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    友達のキャラの二次創作話の続き※893もの

    藤一郎の長い日~3~『藤一郎の長い日―3―』

    「おお! さすが、若いだけある。歩くのは問題なさそうだね」
     天久医師が、自分の白い髭を撫でながら目を細めて感嘆の声を漏らす。私が治療院のリハビリ室で数歩、歩いて見せただけなのだが。まさか、この歳になって、更には歩いただけで褒められるという経験はなかなか出来ない。少々恥ずかしい。社会人になってからというもの、出来て当然、さらなる功績を期待している、失望させるなという言葉ばかり聞いていたからか、余計にむず痒さを覚える。しかし、悪い気はしないところを考えると、人間にはやはりこういった要素が不可欠なのではないだろうか、という事だ。叱責、一方的な期待が余計な重みになり本来の持ちうる能力を殺すことになるのであれば、むしろ前者を投げかけることによって更なる飛躍が―――……。いや、考えるだけで無意味な事だ。実際、直属の部下も居た事が無ければ、ただの後輩にさえそのような会話をする事をしなかった自分に何を言うでもないのだ。ああ、これは自分の事なのだろうか。
    「歩けるようになったからね、この中なら自由にしてもらって構わないよ」
    「そうですか」
     リハビリ室を天久医師と一周歩いたところで彼からそのように告げられる。幾つも皺の刻まれた柔和な笑顔は見ていてほっとする。自身の体の事を思うとその笑顔を見ると将来的にもより一層の安心感が沸いてくる。頬が自然と笑おうとしたが、それは途中で止まってしまった。止まってしまったというよりは、自分でやめたのだ、痛みで。そこを労わるようにゆるりと撫でると、少し前まで特に何もなかった場所からじわじわと悪い物が湧き出てくるようにあの日の事が思い出され、気分が悪くなる。いつか、思い出す事も少なくなり、痛みも無くなり、平穏に過ごす日々が訪れるだろうか。
    「あ、そうだ、藤一郎君ね。自由に歩いていいけど、ただ」
    「……?」
     二人歩みを止めて、書類―――カルテだろう紙面にペンを走らせていた天久医師は私を振り返った。
    「勝手に外に出たら駄目だからね」
     何でもないように言い放つ医師は、柔和な顔を貼り付けたまま私を脅した。そう表現する他ない様であった。そのまま、彼は私に院内の説明をした。
     場所は分からない。窓から見ると山に囲まれた深い場所だ、ということ以外は分からない。庭があるが、そこに患者衣で出ている者は居なかった。出入り口であろう玄関には、スーツ姿の男が常駐している。ここまで来て私は、勝手に外に出るということを断念した。出て行こうという気がある訳ではないが、勝手に出るなと言われた上にこの様子を見れば、少し考えればある程度の想像はつくだろう。携帯電話や持ち物は没収されたまま返却されていない。その辺りを除けば割と普通の、古い病院といった印象だ。食堂、手術室、談話室、病室……。自分と同じ患者衣を纏った人も会うには会ったが、基本的に誰か側に付いており、とても談話室を使用することにはならなそうだ。ちなみに、自分にも常に誰かついているのだと、他を見て気付いた。天久医師は、誰かと喋るな等とは言わなかったが、必要以上に何かしようと思う人間は果たして存在するだろうか。
     ここで目を覚ましてからしばらくは、眠っては起きを繰り返すだけであったが、最近は朝に目を覚まし、夜になったら眠るという循環に戻りつつある。こうして点滴が取れ、歩けるまでに回復するまでの間にもあったことで、この後もしばらく続くのだが、あの日の三人の少年少女が時折現れた。

