キスの日アルベド×蛍「アルベド、これ何?」
アルベドの拠点、机の上に置かれた黒い小さな種のようなものを見て、蛍は問いかける。
「ああ、試しに作ってみたものだけど、まだ咲かせていないものだね。やってみようか」
アルベドがその種を手に取ると、ぱぁっと光を放ちながら、茎が伸び、先端にある膨らみは開かれて、それは咲いた。
セシリアの花に似た花弁は虹色に輝き、けれどすぐに散って、溶けるように消えてしまった。まるで花火のような儚さに、蛍は目を奪われて、「…綺麗…」と見惚れた。
「………」
その様子を見たアルベドは、じっと彼女を見つめながら顔を寄せる。
「…あ、アルベド、今の、ん!?」
蛍が彼の方へ顔を向けると、重なる唇。唐突のことに目を見開く彼女とは対照的に、アルベドは目を閉じている。
永遠にも思えるそれは、ほんの数秒でアルベドの方から離れていき、蛍は口を数回開閉してから「…っ、な、い、何、え…!?」と混乱しながら一歩後退り、温もりの残る唇を手でおさえた。
「…どうしてかな。花に見惚れたキミを見ていると、こうしたくなったんだ」
「………!?」
どこか切なそうに眉を寄せて答えるのに、蛍は更に混乱する。
「僕は…キミにあの花を見て欲しくなかったのだろうか?それとも、他に理由があるのか…これはどういう気持ちなのだろう?」
「……アルベド……」
「……キミは嫌だったかな?それなら悪いことをしてしまったね」
「…………」
嫌かと聞かれたら、それは。
「………じゃない」
「?」
「……嫌、じゃない」
アルベドが分からない答えを、蛍は知っているから。
そして、この返事を聞いて表情を和らげる彼も、きっと答えに辿り着いた。
「それなら、もう一度しても?」
だって彼は、彼女が何と答えるか、もう分かっているから。
(追加分↓)
「…はぁっ」
二回目のキスは長く触れ合うもので、離れた時に蛍は思わず大きく息を吐いてしまった。
「苦しかったかな?」
「…ううん、大丈夫…」
まだ早い鼓動を抑えるように、胸元に手を当てながら呼吸を整える。
その様子を顎に手を当ててじっと見てくるアルベドに、またどきりとしながら「な、なに?」と尋ねた。
「…良ければ協力してくれないかな?」
「…協力…?」
急に協力と言われて疑問符を浮かべる蛍に。
「また僕とキスして欲しい」
「!!!!????」
口元を片手でおさえて後退り、「…え、なん、協力…に…?」と混乱する蛍に、「何故それが協力になるのか?って聞きたいのかな?」と問い返す。
こくこくと頷くと、アルベドは答えた。
「キミにこうしたくなる理由を確かめたいし、僕がさっき感じたものの正体を正確に理解したい。
その為には、何度も繰り返して検証する必要がある。これにはキミの協力は絶対不可欠なんだ」
「……何度、って…例えば、何回…?」
恐る恐る訊ねる蛍に「そうだね」と少しだけ考える仕草をしてから、答える。
「あと100回程度かな」
「!!!!!?????」
「より正確に調べるなら、最低でもこのくらいしないといけないからね」
「…で、でも、流石に100回は…!」
「ああ、安心して良い。今すぐ100回しようと言っている訳ではないから。1日1回で構わないし、キミの都合に合わせるよ。
長い期間をかけて初めて結果が分かる。そういう検証も数多く存在する」
「…長い、期間って…」
「心配しなくても、キミがモンドに来た時で構わない。もし来れない日には夜にキミの塵歌壺にお邪魔しても良いかな?」
「…………!」
「大丈夫、ちゃんと挨拶してから入るようにするよ」
「そういう問題じゃ…!」
「駄目かい?」
「……!」
窺うようにじっと見つめて、蛍の答えを待つアルベドに。
「……………………分かった」
つい頷いてしまった。
次の日、たまたまモンド周辺で任務を遂行していたので、モンドの冒険者協会に報告していたら。
「こんにちは」
