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    @mlw_hysns メモ帳 全部下書き

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    MOURNING夫婦以上恋人未満(2) / ユキモモ
    続くかもしれないし続かないかもしれない
    訳が分からない、というのが正直なところだった。あんな嬉々として伝えられたのににべもなく断るなんて、オレができるわけないでしょ。
     鍵はおもちゃの類ではなく、まぎれもない本物らしい。なんで? ほんとになんでそうなった? そもそも一言の相談もなしに住処変えられちゃうってどうなの、いくらユキだからってさあ……。まあこんなことされても許せちゃうのがユキなんだけど。
     当の本人は力尽きたらしく、今はベッドで羨ましいほど安らかに眠っている。うとうとし始めたユキをソファからここまで連れてきてあげたのはオレだ。まだ歩けるけどあと五分もしたら寝落ちる、そんなタイミングを一寸の狂いもなく見極められるのも、この世でオレぐらいだろう。
     大の男をこんなに悩ませておいてうんともすんともいわない鍵をひとり握ったり眺めたりしてたら、枕元に伏せてたスマホが低く震えた。ユキを起こさぬように腰掛けてたベッドから立ち上がり、忍び足で寝室から抜け出す。
    「おかりん! どうしたの?」
    「百くん、こんな時間にすみません。明日、十時からに変更でも大丈夫ですか?」
    「全然大丈夫だよー。あ、オレユキの家にいるから迎えそっちでお願いして 1827

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    MOURNING夫婦以上恋人未満 / ユキモモ
    まったり拗らせる予定だったやつ そのいち
    ほどなくして、からからと軽い音をたてて脱衣所の戸が開いた。頭からタオルを被って湿った髪をがしがしと粗く拭うモモは「わ、びっくりしたあ」と僕と目を合わせて驚き、それからおかしそうに眉を下げて笑う。
     くすぐるような花の香りとともに湯上りの熱を放つ肌の柔らかさを、いますぐ触れてたしかめたくなる気持ちに駆られた。何度、この衝動に身を任せてしまおうと流されそうになったことか。
     だけどモモはそんな僕の心中を知るはずもないから、「ビールもらっていい~?」とあっさりリビングへ去ってしまおうとする。ほんのすこしの勇気を伸ばして、その手首をなんとか掴んで引き留めた。焦りに脳を溶かされて、呼吸がだんだんと浅くなる。さっきまで風呂に浸かってたおかげでたっぷりのぬくもりに満たされているはずのその体よりも、僕の手の方が熱かった。
    「え? なに、どうしたの?」
    「モモに、渡したいものがあって」
     心臓が口から飛び出そうなのも、優雅に笑って包み隠す。後戻りがきかなくなり、ますます激しくなっていく鼓動が滑稽だった。モモの瞳に浮かんだ疑問を、言葉にのせてぶつけられてしまうまえに、上から手のひらで覆って光を奪い去る。
    1504

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    MOURNINGバンモモ 家庭教師パロ(?) これからどうなるのかが読みたくなったけど続きは考えてないガードレールに沿いながら歩くコンクリートの夜道は、夏のはじまりの匂いがする。
     また、身長差が広がっているような気がした。オレも伸びてるはずなのに、バンさんもまだ止まりきってはないのかな。車なんてちっとも通らないけど立ち止まった赤信号ついでに、背伸びをしてみる。それでも、視線の高さは等しくはならない。
    「河川敷まで出てみようか。天の川……とまではいかないかもしれないけど、見えるのは見えるよ。俺も去年見たから」
    「へえ。詳しいんですね」
    「天文部に友達がいたんだ。取ってつけたような知識だけならあるよ」
     街灯が立ち並ぶなだらかな上り坂の先に、橋がかかっている。そのすぐ隣にある質素な下りの階段を降りると、のっそりと揺らめく闇のような川が静かにたたずんでいた。月の光が落ちている一点だけが、きらめいている。
    「このくらいの季節がいちばんいいんだけどね。まだまだ暑くなるんだろうなー」
     ささやかに通り過ぎていった風が、青草の頭をいっせいに撫でていき、かさついた音があたりに満ちる。大きく息を吸い込むと、ひんやりした空気がすんなりと肺の底に着地した。
    「涼しい」
    「そうだね」
     おだやかなはずの時間 1727

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    MOURNINGユキモモ 同棲時代終わった直後ぐらい 明るくない「あったかくなったね」

     ほとんど眠りの世界に浸かっているところを無理やり駅まで引きずり出されてきた。僕はいまベンチに腰かけてる、らしい。ぼんやりした意識の中で一応頷いたけど、モモに伝わったかはわからない。
     でも、本当にモモの言う通りだと思った。だだっ広い自分の部屋でひとり眠っていても凍ってしまいそうだと震えることが減っていたから。

    「ほんとに人いないんだね」
    「そういうところを選んだから」

     始発の時間でも、都会ならホームに電車を待つ人はそれなりにいる。僕らは新人とはいえ人気沸騰中のアイドルで、空白のほとんどなくなったスケジュールの合間を縫ってお忍びでふたり旅を満喫している──はずだったのに、全然忍んでない。
     拍子抜けもしたけど、心からはしゃいでいた。今だけは変装用のマスクや眼鏡からも解放されて、錆びたベンチに腰掛けて電車を待つ。

    「一緒の部屋に泊まるなんて久々だからちょっとそわそわしちゃった」
    「ついこの間まで、毎日そうだったじゃない」
    「そっかあ、そうだよね」

     じわじわと、しかしはっきりと記憶が過去になっていく。
     昨日の夜、僕とモモは同じ鏡を使い並んで歯を磨いて 1057

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    MOURNING明るくない モモの独白?ねえねえ、みんなは魔法が解ける瞬間って見たことある?
     それはまるでしゃぼん玉が弾けるみたいに、音もなくいきなり訪れるけど、でもいつかこうなることをちゃんと予感してたような。そんな不思議な一瞬を。
     オレはね、あるよ。出くわしたときは、それはもう驚いちゃった。こんなにくっきりと、絶対的に、「終わっちゃうんだ」って。

     爛々と煌めいている世界にはもう戻れない。なのに解けた後の世界で振り返るその場所は息も詰まるほどきれいなんだ。さっきまで当たり前のようにオレが立ってたはずの場所なのに。そうだね、たぶんシンデレラが王子様の持ってきた硝子の靴を見たときもこんな気持ちになったんだろうな。「まるで不釣り合いかもしれない、でもそれは私のものなの」って。

    「気に病まなくていい」
     オレよりよっぽど気に病んでるユキは、言葉数こそ少ないけどオレに優しくなった。ただでさえ優しい人だったのに、それ以上に。
     参ったなあ。オレさあ、てっきりもっと無様なもんだと思ってたから、こんな出来の良い物語みたいな終わり方をされちゃうとまだ続きがあるんじゃないかって疑っちゃう。そんな都合の良いこと、起こるわけないよね。─ 867