     栗色の髪の毛を纏めていた、悪戯っぽく笑う大人びた少女は蘭々と言った。天久医師の孫娘で、将来は医師を目指していると本人は言っていた。しかし、蘭々は自分と話したことはもちろん、ここに来ていることを大人には言わないでほしいと会う度に話す。つまりは禁止されているのだ。言葉選びや雰囲気で大人びて感じるが、こういったところを見ると年相応だなと思う。柔和な顔の医師と、大人の言葉を選んで話す二人が重なる。
     次に、金髪の少年は聖と言う。彼は週に何度か私に付いている、もとい、監視しているようだった。その姿は、時に制服であったり、スーツであったり、着物であったりと様々だった。変わらないのは、背中に背負った竹刀でも入っているだろうケースである。それだけは常に身に着けていた。彼は蘭々と違い無口で、付かず離れず私を見ている。あの虎丸と一緒に居たところを見るに、彼の息子やそれに近しい間柄かと想像している。話しかけると答えることはするが、こちらがあまり口数が多い訳ではないこともあって、一言二言交わして終わりだ。
     そして、ここで目を覚ました日には後ろ姿しか見えなかった子がいる。綾虎と言って、虎丸の妻、綾子と同じ紫苑色の髪の毛と、オッドアイが特徴的な子供だった。無邪気で人懐っこく、とてもお喋りでかわいらしい。一人で来ることはなく、聖がここへ来る際にたまに付いてくるようだ。自分で言うのもおかしな話だが、怪我人と接しているということを微塵も考えていない。ベッドに飛び乗る、私の膝の上に飛び乗る、肩に飛び乗る、とにかく飛び乗ってくる。元気なことは本来良いことだが、これは。と思い、聖や天久医師に視線を投げても援護をもらえたことはなかった。

     彼らが代わる代わるやってきては、勝手に騒いで勝手に去っていく。虎丸と綾子とはあの日以来会っていない。体が調子を取り戻してくると、また別の焦りがやってくる。会社のことだ。あれから自分は会社とやり取りを一切していない。連絡手段がないのだ。仕方がないとは言えど、気持ちはこの先を悪い方へと追い詰める。そういえば、忘れた訳ではないがあの日の出来事でうなされて夜中に飛び起きたり、食事中に吐き気を催すことが少なくなった。
     食事と言えば、面白そうに蘭々が食事を手伝ってくれたり、綾虎が割って入って食器をひっくり返したり、それを見て呆れながら二人をつまみ出す聖、といったこともあった。洗髪だけしてもらえると言われた日には、前もってつまみ出された二人が頬を膨らませて聖に文句を言っていた。思い出すと、とても正常とは言えない中の日常によって、心の何かが解されていくようで笑顔が零れる。頬の痛みは少ない。

