fictionリップクリームを薄く塗った、くちびる色の後悔があった。ついぞ触れられなかったそこはきっと、秋口のコスモスよりもずっと柔らかくて、少し乾燥していたのだろう。例えば、#FFC9D2のような色。
いつしか手垢で汚れたそれは、鈍い#FFD800へと転じていった。アンブロイドに似て鈍い光沢を放ち、モース硬度2ほどの硬さを有する、意思にして意志ならざる、不朽のもの。古くに生み出され今なお残る、可燃性の、喉から落ちて胸の辺りにごとりと凝った拳大の。
違いと言えば木の樹脂から成るか、あの時切り裂かれた少年の胸の組織液から成るかの些細なものである。仮想の透明な液体は皮膚をつたって、肉に染みて、その奥にあったやはらかな恋情を頑なにした。してしまった。そして、それは三回忌を超えた今尚九井一の体内に残り続けている。
九井一は秋口が嫌いだ。誰に言う訳でもないし、誰に悟られる訳でもない。乾青宗は薄ら勘づいているだろうが、何も言わないならそれが答えだと言うことだ。
つきりと痛む頭に小さくうめき、指先で痛み止めを手繰り寄せてふたつ飲み込む。ワンシート、一週間は保つだろうか。頭蓋の中身が捻くられるような、目眩を伴った強い不快感を湿度の失せた秋風が攫っていく。づきり、鈍痛。
「っ、……。……、フー……」
早く収まれ、いいや、忘れてはならない。忘れてなるものか。この痛みを、この寂寞を。己のエゴ一つで戒めの鎖としているその思考こそが愚かしくも呪わしい。否、否、これは断じて否定的なものではない。九井一が"九井一"であるための。基本的なものなのだ。
秋口が嫌いだ。秋風が嫌いだ。合服が嫌いだ。乾燥注意報が嫌いだ。田舎の、枯れ草をドラム缶で焼く臭いが嫌いだ。肉を焦がした臭いが嫌いだ。自分が少しだけ嫌いだ。約束が嫌いだ。——だって、嫌っていない自分を愛せそうにも、いや。認められそうにもなかったのだ。
不変のものが好きだ。元素番号79のAuと等価の価値が好きだ。ビジネスが好きだ。——だって、全ては金で解決するのだから。
人間はどこまで突き詰めたって人間だ。神のようにはなれど神にはなれず、結局の所精神と肉体はずぶずぶの共依存関係にあり、私欲は捨てられず、お綺麗な言葉の裏には欲望が裏打ちされていて、完璧な善人も、完璧な悪人だって存在しない。平等に、酷く不平等に死ぬし、生きているし、口さがなくものを言う。いくら嫌悪排斥切除すれど皆人間。九井一だってそうだった。かくあれと親に押し付けられていた輝かしい理想像も、己が一瞬とて酔った悪の姿も、その全てが