「!」
背後から声をかけられ、振り返って見るとアルベドが微笑んでいた。
顔が強張るのを自覚しながら、挨拶を返す。
「…コンニチハ」
「おや?どうかしたのかな?いつもと様子が違うようだけれど」
「……なんでもない」
「そう。それなら、早速協力してもらって良いかな?」
「! ここじゃ駄目!」
思わず叫び、アルベドの腕を掴むと建物の陰に隠れる。周囲に誰もいないことを確認して、小声で訊ねる。
「……協力って、昨日の…?」
「勿論」
やっぱり、と思い、顔が熱くなる。
「さっきの場所では駄目だと言っていたけれど、ここなら良いのかな?」
「…………」
再び周囲を見回し、やはり誰もいないことを確認する。
今なら、確かに良い、かもしれない。
……けれど。
「……アルベドの部屋じゃ、駄目?」
「…?」
恥ずかしさで顔を伏せながら、ぽつぽつと答えた。
「…その、恥ずかしい、から…誰にも見られない、二人きりになれる所なら、いいよ」
それなら、絶対に誰にも見られることはないから、恥ずかしさは大分減る。アルベドとキスするのは、彼のことが好きだから構わない。
けれど。
「…………」
蛍は人前でキスができるほど図太くも恥知らずでも無かった。
「…………」
「…アルベド?」
無言の彼を不思議に思い顔を上げると、目を丸くするアルベドと目が合う。
何かおかしなことを言ってしまったのかと様子を見ていると、アルベドははっとしたように「…分かった」と答えて、蛍の手を取ると、「行こう」と声をかけながら歩き出した。
「…?」
どこか強引さを感じる仕草に、その背中をじっと見つめながらついていった。
「それじゃあ、良いかな?」
「…う…うん…」
アルベドの部屋に来ると、後ろ手にドアを閉めたアルベドに尋ねられて、赤い顔で頷く。
一歩ずつ近付いてくるのに、後退りたくなる気持ちを必死で抑える。
耐えられず羞恥から俯いてしまうと、顎に手がかけられ、上向かされる。
「……あ」
目が合い、澄んだ水面のような瞳がじっと自分を見つめてくるのに、吸い込まれるように見つめ返した。
近付きながら、ゆっくりとその瞳が隠されていくのを見届けて、蛍もそっと目を閉じた。
「ん…」
ふわりと触れ合う唇。先程の強引さが消えた優しい触れ方に、すっと肩の力を抜いた。
「…あ」
3秒ほど触れ合うと、顎と唇から離れていく温もり。それに物足りなさを感じてしまい、思わず声が漏れてしまった。
「…なるほど」
ゆっくりと目を開き蛍を見つめながら、何かを納得したようにアルベドは呟いた。
「…分かったの?」
その呟きに、これは検証だったと思い出して声をかけてみると、「うん」と頷きが返される。
「…そっか…」
もう答えが出たなら、検証はもう終わりかなと考えて、恥ずかしい思いをしなくて済む安心と、もう終わりなんだという落胆を同時に感じ、…落胆の方が大きいことにまた内心で慌てていると。
「検証することが増えたということが分かったよ」
「え!?」
予想外の返事に大きな声が出てしまったが、アルベドは気にせず続ける。
「ここへ来る前のキミの言葉に感じたもの、二人きりになった時に感じたもの、そしてキスした時に感じたもの。確認することが増えたことが分かったよ」
「……つまりは、まだ続く、ってこと…?」
「100回の約束だろう?」
にっこりと微笑みながら答えられ、また顔が強張る。
「駄目かな?キミにしか頼めないことなのだけれど」
そう言われてしまっては、頷くことしかできなかった。
次の日はモンドに用事が無かったが、時間が空いたので行こうか、けれどやっぱり恥ずかしい、と悩み続けた結果、一先ず落ち着こうと風立ちの地で釣りをして過ごしていると。
「ここにいたんだね」
「!?」
釣竿を落としそうになり強く握り直すと、声のする方へ振り返る。
大樹のそばにアルベドがいて、「な、なんで、ここに!?」と裏返った声になってしまった。
