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    forunoa

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    ※オリジナル、893※

    藤一郎の長い日-2-『藤一郎の長い日―2―』

     くるくるとした、可愛らしく無邪気な子供のような声が聞こえる。自分の周りをバタバタと、賑やかに走り回っている感じがする。一方で、少女の声と、どこか聞き覚えのある少年の声も耳に届く。走り回る子供を宥めるような声音だ。夢を見ているのか、自分はいつから子持ちになったのだろうか。いずれ来るかもしれない未来を、夢として見ているのか。そんな願望が自分の中にもあったのだろうか、最近は仕事仕事の毎日でそのような相手も居らず、ましてや子供だなんて。

    ―――……仕事。報告書。支部長の怒鳴り声。

    「申し訳ありませんっ!」
     それが自分の口から出た言葉だと理解すると、それまで自分が眠っていたことが徐々に理解出来てくる。段々とはっきりしてくる意識の中、自分はベッドの上で目を覚ましたが、これは自分のベッドではなく、目に見えるのは真っ白な布団で、自分のはこんな清潔感溢れる色の布団ではなかったはずだ。
    「わあっ!おじさん起きた!パパー!」
    「あっ、こら走るんじゃない、危ないだろ」
    「あらあら忙しないわね」
     突然私のすぐ側で子供の大きな声がし驚く。首だけ動かしてそちらを見るが、後ろ姿が少し見えただけで、開いた扉から外へと走っていってしまった。それを追いかけるようにして、金髪の少年が走って出て行った。金髪の少年にはどこか見覚えがあるような気がするが、上手く思い出せない。二人の慌ただしい様子に溜め息と少女の声が扉とは反対側から聞こえ、今度はそちらに首を向けると、ベッドのすぐ脇に置かれたパイプ椅子に腰掛け、火のついた煙草片手にこちらを覗き込む十代ぐらいの少女がクスクスと笑っていた。
     少女は、栗色の長い髪を後ろでまとめており、少し大人びて見える。それとは反対に、顔のそばかすが印象的で幼さも同時に併せ持っていた。
    「藤一郎サン。目が覚めて本当に良かったわ。いくらおじいちゃんでも治せないんじゃないかと思ってたもの」
    「……?どうして、名前を」
     少女は相変わらず微笑のまま私の名前を呼ぶ。自分の発した声は少し枯れていた。良く見渡すとここが自分の知らない部屋ということも分かってくる。部屋は六畳程だろうか、自分を乗せたベッドと、少女の座るパイプ椅子の他に、小さく簡易的ではあるが木製のテーブルと椅子があり、テーブルの上にはテレビが設置してあった。椅子に腰掛ける少女の後方には窓が一つ。そこから差し込む日の光に照らされた少女がこちらの顔を覗き込むように近づいてくる。
    「そんなことより藤一郎サン、体はどうかしら?」
    「体……いっ」
     少女が愛らしく小首を傾げて尋ねてくる。聞かれたことで自分の体が忘れていたことを思い出したように痛み始め、口から呻き声が漏れた。体中が悲鳴を上げており、どこもかしこも痛い。言葉を発した際に頬に引きつるような痛みが走り、これが一番もどかしい。これまでのように話そうとすると何かに引っ張られるような違和感がある。どうなっているのか確かめようと右腕を動かそうとして出来ない。どういうことなのか理解が追い付かず眉をひそめると少女がまたクスリと笑った。
    「あら、駄目よ。あなた、結構重症なのだから。ほら」
     ほら、と言いながら少女が私の上に乗る布団を半分めくる。そこへ視線をやると健康診断の時に着用するような検査着に身を包んだ自分の上半身と、包帯に巻かれギプスに固定された自分の右腕が覗いた。どうして今まで気づかなかったのか、左腕には点滴の処置がされていて、そこから伸びる管に繋がれたモニターが数字を点滅させている。
    「は?……これは、どういう」
    「藤一郎サン、もしかして忘れちゃったの?あなたは―――」
    「こおおらあああ!蘭々!勝手に入ってはいかんと、言ったじゃろうがー!」
     捲った布団を静かに戻しながら少女が途中まで言葉を紡いだところで、部屋の出入り口の方から男性の叫び声が響く。
     驚いてそちらを見ると三人の男女が立っていた。叫び声の主だろう、白髪と同じ髭を蓄えた初老の男性。白衣を身に纏い、首から聴診器を下げている。医者だろうか。人目見て分かる程、鼻息が荒く肩が上下していて、怒りの頂点といった感じだ。
     もう一人、全身黒スーツの、自分よりも少し年上のような男性が、白衣の老父を宥めるように「まあまあ、センセイ落ち着いて」と、老父の肩を両手で何度か叩く。
     それに同調するように、スーツの男の隣に立つ女性が「そうですよ」と笑う。女性は紫苑色の髪を上品にまとめ上げている。艶やかな着物を着こなし、口元を扇子で覆っていたが、佇まいも所作も丁寧で美人だと感じられる。
    「そうよ、おじいちゃん。そんなに怒ると血圧上がっちゃうわよ」
    「いっ、い、いいから!出て行きなさーい!」
     蘭々と呼ばれた少女は、二人に合わせて冗談交じりに笑うが、更に老父の怒りに触れてしまう。老父は顔が真っ赤だ。少女は、観念したのか椅子から立ち上がると、こちらに向けて悪戯っ子のようにペロッと舌を出した後、声には出さずごめんねと口を動かして出入り口の方へ歩いていく。
     出入り口の扉付近に居た三人と、少女が入れ替わるようにしてすれ違う。少女が手に持っていた煙草を咥えようとすると、スーツの男は優しくその手を制すと、その手から煙草を取り上げる。
    「蘭々ちゃん、怪我人の前では控えるようにね」
    「あっ……その、ごめんなさい……」
    「ん、分かればいいんだ!未来のセンセイ?」
    「……!……はあい♡」
     スーツの男に頭をポンと撫でられた少女は、年相応の嬉しそうな笑顔を見せ、深くお辞儀した後、そのまま部屋を出て行った。