    「藤一郎君」
     扉がノックされた後、天久医師ではない男の声がした。虎丸だ。はいと返事をした自分の声が震えている気がして、自分は緊張しているのだと分かる。
     やがて入ってきた男、虎丸は、そのままベッド脇に置かれたパイプ椅子に腰掛けた。何故だか気まずい空気感に視線が会話を探してしまう。
    「体は」
    「あ、ああ、いいそうです」
    「そ、良かったね」
     顔を上げると彼の頬に大きな絆創膏が貼られていて嫌でもそこを見てしまう。
    「ん?お揃いだな~」
     視線に気付いた虎丸は、自分の頬を撫でながらにっと笑った。もう治りかけだけどな、と追加で言った後、私のベッドに両腕を落ち着けた。そう、こんな話をする訳ではないのだろう。
    「藤一郎君は、どう思った」
     突然言われた言葉の意味を問おうとしたが、一旦飲み込んだ。試しているのではないかと思ったからだ。どう思ったか。
    「先に……何か失礼な物言いがあったらすみません」
    「え、はは、何だソレ!面白いな~で?」
     口で面白いと言っている意味と声音が一致しない様は、いつか見た天久医師を思い返させる。あの日とは状況が違うが、背中にじわり嫌な汗が噴き出る。間違ったとしたら、死ぬのだろうか。
    「……まず、ここは普通の病院ではありませんね。あの医者も……正規の医者、ではないのでしょう。あなた方のことを考えれば察しがつきます。私は……。私はあなた方が、裏の社会ですか?そういった類の方なのだと想像しています」
    「お~!せいか~い!」
     パチパチと拍手をされ面食らう。虎丸はズボンのポケットから無造作に携帯電話を取り出してそのまま私の方へ差し出す。私のだ。携帯と虎丸を交互に見ているといらねえのかと言われ、布団の上に置かれた。
     今すぐ中身を確認したい気持ちはあったが、それはそれで恐怖だった。これまで何をしていたか、そもそもどうしてこんなことになったのか、こんな顔に傷跡を残して会社に戻れると?携帯を開かなくともそれは望み薄だった。あの日、私は死んだのだ。
    「藤一郎君が言ったように、俺たちはそういう人たちだ。これは割とみんな察しがつくみたいだね。それで、ちょっと気になったから勧誘しに来た」
    「……は?あ、いや、その」
    「何だよ、俺たち別に歳近いんだしそのくらいで殺したりしないよ」
     慌てて自分の口を押えた様を見て、わははと虎丸は笑っていた。そして自分が経験したときのように頬を押さえて小さく「痛ぇ」と零した。
    「藤一郎君……長いな!イチ、うん、そうしよう。イチはぎんこーマンだったんでしょ」
    「そう、ですね。そうでした」
     過去形だ。今の私は何でもなかった。彼がそう思って、だったと言ったかは知らないが、敢えて口にすると染みる。革靴を新調するのは、少し楽しみだった。
    「だから勧誘したい。それ返すから。俺はまた明日来るけど、返事はどっちでもいいよ。自分で選びな」
    「……選ぶ」
    「そう。自分で選んで。あ、荷物とかもそのまま……ではなくて汚れたりしてるけど、そこにあるから。だからイチは、この後帰ってもいい」
     話しながら立ち上がって、虎丸は胸ポケットから煙草を取り出すと火をつけた。煙を振り払うのではなく、私に向かって振られた手が別れを告げていた。
    「待ってください!」
    「ん?」
     別れを告げた手の形のまま顔を戻した虎丸がきょとんとしていた。自分でも何故引き止めたのかは分からなかったが、まだ言ってなかったことがあると思った。
    「その、虎丸、さんはきっと一番偉い方で、まあ綾子さんが奥様で……」
     そこまで話したところで飛びつかんばかりの勢いで虎丸は戻って来た。瞳がぎらついていて、その中に傷の付いた顔の私が映っている。楽しくて尻尾を振っている大きな動物に見える。撫で方を間違えれば食い殺されそうなのに。
    「蘭々ちゃんは、いずれ天久医師のような道に……。聖くんは、あなたの息子だと人伝で聞きましたし、歳もそれなりですが、きっと違います。綾虎くんが、後継者なんですね」
    「……まあ、似てるしね」
     何を話すのかと期待していたのか、虎丸はつまらなそうに「だから何だ」とでも言うように煙草の煙を長く吐き出す。自分でも何を話したかったのか、呼び止めた理由も分からないままで頭を抱えてしまう。
    「おい、もしかして体調悪いか」
     慌てた様子で煙草の火を靴底で消すと、窓を開けて両手で扇いでいる。それを見ていると不思議と言いたかったことが簡単に浮かんできた。
    「いいえ、体調は悪くありませんよ……。子供達は、不思議でした。こんな非日常的な状況でも、日常となってしまうような……。とてもかわいらしいですね。聖くんが聞いたら、というか、彼にはとても面と向かって言えませんが。子供達に救われていたのかもしれません、お礼を伝えてください」
    「……へ、あ」
     随分と痛みの引いた頬で笑うと、胸がすっきりしたような感覚があった。伝えたいことを伝えたからだろう。いつの間にか、こんな感覚も忘れていたようだ。文字通り、心が洗われた。
     虎丸は少しした後大笑いして私の肩を遠慮なく叩いた。そして、また明日なと残して去っていった。

    ―――……

    「親父」
     聖は健やかに眠る綾虎の頬を突きながら顔を上げた。ここへ来るまで自分も行くと聞かず暴れ疲れた彼は車に乗るとすぐに眠ってしまった。聖は、背中に背負った竹刀ケースを降ろすと、大切な彼と入れ替えた。俺は聖のケースを代わりに背負った。
    「絶対今日居なくなるぜ」
    「聖はそう思う?」
    「当たり前だ。普通は目、覚ました後に絶対出ようとするだろ。ましてや、俺たちが―――」
     聖は真面目だ。あんなヤツ普通な訳あるか。俺だったら怖くて怖くて泣いちゃうぜ。携帯返して~とか、会社に連絡しないと~とか言う、絶対。それを何も言わないで過ごす?普通じゃないなあ。
    「あ~あいつ欲しくなっちゃったな~」
    「無理だって」
    「無理じゃないな、絶対アイツは来るよ」
    「?」
     聖にまた考えてもらおうとにやにや見てみたが、真面目に考えた末やはり来ないと言われた。聖は真面目だけど、一番肝心なところを見逃したり、根本的なところを忘れてしまっていたりするところがある。もう少し遊びを覚えたらいいのに、とは思うが、それは聖が選ぶことなので俺はどっちでもいい。そう、肝心なところを忘れてるんだ。
    「アイツ、俺に助けられたから来るよ」

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    4に続く!

    ※登場する人物、団体は架空のものであり、フィクションです。
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