「晶核が欲しくて来たのだけれど、まさかキミもここにいるとはね。都合が良い」
「つ…都合…って、わっ!?」
ぐい、と釣竿が引っ張られ、前を向くと魚が食らいついていた。体勢を崩した蛍にアルベドは駆け寄り、抱きしめるようにして支える。
「大丈夫?」
「…、ありがとう!……えい!」
照れながらもお礼を絞り出して言ってから、釣りに集中する。
魚の隙をつき思い切り引くと、緑色をしたチョウチョウオが釣れた。
魚を抱えて「やった!」とはしゃぐ蛍に微笑みながら、アルベドは自分の方を向いた蛍の唇を奪った。
「!」
彼女は固まってしまいその手から魚を取り落としそうになったので、すかさずキャッチする。
「うん」
唇を離して魚を差し出すと、また何かを納得したように頷いて、微笑む。
混乱しながらも魚を受け取ると、「ありがとう。それじゃあ、僕は城に戻るね」と彼は城へ向かって行った。
「………こ、心の準備…っ!」
姿が見えなくなってからハッとして文句を言おうとした瞬間、手の中の魚がまた暴れて、落としそうになったのを必死に抱え込んだ。
次の日もモンドに用事はなく、昨日の事もありモンド周辺に行くのは羞恥から躊躇われて、早めに塵歌壺に入り夕飯を作った。
パイモンは先に食べ終わると部屋で休むと言って消えて、蛍も食べ終えると片付けを済ませてから配置したソファで一休みしていると。
コンコン。
「!」
バッとソファから身を起こし玄関を見た。
「アルベドだけれど、入ってもいいかな?」
「……ど、どうぞ…」
答えると、扉が開いてアルベドが入ってくる。「お邪魔します」と言ってから、彼は蛍の座るソファの隣に座った。
その距離の近さにどきりとしてから、…以前は近くにいてもこんなに焦らなかったのに、やはり約束があるからだろうか、と考える。
「夕飯は?」
「え?あ、もう、終わったよ…?」
「そう。それなら作らなくて良いかな」
「うん、大丈夫」
「今日はどの辺りを旅してきたんだい?」
「…璃月の…鉱山、かな。層岩巨淵の地下、行ったり、とか…」
「層岩巨淵…聞いたことはあるけれど、どんな所?」
「えっと…」
ざっくりと地下の話をすると、アルベドは興味深そうに頷きながら聞いていた。彼はまだ行ったことが無いらしい。
「今度一緒に行っても良いかい?」
「え?うん、それは勿論」
「楽しみにしてる」
にこにこと笑う彼に、大きなキノコや不思議な木、ドラゴンスパインのとよく似た石柱を案内したら喜びそうだ、と考えていると、不意に頰に手を当てられ。
「…!」
重なる唇。
触れた手は軽く頰を撫でて、唇と共に離れて行く。
「…うん」
また頷き、真っ赤になって固まる蛍の顔を嬉しそうに眺めてから、「邪魔したね。おやすみ」と挨拶して去っていった。
「……だから、心の準備……!」
と言っても、もう彼は塵歌壺から去っていってしまった後だ。
次こそは文句を言おうと決意し、火照る顔を隠すようにソファに顔を埋めた。
次の日。
層岩巨淵の話をした後なので、早速ドラゴンスパインの頂上まで来た。
やはり似ている、と眺めてみる。
変わった所が無いか確認してみるが特に変化は無いように見えた。層岩巨淵の石柱と連動している訳じゃないんだと結論付けて、折角なので鉱石を集めたり、景色を堪能してから山を降りて行く。
アルベドの拠点の近くに行くと、「蛍」と呼び止められた。
びくりと震えて拠点の方を見ると、やはりアルベドがいる。何かを記録していたのか手に持っていたボードを机に置いて、蛍の方へ歩いてくる。
「今日はここに来ていたんだね」
「あ、うん、石柱が気になって…」
「そう。残念」
「?」
何が残念なんだろう?と首を傾げてみせると。
「僕に会いに来てくれたんじゃないんだね」
本当に残念そうに眉を下げるのに、「え、えと、でも、ほら、約束あるし…!」と慌てて言うと。
