夏の暑さにご用心!苦しい。苦し過ぎる。どうしてこう……こんなに毎日暑いの?
暦通りだから、と言われたらそこで終わりなのはわかっている。でもね……いくらなんでも暑過ぎじゃない⁉︎
町の人から頼まれた物(つまりはお使いってことね)を、お日様が燦々と輝く中で汗水垂らしながら全員で手分けして探している。の・だ・け・れ・ど……さすがに、もう、ムリ‼︎ 限界よ‼︎
「あ・つ・い〜‼︎ お肌がベタベタでイヤ〜‼︎」
「言うな。余計に暑さが増すだろう」
一緒に行動をしているグレイグからお叱りの言葉が飛んできた。貴方だって暑い中黙々と作業を続けているけど、アタシと同じことを思っているんじゃなくて⁉︎
……って思ったけど、彼は将軍という高い地位に登り詰めた屈強な軍人でもある。過酷な環境への対応はお手のものなのかもしれ……いいえ、暑さが増すって言ってるからそんなことないわね。
でも少なくとも適応力は…………って! そんなことどうでもいいのよ!
「だぁってぇ! 言わなきゃやってられないんですもの! あぁもう! お洋服に染みてないから心配だわ!」
どんどん思考が逸れていくのが手に取るようにわかる。現実から逃れたいがあまり脳が勝手に動いてしまったのかしら。
口に出してしまったせいで汗染みになっていないか気になってきてしまったわ。それこれも、ぜーーーーんぶ暑いのが悪いのよ‼︎
「は、ぁ……」
「おい、待て」
町の人には悪いけど、今のアタシはとにかく休みたかった。纏わりつく熱気から少しでも解放されたいの。そう思った瞬間、身体が無意識に少し離れたところにあった木の根元へと向かっていた。
足取りがちょっと危ういアタシを見兼ねて、彼は何も言わずにその……お姫様抱っこで運んでくれたの。
恥ずかしいというよりは、感謝の気持ちが大きかった。グレイグだって暑さに不快感があるはずなのに。重たい武器を背負いながらだから、負担は大きいはずなのに。
「口に出して発散したくなる気持ちは分かる……。そこでだ」
ゆっくりとした足取りで負担をかけないように進む彼の声を耳で感じる。今のアタシに閉じた瞼を開ける力は残っていなかった。
「なに……」
めまいもしてきたし、あたまもボーッとしてきた。そのせいなのか、言葉のさいごが聞きとれなかった。なんていったのか、きき返そうとした……その時だった。
「全てを脱ぎ捨てて涼を取ると良い」
…………え?
◾️
抵抗無く横抱きを許容してくれた事に一安心だったが、体調の方は決して良いとは言えないだろう。……顔色は決して良いとは言えなかった。酷暑に耐えきれず、身体を蝕まれてしまったのは誰の目から見ても明らかだ。
変化に気付かなかった自分自身と、ゴリアテの不調を招く原因となった男に怒りが湧き上がる。しかし優先すべきは、腕に収まる愛する者を救う事だ。
方法は一つしかない。陽が当たらない木陰で、生まれたままの姿になり内に籠る熱を逃す事だろう‼︎
だが……弱っている恋人に手を出すのは、男の風上にも置けないだろう。ゴリアテが嫌がる事は極力したくはない。互いに合意の上なら全く問題は無いが、今はその時ではない。
だが……眺める事は構わないだろう、俺達は恋人同士なのだから‼︎ (注意:時と場合と雰囲気と環境と心境に寄ると思われます)
決して脳内に新鮮なゴリアテの記憶を留めて離れている時に……等とは思ってはいないぞ。決してな‼︎
……うむ、そこはこれ以上広げても意味が無いので置いておこう。
それよりもゴリアテだ。脱ぐ、と言う提案を投げてみたが、反応は無かった……今の所は。
