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処分の前に望みはあるかと問えば、行きたい場所があると聖職者は言った。
拘束の類いは付けなかった。逃げたとしても捕まえる自信があるからではあったが、予想に反して聖職者にその気はないようだった。
市街から離れた場所の礼拝堂、目的地かと思っていたそこを通りすぎる。坂を歩いて下ってゆくにつれ、街頭の数は減り、あたりは暗くなってゆく。
「この先かァ? 地下じゃねえよ。市街のやつらが上段に森を造ったせいさ。物を落とせば下まで落ちるが、上からゴミは見えねぇワケ」
一番暗い場所にあるのが墓地なのだと、聖職者は言った。
「気が付いたら墓地になってた、ってのが正しいとこだなァ。しょっちゅう人間も落ちてくる」
まだ使えるものを捨てるのは褒められた行いではないが、それで暮らせている者もいるのだろう。
やがて道は明りが無ければ困るほどの暗さになり、道すがら、既知らしき相手から聖職者がランタンを借り受ける。返す約束はしなかった。
常闇のファンタスマゴリーといえど、ここまで常に暗い場所は少ない。やがて前方で動くものの気配がして、思わず身構えたが、聖職者が軽く手を上げて制す。
「はぁ………また勝手に入ったのかァ?」
「アルだ~!」
「ごめんなさーい!」
聞こえてきたのは高い子供の声だった。言葉だけの謝罪に、聖職者が再度ため息をつく。カンテラをかざして広がった明るさに、子供が二人。
「どこいってたのー」
「怖い大人にこき使われてなァ」
「アルよわっちいもんな!」
「シメるぞガキ」
きゃらきゃらと笑いながらまとわりつくこどもたち。小脇に抱えられた少年もけらけらと笑っている。
「そら、蝋燭なくなる前に帰れよ」
「はあい。またね!」
「もう来んな」
子供たちと聖職者のやりとりを聞きながら先ほど子供がいた場所を見ると、他より小さな石が置いてあった。その前に花と木の枝が置かれている。
またね、と彼らが手を振ったのは聖職者にではない。この石に……おそらくは、彼らの友人に対してだ。
「望んだ場所はここか?」
「あァ。だがまぁ、誰も来ないわけでもないなら、わざわざ来なくてもよかったかね……」
聖職者はカンテラを地面に置き、両の指を組む。祈りのかたちに。光のささない墓地を、カンテラの灯りだけが照らしている。ただただ静謐なだけの無音の祈り。神などいないファンタスマゴリーで、果たしてこの男は何へ祈っているのだろう。
「子供を売り物にしてた母親も、女を薬漬けにしてたクソ野郎も、パンの一片も食えずに冬空に追い出されたガキも、あの学者に言わせりゃみんな魂の重さは一緒だとさ」
独り言のような呟きだった。
聖職者は、芝居がかった仕草で両手を広げて振り返る。
「よかったなァ王さま、アンタの大事なファンタスマゴリーの住人の価値は皆等しいってよ? 等しく価値があるんなら、等しく救うべきだろ」
「貴様は」
「そういう神様がいてほしかったから、造ろうとしたんだが、どこかの誰かさんが邪魔してくれたんだよなァ」
「……」
「バカみてぇな質問はナシにしてくれよ。欲しかったから造ろうとしたんだ。完璧な神様を」
「神など造れるものではない」
「あんたらにはそれで済むんだろうなァ。だが俺は金も地位も力もろくに持ち合わせちゃいなくてね、神頼みぐらいしかもうなかったのさ」
「……抒情酌量の要求か?」
「ハハッ、まさか」
聖職者はひらひらと手を振る。
「ファンタスマゴリーの秩序を保つなら、真面目に生きてる住人を見捨てたりしねぇよなァ? いるかどうかもわからねぇならともかく、その目で見た以上は」
思わず眉をひそめた。それが目的か。私に彼らを、上からでは見えない者を認識させるために、ここまで。それが信仰によるものだとするのなら、やはり私には到底理解できない。
「そのくらいの甲斐性は、見せてくれるだろ?」
聖職者はなんのてらいもなく言った。信がおけるとは全く思えない人を食った笑み、芝居がかった仕草と口調、不審、胡散臭いといえばそれまでの、アルフレッドという男のそれを変えぬまま。
だが──
罪人の身で命乞いも釈明もひとつもなく、王に責務を突きつける揺るがぬ眼、それだけは。確かに信じるに値すると、私は感じたのだ。たとえその底に燃えているものが、狂気に似た信仰であったとしても。