「それなら、僕に会いに来てくれたのかな?」
と、アルベドは自分の唇を指先でなぞりながら言ってみせた。
挑発するような、誘惑するような仕草に爆発したように蛍は顔を真っ赤にすると、その様子を悪戯が成功したように楽しそうに眺めてくるのに、むっと蛍は半眼で睨む。
「でも、事実だろう?早速しようか」
そう言って近付いてくるのに、「待って!」と両手を自分の目の前に出して止める。それを見てアルベドもぴたりと止まった。
「心の準備、必要!」
「…心の準備?」
首を傾げてアルベドは蛍の次の言葉を待つ。
「…き、キスするのに、準備必要なの!」
「そうなのか。よく分からないけれど、キミがそう言うのならば。準備が終わったら言ってもらえるかな?」
アルベドの腕が蛍の腰に回り、至近距離でじっと見つめてくる。
その瞳は蛍の顔をじっと見つめて、決して逸らされることは無い。
「…………」
蛍が目を逸らしても、身動ぎしてみても、腕を離そうともせず、黙ってじっと見つめてくる視線を感じ続けて、「…いいよ」と羞恥に耐えきれず観念した。
これじゃ、ずっと恥ずかしいままだ。
そんな思いで、アルベドに向き直った。
「ありがとう。…ん」
片手が頰に添えられ、重なる唇。少し甘い味がするのは、彼が夕飯の代わりにケーキでも食べたのだろうか。
「…はぁ」
離れて、溜息を吐く。こんな調子じゃ準備の意味無い、と思いながら。
次の日。
近くで依頼がありモンドで報告を済ませると、丁度お昼時になった。
鹿狩りで食べたい!というパイモンのリクエストから向かうと、手前のテーブル席にガイアが座っていた。
「おや、蛍じゃないか」
「久しぶり」
「おう、またサボってんのか?」
「出会い頭に随分な物言いだな」
そう言いながらも気にした様子はなく、ガイアは自分のテーブルに来るよう示した。
頷くと、注文を済ませてからガイアを囲むように蛍とパイモンは座る。どうやら彼は昼食を済ませていたようで、ドリンクを飲んでいる。
「最近は騎士団は?」
「お前のお陰で平和なもんだ。今のうちに新人の訓練に力を入れてるようだぞ」
「お前もちゃんと教えてるんだろうな?」
「ははは、当たり前じゃないか」
「なんだその笑い、嘘くさいぞ!」
「ま、俺のことは想像に任せるとして。
蛍、暇なら新人教育の手伝いをしてくれないか?」
「え?」
「お前の実力なら出来るだろう。何、普段の戦いを新人達の前で見せるだけでいい」
「それだけ?参考になるかな?」
「栄誉騎士の戦いが参考にならない訳が無いだろう?」
「それ、やっぱお前がサボりたいだけじゃないのか!?」
「さて、どうだろう?
どうだ、蛍。一つ頼まれて…」
「駄目だよ」
急に割り込む、無機質な声。
蛍が背後を振り返ると、いつの間にかアルベドが立っていた。蛍の椅子の背もたれに手を置くと、言葉を続ける。
「彼女は今僕の研究に協力してもらっていて忙しいんだ。彼女に代わって断らせてもらう」
「おいおい、それは無いだろう」
「どうしたんだ、アルベド?」
きょとんとするガイアとパイモンとは対照的に、蛍は顔が熱くなるのを感じた。
「なぁ蛍、頼まれてくれないか?」
「駄目だ」
蛍が何か言う前にアルベドが答えて、蛍の手を掴むと「行こう」と歩き出した。
「え、ちょ、アルベド…!」
「おい蛍、料理ー!」
「あ…パイモン、全部食べていいから!」
「ほんとか!?」
「…やれやれ」
目を輝かせるパイモンと、肩を竦めながらも何かを察したらしいガイアに見送られながら、蛍はアルベドの部屋へ連れて行かれる。
「あ、アルベド、どうし…んっ!?」
扉を閉めると、すぐに噛み付くように唇が奪われる。
強くぶつかり、僅かに開いた隙間から舌が入ってくる。
「ん!んんぅ、んー!」
反射的に抵抗してみても強く絡めとられてしまい、翻弄され力が段々と抜けていく。崩れそうな体を回された腕が支えてくるが、同時に「逃がさない」と捕らえられたようにも感じた。