    「さて、藤一郎君。目が覚めて何よりだ。俺のことは覚えているかな?」
     少女が座っていたパイプ椅子に今度はスーツの男がドカッと腰掛けて私へ質問を投げかけてくる。窓際の壁に少しもたれかかる様にして、着物姿の女性が少し目を伏せながら特に何を話すでもなく立っている。医者のような風貌の老父は、本当に医者のようで、左側にある点滴のモニターを確認している。
     そもそも自分がなぜこのようになっているのかも思い出せなかった私は、男の問いかけに緩く首を横に振るしかない。
    「若、今後も後遺症のことを考えるとワシが良いと言うまではここに居てほしいが、とりあえずバイタルは問題なさだし、ワシは他のモンのとこに行くからね」
    「ああ、センセイ。本当に助かりましたよ」
     モニターを確認し終えた老父は、男にそう告げる。そして思い出したように「何かあればこれで呼んでくれ」と、私の左腕の側にナースコールのようなリモコンを置くと、部屋を後にした。
    「あー……やっぱりそうだよね、うん。じゃあ、何があったのか話してやる。俺の名前は虎丸だ、カッコイイだろ」
     そう言うと爽やかな笑顔を私に向けて話し始めた。
     スーツの男の名前は虎丸、着物姿の女性は虎丸の妻で綾子と言った。虎丸は「美人だろ~?」と鼻の下を伸ばして同意を求めてくるが、綾子が咳払いをするとハッとしたように表情を戻す。先程の老父は虎丸の知り合いの医者で天久という。
     私がここに運ばれてきて目が覚めるまで三日間。運ばれてきた時は酷いもので、天久曰く、命は助かっても意識を取り戻すか分からない、加えてこれまでのように満足な生活が出来るかの保証は出来ないとのことだったそうだ。右腕の骨折、頬の切り傷、内臓破裂。聞いていてゾッとする。
     複数のチンピラによるリンチに遭ってこうなってしまった。話しを聞いているうちに少しずつ記憶が蘇ってくる。取引先から会社へ戻る途中、たむろするチンピラのポイ捨てを注意した後に、私は……。そういえば、薄っすらと覚えている楽しそうな男の声を思い出す。まさか。
    「もしや。あなたが、あの日、私を……?」
    「お、せいか~い」
     記憶の奥底にあった楽し気な男の声が、今目の前から発せられた。チンピラにリンチされる私を救ったのは虎丸だった。
    「あいつらには、すこーし、お灸をすえてやったから、もう悪さ出来ないんじゃねえかな」
     虎丸はあの日のことを思い出すように、うんうんと頷いている。そしてその後天久に引き渡され治療を受けたという訳だった。
     ここは天久の治療院だと説明されるが、私が治療院の場所を尋ねると、申し訳なさそうに言い淀んだ後、詳細はまだ話せない、すまんと虎丸は謝る。頭を下げる虎丸だが、こちらとしては感謝を述べる他に思い付く言葉がない。
    「いえ。こうして命を救って頂いて、本当に感謝しています」
    「ま、センセイもああ言ってたし、治るまでここで診てもらうといいさ」
     虎丸の言葉に素直に頷く。それを確認した虎丸は、後ろに立つ綾子に目配せすると椅子から立ち上がる。
    「それじゃ、俺はあまり顔出せないんだけど……そうだな、代わりの奴に見舞いは来させるから、安心して。暇つぶしくらいにはなるかも。何か用があればセンセイに言ってね」
     そう言いながら虎丸が先に扉の方へ向かう。綾子は以前として黙ったままだが、緩やかにお辞儀をすると虎丸に付いて歩いていき、二人は部屋から出て行った。と思ったが。
    「あ!そういや、藤一郎君の持ち物は俺が預かってるから。まずは治療に専念してねってことで。まあ、こっちにも色々事情が―――」
    「虎丸!」
    「はい!」
     ぬっと虎丸が扉から顔を覗かせて思い出したように話しかけてくるが、途中で綾子の声に遮られ引っ張られていった。それじゃあね、という言葉と、ひらひらと振られた手が最後に見えて静かになった。
     静かになると、点滴の雫の音がポタポタと定期的に小さく聞こえてくる。窓の外は夕焼け色に染まりつつあった。短い時間の中で押し寄せてきた自分の状況と情報に、ドッと疲労感が押し寄せてくる。思うように体も動かなく、疲労感に従って私は眠りについた。


    ※登場する人物、団体は架空のものであり、フィクションです。
    ※本作における反社会的行為や犯罪行為等を推奨するものではありません。

    3に続く!
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