ドラゴン赤也とリリちゃん「今回は赤也、行ってきて」
1週間ほど前、嗚呼そうだ、と思い出したように幸村は言った。
毎年毎年、人間から贈られてくる物品の回収を、持ち回りで行っている。それが回ってきたと言うわけだ。
「ちなみに今年は、"アレ"もあるはずだから」
「はぁぁ!?まじっすかぁ〜!!?」
うげぇ、とあからさまに嫌そうな反応をすると真田がギロリ、と鋭い目を向ける。このまま文句を言い続ければ、地を揺らす咆哮が響き渡ることだろう…それを予感して赤也は不服ながら口を噤んだ。
「赤也、手順はわかっているな?」
「ハイハイ、わあってますって。チャチャッと済ませばいいんでしょ」
やりますよーと念押しする柳に答えると、憂鬱な気分を晴らすべく赤也は翼を羽ばたかせ空に舞い上がった。
◇
「こーゆーのいらねえっつってんのになぁ」
当日の赤也は朝から気が重かった。
面倒くさい。それにつきる。なんで俺がこんなこと。
目の前には"立海"の平地に住むニンゲンが用意した供物の数々。
まったく、誰が運ぶと思ってるんだよ。そう思いながら、ざっくりと何があるか確認していく。瑞々しいと称されるであろう果実達、まだ生きの良い魚介類やきらきらとしたもの(俺達には使う必要もなければ、飾る趣味もない)肉類は…ありがたく頂くとしよう。(ただ、自分たちで捕ったほうが確実に美味い。)
そして最後に、数年に一度決まった形式で贈られてくる、"アレ"
聞いていたとおり装飾された白くて長方形の箱が貢ぎ物の奥に設置されている。あの中身は、いつも決まってニンゲンだった。生きている、ひと。どんなつもりでニンゲンがニンゲンを贈ってくるのか知らないが、赤也達ドラゴンに人を食べる趣味もなければ使役することもない。ただ面倒が増えるだけだ。
その処遇をどうするか、は毎回悩みのタネだった。
突き返したとして、どんな扱いをされるのかもわからないし、もしも"良くないこと"になっても寝覚めが悪い。そのためドラゴン達はわざわざ遠くの場所――身寄りのないものにも優しいルドルフの土地であったり――まで運んでいた。しかし、そんなことなどニンゲンは知る由もない。
(馬鹿だよなあ)
ニンゲンは自分たちに起こるあらゆる事象は俺達のせいだと思っているらしい。そりゃ、確かに大きな力を持っていて、先輩達なんかは色んなものを操れる。雷を起こしたり雨を降らせたりなんてことはお手の物だ。とは言えそれによって、ニンゲンをどうこうしてやろうと言う気はない。
けれどそんな思いは露知らず、ニンゲンはニンゲンにとって価値のあるものを一生懸命かき集めて送ってくる。それは、いつもどこか的外れだった。時折誰かの気に入るものがあったりするが、大体のものは不要だった。
ただ、今なら先輩の連れてきた獣人が食べるかもしれないな。など果実を見ながら赤也は思う。あの二人はこうしたあまい香りのして、まるっこい…触るとすぐ崩れてしまいそうなものを好んで食べていた気がする。その二人をかわいがっている先輩…柳と仁王も時々大きな体で小さな実を持ち帰るのを見たことがある。柳はとても器用に尾を使って果実を集め、仁王も程よい力加減で上手く摘み取っていた。それをみて、どんなものかと触れてみたところグシャリと潰れた果肉を思い出す。こんな面倒なことよくできるな。とその時も思ったものだった。
(さて、早いとこ終わらせちまうか)
大抵贈られてくるニンゲンは眠らされているが、あまり時間をかけていて起き出してしまってはややこしいことになる。
赤也は器用に鼻先をコツリと当てると、白い箱をそっと開けた。
そこには、やはり、ひとりのニンゲンが横たわっている。これも、聞いていた通りだ。驚くことじゃない。けれど、赤也の目は大きく見開かれ驚嘆の色を示していた。
「きれいだ」
箱の中をみて、思わずそう呟いていた。ドラゴンなので、実際に漏れたのはグルル…という音だったが、そう、人で言えば溜息をついてしまうほどに――箱の中の人物を、赤也は綺麗だと思った。