聞こえていないのでは無く、脳へと伝達した後の理解に時間が掛かっているのだろう。
群生する木々の木陰部分且つ外界からの視線を遮る事が出来る場所に踏み入り、衝撃を与えぬよう地に膝を付けた。刹那、ゴリアテの口が開いた。
「な……⁉︎ それはイヤよ‼︎」
意識が戻ったのか、先程とは打って変わって言葉による抵抗を見せる。青白かった頬には朱が散らばり、唇にも色が宿っていた。軽く胸板を叩くといった行動もあったが、可愛らしいもので。抱かれたまま上目遣いで……もしや誘っているのでは、と思案が短絡的な方は向かいかけたが、違う。生まれ持った天性の素質である……天然が発動しているのだろう。
尻から降ろし、木を背に身体をもたれさせ、踵を地に置いて手を離す。逃げ出すとは思っていなかったが、念の為にすぐに捕縛出来る様に神経を研ぎ澄ませていた。のだが、立ち上がる気配は微塵も無く。体力が回復出来ていない、と自ら証明しているものだ。しかし行動に出る可能性が無いと確信出来るものではない。であれば……。
質が良いとは言えない乱雑に折り畳んだ布を、ベルトに括り付けていた袋から取り出す。
「肌も拭けば晴れやかな気持ちになるだろう」
先にこちらが動けばいい。それだけだ。
「脱ぐ前提で話するの止めてちょうだい‼︎」
滅多に見る事のない引き攣った表情で拒絶を始める。無駄な抵抗をするな。お前のために言っているのだ。酷暑によるものではない汗がこめかみから柔らかな頬を滑り、独特な衣服の胸元にある丸い装飾に落ちていく。
小動物かの如く怯える姿もまた唆るが……今は我慢の時だ。
ベルトに触れようと手を伸ばすと、二つの白い手が拒むように掴む。心に不満の感情が湧き上がるが表に出さないように気を付けつつ、妨害をする恋人へと目を向けるとーーーー愛する者の瞳が少しだけ潤んでいた。頬も薄い赤に染まったままで。これは……何とも素晴らしい……いや何でもない。
「邪魔をするな」
「するに決まってるでしょ!」
敵であれば即座に切り落とし命を絶つという行動に出る事も可能だが、その様な行為を出来るわけがない。精々叩き落とすが関の山……いや無理だ。
手を離すんだ、と想いを込め視線と共に放つが、譲る気配は無い。頑固な一面が表に出てしまっている様だ。全く……仕方がないな。
布を足元へ放し自由を得た手を使い、赤色の袖ごと素早く掴む。間髪入れずもう片方の手首も捉えた。不調の枷がゴリアテの足を引っ張っている事もあり、軍配は言うまでもない。拘束は完了だ。
しかしこれでは両手が塞がっていて何も出来ないのは明白だ。では、次に成すべき事は何か。
「ちょ、ちょっと……!」
両手が封じられた事で困惑の感情が生まれただろう。心境に変化をもたらしたと受け取れる見開いた瞳と言葉が、好機の瞬間だった。
「安心しろ、すぐに終わる」
向かい合わせにしたゴリアテの両手首を掴み、木に押さえ付ける。邪魔をされないように、強く握り締めた。痛みと恐怖で歪む表情に少々罪悪感を覚えた。すまない……。しかし何事も切り替えが大事だ。心の中で謝罪を済ませ、即座に行動に移った。
今度こそベルトへと、手を掛ける。片手で尚且つ特徴的な締め方だったからか、手間取ってしまったが取り外す事は出来た。目的達成まで後少し……。
しかし俺は夢中になってる余り、気付いていなかった。裾を掴み引き上げようと試みている最中、奴がこちらへ向かっていた事を。
余談だが、顔を背けて瞼を閉じていた為、ゴリアテも気付いていなかったらしい。
◾️
「待て待て待て待てぃ‼︎ シルビアが脱ぐって⁉︎」