「ん、ん!ぷはっ!はぁ、はぁ!」
やっと離されたのはかなり時間が経った頃のようにも、十数秒のようにも思えるが、ぼんやりとし始めた頭では分からない。
「……はぁ、…アルベド、急に、何…?」
そう問いかけると、アルベドは「…どうしてかな」と問い返す。
「…え?」
「何故だろう…キミとガイアが話しているのを見ると気分が悪い。何かを壊したくなるような、不思議な気持ちになる。
これは、どういうことなんだろう?」
「…………」
蛍はその感情の名前を知っている。
だからこそ、蛍はアルベドの背に腕を回して。
「…………」
そのままそっと、アルベドの肩に顔を埋める。ぽんぽん、と背を軽く叩くと、アルベドの体から僅かに力が抜けたように感じた。
「………不思議だ」
ぽつりと呟いたアルベドの腕は、先程の強引さは消えて、優しく蛍の体を抱きしめてくる。
その仕草に、蛍はゆっくりと目を閉じて。
二人は静かに、抱き合い続けていた。
その日以来、蛍は積極的にアルベドの元へ行くようになった。
自分と同じ気持ちだと思われるアルベドが、その答えを見つける手助けをしたい。最初はそんな気持ちからでもあるが、自分で覚悟を決めて行った方が羞恥は比較的少ないと悟ったのもある。
時々、忙しくてアルベドの元へ行けない日もあり、その日の夜はアルベドから来るので心臓に悪い、と思っている。なのでできるだけ自分から行くことにしている。
けれど、それら以上に、自分の気持ちに戸惑うアルベドを放っておけない、という想いが大きいのもある。
「不思議だ」と言いながら、自分を抱きしめてくる彼を。
「…………」
思い出して赤面し、慌てて首を横に振って気持ちを切り替える。
騎士団のアルベドの部屋をノックして、挨拶を済ませて入室する。
「今日は早いね」
自分が来た時の彼の嬉しそうな顔は、見ていてこちらまで嬉しくなるし、お互いの時間がある時は、一緒に過ごすこともできる。
旅や研究、最近あった出来事や、お互いのことを話す時間。時には一緒に冒険したり、必要なものを買いに行ったり探しに行ったりもする。
それは蛍にとって、一番安らげる時間となった。
(…アルベドも、そうだと良いな)
自分の話を興味深そうに聞く彼の笑顔を見ながら、密かに願う。
協力を始めてから数十日が過ぎたある日の午後。
蛍はこの日の分の依頼を済ませると、アルベドの部屋へと向かった。
騎士団に入るとアルベドは部屋にいると聞き、ノックをしてみるが返事は無い。
「…いないのかな?」
確かめる為にそっと扉を開けて中を見ると、椅子に座っているアルベドの背中を見つけた。
彼は何かを記録しているらしく、ノートにペンを走らせている。
「…………」
邪魔したらいけないだろうか、と声をかけることを躊躇していたが、同時に彼が熱心に何かを書いているのか気になり、そっと背後に立ちノートを覗きこんだ。
「二人きりが良い」「準備が必要」などの彼女からの言葉に反応あり。
花が咲く彼女、ガイアと話す彼女→似た認識。攻撃的な感覚。調査中
喜ぶ様子を見る、約束をする→高ぶる感覚、衝動的に協力を急ぐ
5日後辺りから彼女は積極的に協力に来るようになった。彼女の変化と心境→調査中
それによる自分の変化→調査中
問題が発生
「…!」
そこまで読んだところで、アルベドが振り返る。目を見開く彼は、蛍の姿を見て顔を赤くしたように見えた。
「こんにちは、気付かなくてすまなかったね。けれど人のノートを勝手に見るのは感心しないな」
少し早口で言うと、ノートを閉じて机の中に仕舞った。
(…あれ?もしかして…照れ、てる…?)
珍しいものを見た、とまじまじと見てしまうと、アルベドは困ったように眉を寄せた。
「…協力に、来てくれたのかな?」
「…え、あ、うん、そうだけど…。
ごめん、気になってノート見ちゃったけれど…。
……問題って、何……?