初めてみる、獣人とはまた違う金色の髪は光に触れきらきらと輝いている。睫毛も同じ金色をしていて、その閉じられた瞳を、強く見たいと思った。透けるように白い肌は所々桃色に色付いている。人を食べたことはないのに、美味しそうだとすら思う。
この人物を構成するものが、他のニンゲンと同じだとは到底思えなかった。ニンゲンは愚かだ。俺たちのことを何も知らないで、勝手に怖がって勝手に許されようとする。赤也は基本的にニンゲンに興味がないし、むしろ弱くて面倒で嫌いだとすら思っていた。だから、このニンゲンのことも役目を終えれば記憶にも残らないような、そんな存在になるはずだったのに。それなのに。
(ほしい)
この人間の声が聞きたい。もっと、ずっと、みつめていたい。
強い衝動が渦巻いて、赤也を浸食していく。
本当は、決められた通りにニンゲンを運んで、決められた通りの場所に下ろして、そうしなければならないと理解していたし、そのつもりだった。けれど、言いようのない気持ちが膨れ上がり、理性を感情が覆い隠してしまう。
気付けば、赤也はその人物を自分の洞穴へと持ち帰っていた。
◇
「そーゆーくとぅやたんのか〜」
「どっからやーが拾ってきたんか気になってたやさー?」
一通り、どうして連れてきたのか、何故連れてきたのかを聞いて、甲斐と凛は納得したように頷き笑みを浮かべていた。からかう様な表情と、からからとした笑い声に赤也はそっぽを向き「うるせーっす」と呟く。人型をしていれば、きっと耳まで真っ赤だな、と凛はますます笑みを深くして、柳に教えてやろうと思った。
連れ帰ったそのあとは、蔵兎座の食べるものがわからずに四苦八苦する赤也がいたのを、甲斐と凛は知っている。
そうして蔵兎座が関わると、何かと一生懸命になる赤也がどことなくかわいいな、と二人は思っていた。それを言うと本当に怒りそうなので、秘密にしているが。
「つーか、あんまり大きな声だすと起きちまうからやめて」
「わかってるやし!」
「気持ちゆさそうに寝とーとん」
しー!とわざとらしくジェスチャーをして、顔を見合わせた甲斐と凛は、赤也の身体によじ登り背後に守られるようにして眠る蔵兎座を見た。
赤也の背に体を預けスヤスヤと眠る姿は安心しきっているようで、もうすっかり二人の仲は縮まっているらしい。
今は真夜中。獣人である甲斐と凛はまだ爛々と輝く目をしているが、人である蔵兎座には遅い時間だ。普段であれば、主に蔵兎座に会いに来る二人が敢えて夜に、そっと入ってきたのが少し前。こんな夜更けに何を、と思えば結局のところ、内緒話がしたかったらしい。
最初は、聞かれても答えることを拒否していたが、なんのかんのと赤也は押し切られてしまった。忍び込むのが得意な二人には、あれこれと弱みを握られている。ドラゴンが獣人に弱味を握られてるなんて、と思うが、吠えてもちっとも怖がらない二人を見ているといつも怒る気が失せてしまう。それに、下手なことをすると仁王と柳の怒りを買うのは赤也だ。それをよくよくわかっているのもあり、少しばかり(本当に、僅かではあるが)赤也なりに二人には敬意を払って接していた。先輩に話すような言葉遣いをするのも、そのためだ。赤也の敬語は上手いとは言えないけれど。
「…リリアには黙っててくださいよ」
「当たり前さ〜、この話も、やーがこっそりそうやって"百合"って呼んでることも内緒やっし」
フフン、と自信満々に甲斐は答え、胸元を拳で叩いた。まかちょーけ!ということらしいが全然信用できない。きっと明日には伝わっていることだろう。
(まぁ、いーか。それならそれで)
早く朝になればいい。
そんな風に思いながら、赤也は寄り添って眠る蔵兎座を見て、目を細めた。
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