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    Hiyokonobf

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    現パロ。週末のもんけま!

    ガーリック!!【今日めし食って帰ろう】
     昼休み。メッセージアプリが小さく通知のバイブを鳴らし、見ると恋人から、簡潔な一文が入っていた。
     留三郎は目を細め、その一文を続けて五回、心のうちで読み、すぐさま返信を打つ。
     【りょうか】
     そこまで打って、予測変換で出てくる了解の絵文字をひとつ、送信する。間髪いれず既読がつくと、思わずふっと笑みがこぼれ、別に誰に見られているわけでもない――同僚はほとんどが外に昼食を摂りに出払っていて、オフィスに残っているのは留三郎とあとは数人だけだ――のに、んん、と誤魔化すように咳払いをする。
     今日めし食って帰ろう。
     弁当にしてよかった、と留三郎は思いながら、卵焼きを咀嚼する。うん、今日もいい味付けだ。

     恋人の文次郎とは、彼のアパートの最寄り駅で待ち合わせた。文次郎のアパートと職場、留三郎のアパートと職場、それから目的地、あとの予定を鑑みて、それがベストだったからだ。改札を出ると、文次郎はすでにいて、駅の壁を背に、腕組みをして立っていた。
     俯いているので表情は見えない。まさか寝ているのだろうかと訝しみながら歩みよる途中で、ぱっと顔があがる。
     留三郎は少しびっくりして、文次郎の一メートル手前ほどで立ち止まった。起きていたのか。いや、立ったまま寝るやつなどいないか。いくら疲れていたとしても。
    「おつかれさん」
     初対面なら怒っているのかと、思わず怯んでしまうようなくまがちの目で、文次郎は留三郎を睨みつける。それはまさしく睨みつけるで、恋人と待ち合わせた男にはとても見えなかった。
     でも留三郎は気にしない。これがこいつの通常営業だからだ。
     むしろ今日は少しましなほうだ。週末だからだろうか。いつもより柔らかな表情に、留三郎には見えた。
    「おつかれ。行こうぜ」
     軽く応じて、そろって歩き出そうとし、文次郎が人にぶつかった。
    「あ、すみません」
     すぐさま、顎を突き出すような、いささかぶっきらぼうにだが、文次郎は謝った。にもかかわらず、女の人はびくっと肩をすくめ、「えっ、いやっ、あの、す、すみません!!」と怯えたように叫ぶと、そそくさと立ち去っていった。半ば逃げるように。
     文次郎は心外そうに眉をひそめる。留三郎は思わず笑い出しそうになるのを、頬を引き締めて耐えた。
     そうして、文次郎を肘で軽く小突いて、からかうように言う。
    「お前、顔がこわいんだよ」
    「……悪かったな。生まれつきだ」
     ほんとうに心底心外だ、というように、文次郎はさらに眉間を狭める。ほらな、と留三郎は思う。ほかのやつには、怒っているように見えるのだ。かわいそうなやつ。
     どん、とふざけて背中をぶつけると、「やめろ、ばかたれ」と、でも全然怒ってなどいない声で窘められた。
     夕飯はラーメンに決まった。繁華街に行きしなに目に入り、即決した。留三郎は内心でほっとする。居酒屋だと、つい食べすぎてしまうからだ。
     ここなら、注文したら終わりだし、ビールも飲まなくても不自然じゃない。
     留三郎は今日、あまり食べるつもりはなかった。誘われたときから。
     脂ぎったカウンターに腰を下ろすと、水とおしぼりがぽんっとカウンター向こうから出される。おしぼりを使いながら、「なんにする?」と留三郎は隣りの文次郎に訊ねた。
    「俺はふつう、濃いめ、脂多めに全部のせ」
     文次郎は食欲全開だ。
    「よく食うなあ。俺はふつう、薄め、野菜にするわ」
    「はあ? チャーシューは?」
    「いい。すいませーん」
     文次郎の分も、留三郎はさっさと注文してしまう。なにか言いたげな、訝しげな文次郎はむしして。
     注文を終えても、文次郎は不思議そう――というより、不服そうだ。カウンターに組んだ腕を置き、ずいと留三郎の顔をのぞきこむ。
    「留三郎。なんでお前、チャーシューも食わねえんだよ」
    「気分じゃない」
     留三郎はきっぱりと言い、水を飲んだ。ごくごくと、ひと息に。理由なんて、絶対言ってやるもんか。
     水は氷がたっぷり入って、疲れた身体に冷たくておいしかった。
    「ビールは?」
    「いいかな。文次郎。お前、飲めば」
     飲まねえよ、お前が飲まねえのに、と文次郎はぶつぶつ言いながら、言葉通り注文しなかった。飲めばいいのに。そういうところは律儀だ。全然、理解も納得もしていないくせに。
     ラーメンはすぐに給仕された。美味しそうに渦高く積まれた野菜。湯気。濃く、鼻にぬけるワイルドなスープのにおい。
    「いただきます」
     そろって手を合わせ、箸をつける。
     肉厚のチャーシューに、文次郎がかぶりつくのを、留三郎はちらりと横めで見つめる。美味そうに食いやがって、と。こっちの気も、知らないで。
    「……食いたいのか?」
    「ん?」
    「そんなにじろじろ見られたら、気になるだろうが。ほんとうは食いたいんだろ。ほら」
     ずい、とチャーシューをつかんだ箸を突き出され、留三郎はたじろぐ。こいつ、ほんとうに、ほんとうになにもわからないのか。
     というか、普段恋人らしいことをする――公衆の面前では特に――ことに、異常なまでに照れるくせに、こういうことはさらりとやってのけるのだから。
     じろりと留三郎は、隣りの恋人を睨みつける。
    「……なんだよ、そんなに食いたくないのか」
     そうじゃない。そうじゃない。そうじゃない! 留三郎はやけくそに、文次郎の差し出した箸――もといチャーシューにかぶりつく。すべてかっさらい、もぐもぐと咀嚼して、さらに自分のラーメンを啜った。
     文次郎はちょっと戸惑ったように唖然としていたけれど、自分もラーメンに向き直る。それから全部食べ終わるまで、会話はなかった。脂っぽく、熱気をはらんだ店内。いらっしゃいと、注文と、ありがとうございましたが飛び交うなか、黙々とラーメンを食べた。
     勘定は文次郎が払ってくれた。
    「あー食った」
     控えめにしたとはいえ、山盛りの野菜はけっこう腹にくる。留三郎はぐんと伸びをし、新鮮な夜の空気を吸いこんだ。
    「コンビニ寄ってこうぜ」
     文次郎が言う。泊まるなんてひと言も言ってないのに。当たり前みたいに。
     コンビニで、留三郎はお茶と髭剃りを買った。はぶらしは、この間おろしたてだから大丈夫。下着も。それから申し訳程度のつまみとビール。
     そこも文次郎が会計をもってくれるというので、お言葉に甘えることにする。カゴを渡す瞬間、文次郎がさっとそのなかになにかを放り込んだのを、留三郎は見逃さなかった。
     黒い箱。001の文字。
     やる気満々じゃないか。留三郎は呆れを通り越して、おかしくなってしまう。そのために会計を引き受けたな。まったく、変なやつだ。
     会計をする文次郎の背中を、留三郎は見つめる。でもそんな変なやつが、こんなにも好きで、大好きなラーメンまで控えてしまうのだから、自分も相当に辺なやつだと思った。
     
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