「…………」
訊ねると、彼は一度ノートを仕舞った所をちらりと見てから、少し悩むように間を置いてから答える。
「……約束していた協力だけれど…1日1回では足りないと思うようになってしまってね」
「……!?」
その言葉に、今度は蛍が赤くなった。
「キミの都合もあるし、キミの立場なら数日か、数週間に一度が良いのではないかと考えてもいる。それなのに」
アルベドは立ち上がると、蛍の正面に立ち、手を伸ばして頰に触れる。
「キミに、もっと触れたいと願ってしまう」
切なそうに眉を寄せて、告白した。
蛍はアルベドをじっと見つめて、口を開いた。
「……答え、分かったの?」
問いかける。
すると、彼は、頷いて。
「きっと、僕は初めからそう思っていた。
気付かなかった。そう思うべき存在が現れるなんて、考えもしなかったから。
現れたとしても、自分がそう思うことは無いと、僕にはそういう性質は備わっていないと思っていた。
…けれど」
けれど。
彼は変わった。
蛍と一緒に過ごすことによって。
自分は化け物だと言っていた彼は、化け物らしからぬ、人の本能とも呼べるものを手に入れた。
「蛍。キミが好きだ」
真っ直ぐに見つめて告げるアルベドに、蛍は目を細める。添えられた手に自分の手を重ねて、彼に一歩近付いて。
「…ん」
彼の唇に、自分のを重ねた。
今度は蛍が目を閉じて、アルベドは目を見開いていた。
最初とは逆だと、感じる視線からそう思いながら、ゆっくりと離れる。
「…私も、アルベドが好きだよ」
ぽかんとした顔をする彼を見つめながら、囁くように告白した。
「………どうして、してくれたのかな?」
照れたように微笑みながら、アルベドはぽつりと訊ねる。
「アルベドが答えに辿り着いたら、私の気持ちと一緒に…私からしようと思ってたから」
同じ気持ちだと、察してはいた。
けれど、彼はそれを蛍から言うよりも、自分で答えに辿り着きたい性格だと思ったこととと、万が一自分の勘違いだったらという僅かな不安から、言い出さずにいた。言い出せずにいた。
だからこそ、同じ気持ちだとハッキリと知った今、キスして、告白した。
「…困ったな」
「?」
アルベドはぽつりと呟くと、蛍の手を取る。
「1日1度じゃ足りないと言ったけれど、約束の100回でも足りない」
「!?」
手の甲にキスして、上目遣いで訊ねる。
「駄目かな?」
「…い、1日で100回以上、じゃ、ないよね…?」
「ああ、そこは安心していい。そんなにしてしまったらキミが持たないと思うし、それに…また問題が増えてしまった」
「問題?」
うん、と頷いて、取った手を繋ぎ直す。指を絡めて、細くても柔らかく、あたたかい指の感触を確かめるように。
「こんな風にもだけれど…もっと沢山キミに触れたいと思うし、さっきしてくれた時のように、キミからもキスして欲しいと思うようになった。
…キミに触れることを、キミに願うことを、望んでも良いのかな?」
その問いかけに…もしかしたら彼は答えにすぐ辿り着いてはいたけれど、本当にそうなのかを確かめるだけではなく、蛍の想いも確かめていたのかもしれない。
協力してくれる理由が、アルベドと同じ「相手を好き」だという理由なのかどうか。
蛍はアルベドから自分の正体を明かされた時から惹かれていた。蛍だけに打ち明けたと、告げられた時から。
そして、一緒に過ごして、最初は冷たさすら感じる彼が、段々と柔らかく優しく変わっていき、必ず守ると約束してくれた。
彼と時々でも一緒に過ごすことが出来ればそれで良い。そう思っていたが、思わせぶりな発言や行動、自分にだけ見せる姿に戸惑い、惹かれ、想いは強くなっていく。
それらの想いを経験しているからこそ、アルベドが戸惑っている時に「私と同じだ」と思ったのだった。
「…うん。私も、同じ気持ちだから」
絡めた指を蛍からも絡ませる。
「だから、触れるのも願うのも、私も嬉しいから、大丈夫だよ」
照れながらも、不安そうな彼を励ますように続けてみる。
すると彼は表情を和らげて。
「…それなら、もっと触れてもいい?」
その言葉に頷くと、蛍の手を引き、抱きしめる。
照れながらも身を寄せる彼女の耳元で。
「…協力、してくれるんだね?」
低く囁く。
不意にぞくりとしたものを感じてアルベドの顔を見ると、艶めいた表情で、狙うような瞳を向けてくる。
