ラーの鏡がばらばらに砕け散り、飛んだ破片が陽の光に反射する。その光に目が眩み、王女達は目を瞑った。その一瞬の間に、2人の目の前にいた泥だらけの子犬はあどけなさを残す少女の姿に戻っていた。
ムーンブルク第一王女。ハーゴン率いる邪教の軍団により陥落したムーンブルク王国の数少ない生き残り。ロトの血筋が一滴。王女は信じられないといった様子でぱちりと目を瞬かせた。
王子達もまた、少女の姿を見て驚きを隠せなかった。それは彼女が犬に姿を変えられていたから、というだけではない。彼らはその時初めて王女と相対したのだった。
「王女様、お会いできて光栄です」恭しく頭を下げるローレシア王子に、ムーンブルク王女は微笑む。「そのように畏まらずともよいのです。我々は聖なるロトの血を分けた家族ではないですか」
王女と合流したのち、3人はムーンペタの宿屋で暫し休憩をとることにした。ロトの血族が揃った今、改めて打倒ハーゴンのための作戦を練る必要が出てきたからだ。
「しかし、僕達は貴女の事を見たことがなくとも、その存在を幼い頃から聞かされて育ってきました」サマルトリアの王子が王女に話しかける。
「僕達ロト三国はそれぞれロトの血を象徴する存在として栄えてきました。その中でもムーンブルクはロトだけでなく創造神ルビスをも受け継ぐ存在として、三国の主柱となっていたと」
サマルトリアの王子が言う通り、ロト三国は勇者ロトの肉体、知識、そして魂を象ったものとして考えられていた。中でもムーンブルク王国は、特に魂を象徴する国であった。勇者ロトと契約を交わしたとされる創造神ルビス…ロト伝説においてしばしばルビスと混同され、地母神として崇められる王女ローラ。彼女達に次ぐ、ロトとルビスを繋ぐ存在としての『王女』を、ムーンブルクでは代々宗教的リーダーとして継承してきたのだった。
「恐らくハーゴンは、宗教国家でもあるムーンブルクを陥すことで世界に混乱を生じさせるのが目的でしょう」サマルトリアの王子が分析する。そこで王子はハッとして、王女に謝罪の言葉を述べる。
「申し訳ございません。まだ傷も癒えぬ内にこのような話題を…」
「よいのです、サマルトリア第三王子」凛としながらも柔らかい声色で、ムーンブルクの王女は返す。その声には国を滅ぼされ、肉親を殺されたことに対する憎悪も恐怖も含まれてはいなかった。透明で透き通るような声だった。
「我が国が狙われたのは、地理的にロンダルキアとムーンブルクが近かったことと…貴方が言う通り、ルビス教信者の心を揺さぶる目的もあったのでしょう」
「はい、予想通り、ムーンブルク陥落と同時期にハーゴン教団信者の増加や紛争が多発しています」
「そうですか…しかし、ここでわたくしが身分を明かし、国民の立て直しをするよりもわたくしの命が再び狙われる危険性の方が高いでしょう…」
ローレシアの王子は王女に話しかける。
「…ハーゴンは破壊の神を信仰し、自らも神と一体になろうとしています。王女がそう育てられてきた様に、ハーゴンもまたそう成ろうとするように俺は思うのです」
「ええ、そうでしょう。なぜなら彼も私と同じ存在だからです」ムーンブルクの王女の言葉に、サマルトリアの王子は驚愕する。
「それは、ハーゴンがムーンブルク国において神に連なる者だったということですか」王女はゆっくりと首を振った。
「それだけではありません。彼はわたくしと最も近い存在…ムーンブルク…いえ、ムーンブルク・ロンダルキア連邦内で唯一の男性の神官であり、わたくしの叔父でもあった方です」