は玄関ではないし、瀬戸内の部屋は2階にあって間違っても来訪者を想定するような事象ではない。
けれど。大変不本意なことに、瀬戸内にはノックの音の正体に嫌というほど心当たりがあった。
「…………」
それでも、素直に開けてやるのはやはり不本意というもので、殺気すら込めて自分の姿を映すガラス窓を睨みつける。すると再び、コンコンと軽いノックの音が響いた。
(一体なんだって……)
諦めるつもりも、自ら入ってくるつもりもない様子に頭痛すら覚えるが、無視して眠ろうとしたところでそれが叶う筈もない。仕方なく、簡素な錠を外して窓を開け放った。
「こんばんは」
案の定、窓の外には見知った人外。長身の影がふわりと窓の桟を超える。
「仁淀……?」
言いたい文句は山ほどあったはずなのに、目の前に降り立った男の姿に全てが霧散した。
相手は予想通りだったが、問題はその装いである。
いつもはラフに流されている髪は、丁寧に整え撫でつけられ、形の良い額が覗く。
襟の高いシャツに複雑な形に結ばれたクラバット。丈の長い上着は柔らかな闇の様な漆黒で、襟やカフスに配されているのはラピスラズリの蒼。それを縁取る豪奢な紋様は銀糸の縫い取り。マント留めやカフスは上品な銀で統一されている。
いつものやや草臥れた様相とは違い過ぎて、瀬戸内は開いた口が塞がらない。
「きっ…いっ……なんっ」
「貴様、いったい、何のつもりだ?かな?」
まともな言葉を発する事さえ出来なくなった瀬戸内の奇声を適当に翻訳しつつ、張本人は呑気なものだ。
とりあえず、やたら豪奢に装った吸血鬼から視線を外して深呼吸。
「おちついた?」
「ああ、なんとか。……あまり近寄るな」
「なんで?」
「~~~っ」
(まともに見れないくらいカッコいいからだとか言えるか!?というか解れ???)
「もういい!一体何の用だ?まだ満月は大分先だろうっ」
確か先週が新月だったと、すっかり月齢を気にするようになってしまったことに瀬戸内の心中はかなり複雑である。
「うん。今日は違うよ」
仁淀はあっさりと頷き、そして。
「Trick or Treat?」
やたらといい声で、無駄に流暢な横文字でもってのたまった。
「それは貴様が乗っていいイベントじゃないだろう…!?」
反射で大声が出た自分は悪くない、と瀬戸内は思った。
「そんなことの為に態々……。菓子なんかないぞ。というか貴様、人間の食い物になんか興味ないんじゃないのか」
痛むこめかみを揉みながら、もう一方の手でさっさと帰れと手を振る。
(―…ということは?)
目的はそっちかと、やや身構えた瀬戸内の視線その先で。
「え?なんかこーゆうの好きそうかなって。サービス」
軽く首を傾げた人外は、予想外の返答を投げて寄越した。
「は?」
「こっちだと仮装する日なんでしょ?これは正装だけど。ま、今時こんな格好、仮装と変わんないし」
喜ぶと思ったのにな~とぼやく声に瀬戸内は呆然とした。
「おれが、よろこぶと、おもって……?」
「そ。―…あらためて、瀬戸内くん。どう?」
悪戯っぽく問いかけながら、その場で仁淀が踊るように優雅に一回転、回ってみせた。ふわりと夜色のマントと長衣の裾が風を孕んで翻り……瀬戸内は、一瞬ダンスホールの幻覚を見たような気さえした。
「…………似合っている。………ぃぃ、よ」
「ん?聞こえない」
「っの、馬鹿仁淀!似合ってるしカッコいいよ!これで満足かっ!!」
かなりやけっぱちに声を張り上げると、ふ、と仁淀の切れ長の目元が緩んだ。
(その顔は、ずるいと…!)
言い放った言葉と、滅多に見れない彼の表情に赤面と涙目が収まらない。
「まったく。シない時でも防音結界必須だよねぇ」
苦笑気味に言いながら、涙の滲む目元を仁淀の長い指がゆるりと辿る。
「……お気に召したなら、ご褒美いい?」
「イタズラじゃないのか?」
抱き寄せる腕に身を任せながら、瀬戸内も問い返す。
「瀬戸内くんが許してくれるなら、どっちでも」
「じゃあ、今夜は。その”仮装”に免じて”イタズラ”で」