「僕がキミに何を言ったら、何をしたら、どんな風に触れたら…キミはどうするのか、どんな反応をするのか、興味があるんだ」
「……え」
抱きしめる腕に、力がこもる。
逃がさない、と言わんばかりに。
「それに、キミはどうされるのが好きなのか。
どうされるのが嫌なのか。
キミに嫌われたくないから、是非とも教えて欲しい」
真っ赤になって固まる蛍の顔をじっと見つめながら、再度問いかけをする。
「協力、してくれるよね?」
彼女が何と答えるか、確信しての問いかけを。
彼女の髪に、頰に、瞼に、唇に触れながら、アルベドは彼女から花のような香りを感じ、くらりとした感覚を覚える。
初めてキスした日、蛍が気にかけた花の種。
あれはアルベドが創り出したものだ。
彼女をイメージして創り、咲かせてみると、虹色に輝いてすぐに散っていった。
…複数の元素を操り輝く彼女は、いずれこの世界を去る…
そんな認識が、あのように咲いてすぐに消えていく花を生み出したのだろう。
そんな花に見惚れる彼女の視線を独占したいという想い。
そんな花のように消えてしまわないように引き留めるように口付けた。
彼女に触れている今ならハッキリと、自分の行動の理由が分かった。
(…そうだ)
今度は消えない花を創ろう。
彼女が自分の前から、消えてしまわないように。
「…アルベド…」
熱に浮かされた表情で自分の名を呼ぶ彼女に微笑みながら、密かに決意した。
おまけ。
アルベドのノートこんな感じ↓に書いてたけど、彼はもっと簡潔に書く気がしてボツにしたやつです。ノート(記録)というより日記じゃんと後になって気付いた。てへ。
彼女に「二人きりが良い」と言われて高揚し、僕もそうしたいと思い、焦るように部屋へ向かう。
キスするとその焦るような感覚は消え、離れると物足りなさを感じてしまう。何が足りないのだろうか?足りないものとは、一体何だろう?
魚が釣れて喜ぶ蛍をずっと見ていたい気持ちもあれば、そんな蛍にキスしたいという気持ちも生まれた。彼女の笑顔は、何かを芽生えさせると改めて認識した。
層岩巨淵を案内すると約束し、キスした。照れる蛍に、段々何かが高ぶって行くのを感じた。同時に熱の上昇を確認。
揶揄って照れる蛍は何度でも見たい。けれど嫌われてしまったら落ち込むから、ちゃんと蛍の希望通りにしようと思った。30秒ほど待てば良いらしい。準備について後で話し合おう。
ガイアと一緒にいることに攻撃的なものを感じた。それは誰に対してなのか、どうしてそう感じるのか、検証すべき事柄である。…なのに僕は、検証したくないと思っている。検証するよりも、蛍を抱きしめていたいと思っている。これではいけない筈なのに。
おまけのおまけ。ガイアとパイモン。アルベドに蛍が連れて行かれた後の会話。
「…ところで、あの二人はいつもあんな感じなのか?」
「そうだぞ。さっさと付き合えばいいのに面倒くさいよなー」
「おや、気付いていたのか」
「気付かない方がおかしいだろ!オイラが何回気を遣って隠れてるか、あいつら全っ然気にしないんだ!」
「文字通り二人の世界ってやつだな」
「それな!
まぁ、こうして沢山ご飯食べれるなら許してやろう。どーせ二人で食べてんだろうし!」
「…食われてるのは蛍の方な気がするけどな」
「ん?何か言ったか?」
「いや、何でも。いつもお疲れさん。漁師トーストでも食うか?」
「ガイア…お前良い奴だな…!」
おまけのおまけのまたおまけ。読まなくて良いやつだけど私は楽しかった←
よく分からないアルベドとガイアの会話。ギャグ。
「先日はすまなかったね」
「ん?いや、気にしてないさ」
「それなら良かった。彼女がキミに興味を持つはずがないと分かっているのに、焦ってしまった」
「おいおい、そっちかよ」
「彼女が興味を持つものを僕は把握している。ガイアに興味を持つ筈が無いことも」
「自分の興味と混同してないか?」
「ああ、けれど彼女を騎士団の訓練の為とは言え、見世物のようにするのは駄目だ。それに、前にも言ったけれど彼女は僕の助手だからどうしても彼女の手が必要というなら僕を通して欲しい。許可しないから」
「突っ込み所満載なんだが、自覚はあるか?」
「それだけ伝えておこうと思って、お邪魔したね」
「本当にお邪魔だったな…」