颯爽と背後に現れた小僧に、思考よりも先に身体が動いた。……訂正する、爽やかとは決して言い難い(要約すれば汗だく且つ暑さに脳がやられている)状態だった。いや、どうでもいい事だ。
腹まで捲り上げていた服を即座に戻し、拘束を解く。その上でゴリアテの姿をなるべく奴の視界に入らない位置に陣取った。
全身に怒りが拡がりをみせる。俺も酷暑で沸点がいつも以上に低くなってしまっている様だ。いやそれよりも、キャンプ地で決めた小僧達の捜索範囲はかなり離れていたはず……どうやってここに⁉︎
「どこから湧いて出た⁉︎」
「独占禁止法違反‼︎ 勇者権限発動‼︎ 皆(僕)のスターへの接触禁止‼︎」
武器を手に牽制した所で効くはずも無く。そもそも言葉すらも聞いていなかった。この男は一部を除いて基本的に人の話に耳を貸さない奴だった。訳の分からん戯言を一方的に投げ続けるこいつに、怒りの限界値が超え血管が盛大に破裂する感覚に襲われた。この……悪魔め……‼︎
「ふざけるな小僧‼︎ この様なデタラメを聞くと思ってるのか⁉︎」
「この世界は勇者の僕が法律だろうがバーーーーカ‼︎」
「貴様……‼︎ 今すぐ冥土に送ってやろう‼︎」
「やれるもんならやってみろ‼︎」
◾️
「……はぁ」
アタシそっちのけで始まってしまったおバカちゃん二人のケンカ……。いいえ、決闘と言う方が合っているわね。鍛え上げられた刀身がぶつかり合う度に互いに罵声を浴びせる……とんでもない攻防戦が目の前で繰り広げられていた。
ここって治安の悪いゴロつきのナワバリだったかしら? って勘違いを起こしてしまいそうだったわ。
さぁてと……これからどうしましょ。裸にされる心配から解放されたとはいえ、体が休まるかは別の話で。だって……目の前で大暴れする人達がいたら、意識がそこへと向いてしまうのは自然な流れ。
「ゴリアテは俺のだ‼︎」とか「いーーやシルビアは僕のだ‼︎」とか……二人して同じことを言ってるの。なんていうか……ボキャブラリーがないわね。
はぁ、と小さな溜息が口から零れ落ちる。体調が戻っていたら、気付かれないようにキャンプ地に戻れるのに……。
色々と考えていくうちに、段々とグレイグ達に対してムカついてきたわ。木陰にいるとはいえ暑いことには変わりはない。その上、目の前でわけわかんない戦いを見るって……。いけないいけない! しっかりしなさいシルビア! 気を確かに!
ネガティブな方へと向かう思考を止めようと、頬を軽く叩いた。その時、そういえば……と、彼が持っていた布の事を思い出す。汗を拭いたら少しはスッキリするはずよね。
ラッキーなことに少し動いたら届く位置に落ちていた。この距離なら、と四つん這いになって拾いに行ってーーーーその場で横たわってしまった。頭痛だけかと思っていたけど、体の調子も良くなかったと改めて思い知らされたわ。
でも木に持たれている時とは違い、グレイグ達の姿は目に映らない。声や刃がぶつかる音は聞こえるけど、さっきに比べると……とーーーーってもマシ……よ。あ……あら……意識が……。視界には青々と茂る草と自分の手……がぼやけて見える。
「……アテ‼︎」
「……ビア‼︎」
何か聞こえるけど、瞼が重くて、開けられない。
「グレイグ……?」
「待ってろ、今すぐキャンプ地に連れて行くからな」
「ぼ、僕は先に言ってじいちゃんに知らせてくる!」
「お願いね……」
「あぁ、任せてくれ」
「ん……」
そこからは記憶がなかった。お察しの通り、寝ちゃったからなんだけどね。
次はこうならないように、気をつけなきゃ…ねん♡
終