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    もめんどーふ

    @momendofu_nico
    好きなことを描く/書くを目標にやっていきたい
    見てくださる、読んでくださる方全てに感謝を🙇

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    もめんどーふ

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    キメ学ぎゆさね
    とある目的でさねをいろんな所へ連れていくぎゆのはなし
    勝手に記念日扱いしてるけど、気にしない気にしない

    #ぎゆさね
    teethingRing

    ローダンセそれは、先週の金曜のことだった。
    「不死川。次の土曜は、暇か?」
    夕食の最中、その男はいきなり切り出した。今まさに生姜焼きを抓もうとした手を、止める。顔を上げると、いつもの涼しい顔が俺をじっと見つめていた。
    「別に、何もねェけど……どうした?」
    「少し、出掛けないか」
    相変わらず食べかすだらけの口周りを拭きながら、冨岡に問う。お互いもう慣れたもので、俺がティッシュを持って手を伸ばすと、冨岡の方から顔を近付けてくる。どちらの動きも笑えるくらい自然だ。
    一通り汚れを拭ったところで、冨岡は口を開く。聞けば、ドライブに行きたいらしい。
    「ドライブって……どこ行くんだァ?」
    冨岡からこういうことを言い出すのは珍しく、首を傾げる。冨岡は何を言うでもなく、カランとグラスを揺らしながら、小さく微笑んでいた。むふふ、という独特な笑いは、こいつがご機嫌であることを示している。
    今度の土曜は特に何もない。というか、そもそも一緒に住んでるんだから、お互いの予定なんてほぼ筒抜けだ。それでも確認してくるのは、確実に俺の予定を押さえておきたいから、なんだろう。
    仮に予定があっても、よほどのことでなければ冨岡を優先していることに、こいつは気付いているのかいないのか。冨岡が飲み干したグラスに茶を注ぎ、俺は生姜焼きを食べるのを再開した。
    俺は、この男――冨岡義勇と付き合っている。なんなら同棲もしているし、公的ではないが、結婚も……した。
    何故男と、何故冨岡と。説明すれば非常に長いことになるし、ここに至るまでにもそれはもう色々あった。それでも、なんだかんだ俺達は一緒にいる。恥ずかしくて本人には言えたもんじゃないが、俺はこいつが好きだし、これからも一緒にいたいと思ってる。そして、多分あいつも、そう思ってくれてると信じてる。
    冨岡は、最初に出会った頃から何も変わらない。見た目はイケメンなのに、天然で、ドジで、弟っぽい。会話もたまに通じないし、振り回されることもしょっちゅうだ。だけど、それも正直嫌いじゃない。これが惚れた弱みって奴なんだろう。
    今回は、一体何を計画しているのか。いずれにしても断る理由はない。
    承諾の意を込めて頷くと、冨岡はまた、嬉しそうに微笑んだ。

