目に入る生き物を回復しながら森や街を渡り歩いてた逸くん(原型)は、ある街の病院で急患で担ぎ込まれた少年を見つけるんですね。その子は獣に襲われたのかってくらい重傷で手足がもげたりもしてる。痛々しい姿にそっと回復を施す逸くんは、これで明日にはまた元気になるだろうってその場を去るんですけど、後日その病院を覗くとその子がまだ入院してるんですね。
なんで?ちゃんと回復で怪我は治ったはずなのに…って愕然とする逸くんはその子が眠る病室にそっと入って触れてみるけど異常がわからない。数日様子を見るけどその子は一度も目覚めない。怪我は治ってるし手足もついてる。でも触れてみても何の反応もないし起きる様子もない。自分の回復が不完全だったのか、原因がわからなくて怖くなってくる。
ところで、この病院は妖精の起こした事件(即座に解決できなかったもの)に巻き込まれた人間が運ばれる病院なので、職員は全て館の関係者です。
病室を訪れる医者や看護師の話をこっそり聞いていると、体に異常はないのに意識が戻らないらしい(植物人間的な)。加えて、その子は片親が食人の妖精で、人間だったもう一人の親は食べられてしまいその子も食べられかけていたこと、食人の妖精は逃亡中のため、たとえ目覚めても身寄りがないことを知る。
自分の回復でも治せないものがあることに驚きながらも、その子の境遇を気の毒に思う逸くん。親がどういうものなのか妖精の自分にはわからないけど、集団で生きる人間が一人になるのはきっとつらいことなんだろうなって、大変な目にあったんだねってその子の病室を毎日訪れるようになる。
目覚めることはないけど、話しかけたり頬に触れたりすると、ほんの少しだけ表情が和らいだ気がする時もあって、きっと無駄なことじゃないよねって。どんな顔で笑うのか、どんな声で話すのか知りたい。ほぼ一方通行のやりとりだけど、いつか君の口から君の話を聞かせてねって思いながら話しかける。
でもある日いつものように病室に行くとその子がいなくて、退院したのかな?って会えなかったことを残念に思ってると、通りかかった看護師の会話を聞いてしまう。昨晩、親である食人の妖精が病院に忍び込んだこと、その妖精は捕まったものの、その子はすでに食べられた後だったこと。
ショックで頭が真っ白になって、結局自分はあの子を助けられなかったんだってその子のいないベッドで涙を流す逸くん。
しばらく泣いた後、気配を感じて振り向くと人型をした妖精が立ってる。まぁ冠さんなんですけど。「彼に回復を施していたのはあなたですね」って。意図を測りかねて黙ったままの逸くんに構わず、「彼のことは残念でした。でもよくあることです。あまり気を落とさないよう」と続ける妖精の言い方にカチンとくる。よくあること?何もしていない人間が妖精に食べられることがよくあることなんですか?
「だって自然界は弱肉強食でしょう?弱い生き物は強い生き物の餌になる。あなたが森で見てきたであろう、動物が他の動物を食べる行為と何も変わりません」。
確かに、森では回復して仲良くなった動物が他の動物に食べられることもよくあることだった。そう考えると、あの子が妖精に食べられたことも普通のことなのかもしれない。
納得がいかなくて、でも今回のことを特別視してしまう理由もわからず戸惑う逸くんを見て、「納得がいかないでしょう?私もです」と先程より柔らかい声で投げられる。
「生きるために食べるのは、一部の生き物にとって当然のことです。食人の妖精も人間を食べなければ生きられないのですから、それを否定することはできません。それがわかっているのに、あなたも納得できないのでしょう?」。
「"妖精会館"をというところを知っていますか?弱い妖精を保護し、掟に従わない妖精を取り締まることもあります。目指すところは妖精と人間の共生ですが、その中には食人妖精も含まれています」
「実は、私はあなたをスカウトに来たんです。あなたの回復の力は貴重で有用だ。今回の事件、私達が駆けつけた時にはまだあの少年に意識はありました。その場で回復ができれば、彼が植物人間状態になることはなかったでしょう。無抵抗なまま誰にも気付かれず食べられることもなかったかもしれません」
「妖精の中でも、人間との共生を望む者、拒む者、関心がない者、様々な考え方の妖精がいます。一方的に考えを押し付けるつもりはありませんが、あなたは人間と妖精のそれぞれの生き方を肯定しつつも、そのあり方にひっかかりを覚えている。我々妖精会館にとって大切なのは、そのひっかかりです」
「妖精と人間がバランスを保ちながらそれぞれの生き方を尊重するにはどうすれば良いのか、我々もまだ明確な答えを持っているわけではありません。ですが、極めて生と死に近い"回復"という力を持つあなたにしか見えないものを共有してもらえるなら、何か新しい道が拓けるかもしれません。我々が何をするべきなのか、一緒に考えていただけませんか?」
彼のような存在を増やさないためにも、と続けられる。
目の前の妖精が言っていることが本当かはわからない。でも、本当なら、気にならないと言えば嘘になる。
「迷うのも当然です。突然のことですから。まずは、妖精会館がどんなところかあなたに知ってもらいたい。人型にはなれますか?"妖精"会館ではあるんですが、どうも利便性を重視してか人型で生活する者が多くて…その姿だと少し目立ちそうです」
人型になったことがありません。
「何でも良いんですよ。動かしたい体を想像してみてください」って言われて少し悩んだ後、自分の力では動かせるようにしてあげられなかったあの少年の姿に変わる逸くん…みたいな。
どんな風に成長するはずだったのか想像できなくて、館に入って執行人になってからもずっとあの時の少年の見た目でいる逸くん、というお話でした。
以下細々したもの。
この病院の職員は館の関係者ばかりで、冠さんも根回ししたので、逸がもげた手足回復しても騒ぎにはなりませんでした。
通常は、「入院→人間による治療or妖精による回復→記憶の処理→退院」みたいな。
ふわっと読んでいただきたいんですが、弊霊域の冠さんは念磁の応用で脳波にも干渉できるので、本当は植物状態の少年を覚醒させることもできました(逸の回復は細胞の再生だけ)。
食人の妖精を誘き寄せるのと、逸くんの反応を見るためにわざと手を出さなかった感じです。
その後執行人になった逸くんは冠さんの念磁がそんな風に応用できることも知るので、「じゃああの時、あの子を助けることもできたじゃないですか!」って詰め寄って一時人間(妖精)不審になったり…。
あと食人妖精が実はネパさんで、館で少年の姿の逸に会って「む、息子…?!」ってなったら面白いなと思います。