    *****

    「不死川、行こう」
    「ああ」
    ちゃり、と靴箱の上にある鍵を手渡す。車を回してくる、と冨岡は一足先に玄関を潜っていった。俺も忘れ物はないか、電気の消し忘れがないかを確認し、鍵を閉める。
    廊下に立つと、十二月の風がひゅっと通り抜けた。肩を竦めつつ、エレベーターへ向かう。寒くはあるが、今日は日射しもよく、絶好のお出かけ日和だ。晴れてよかった、そう思いながらエレベーターのボタンを押した。
    エントランスを出ると、冨岡は既にロータリーに車をつけていた。わざわざ車から降りて、助手席のドアを開ける。妙に恭しい仕草に、つい笑ってしまう。こいつは昔からそう。よく分からないところで紳士的だ。
    シートベルトを締めたところで、冨岡がアクセルを踏む。車がゆっくりと動き始め、俺達のドライブが始まった。路地を抜け、大きな道路へ。普段は自転車通勤だから、この感じは久し振りだ。
    「今日はどこに連れてってくれるんだァ?」
    当日になった今も、まだ行き先を聞いてない。冨岡はわざとぼかしているように見えたから、あえて俺も言及していなかった。
    「すぐに分かると思う」
    前を向いたまま、冨岡が言う。表情は変わらないけど、どこか楽しそうだ。
    行き先が分からないドライブ。普通なら気味が悪いだろうが、冨岡ならきっと大丈夫だろう。そんな確信がある。ドキドキ半分、ワクワク半分。そんな思いを抱きつつ、俺は行き先を委ねた。
    順調に車は進む。今は有料道路を走っているところだ。何てことない話を挟みつつ、流れていく景色に目を向ける。冨岡の運転は急発進、急停車なんて全くない、お手本みたいな安全運転だ。助手席に座っていても全然疲れない。
    運転する冨岡をこの席から眺めるのが、密かに好きだったりする。自覚したのは付き合ってからだけど、今思えば、付き合う前からそこをキープしていたような気がする。ガイドするという名目で、世話を焼いて。宇髄や伊黒と乗り合いで行く時なんかは、すっかりお決まりの席順になっていた。
    スッとした横顔、ミラーを見る流し目、すらっとした手がハンドルを回す様。全てがかっこいい。なんて。本人に言いはしないけど。
    「不死川、疲れてないか?」
    「大丈夫だ。ほら、茶ァ飲め」
    「ありがとう」
    運転してるのは自分の方なのに、冨岡はいつもこんな調子だ。自分のことを優先しろと言っても「それはこっちの台詞だ」と言って聞かない。仕方がないから、お言葉に甘える。ペットボトルの口を開けて手渡すと、ふっと冨岡の口角が上がった。
    暫く車を走らせている内に、段々と景色が変わってくる。街中に比べ、随分のどかになってきた。この風景には見覚えがある。ふわっとした感覚が、車が進むごとに、徐々に確信へと変わっていく。
    「お待たせ。着いたぞ」
    懐かしい。そう口にする前に、冨岡の声がした。ゆっくりと停車し、地面に下りる。ぐっと伸びをしていると、「ここ、分かるだろ?」と、冨岡が笑った。
    分からないはずがない。ここは……俺達が通った高校。俺達が初めて出会った場所だ。大学に入って以降来ることはなかった場所に、まさか今日訪れることになろうとは。
    早速俺達は建物に沿って歩き出した。当時は広かった校舎が、大人になってみると随分こぢんまりとして見える。時の流れとは不思議なものだ。
    校舎はあの時より古臭くはなってるけど、記憶のままだった。ただっぴろい運動場に、高校にしては立派な体育館、教室に沿って並ぶ銀杏の木。景色とともに、様々な記憶が流れてくる。
    「懐かしいな」
    「そうだな」
    ぽつぽつと話しながら、アスファルトの道を進む。冨岡も当時を思い出しているのか、表情が柔らかい。
    冨岡との出会い。あいつは転校生としてやってきた。こんな綺麗な男がいるんだと、当時本当に驚いたっけ。けど、実際話してみたら、すごく素朴な奴だった。意外とおっちょこちょいで、実家の弟みたいに危なっかしい。こいつ大丈夫かと思いつつも、可愛いなと思った記憶がある。
    そのせいなのか、はたまた長男の性なのか、ついつい世話を焼いてしまった。あいつの嬉しそうな顔を見ると、俺まで嬉しくなった。いつからか同じ教師を志していて、一緒に受験勉強もした。合格したのは嬉しかったけど、冨岡とお別れするのは寂しかったなァ。
    「……不死川?」
    「ん?すまねェ。ぼーっとしてた」
    どうやら知らない内に耽っていたらしい。心配そうにする冨岡に、何でもないと笑いかける。気付けば一周していた校舎を見上げ、冨岡に目を向ける。にこりと顔を見合わせて、その場を後にした。
    そのままの足で向かったのは、ある定食屋だ。多分今もそうだろう、学生の部活帰りの定番スポット。学校からほど近い場所にあり、値段も安く、何より量が多い。食べ盛りの高校生にとってはありがたい場所だった。
    「まだあったんだ、懐かしいな」
    当時よりもさらに年季が入った店は、変わらぬ佇まいで俺達を出迎えてくれる。ラーメンとチャーハンに、餃子と唐揚げのセット。あの頃はぺろりと平らげていたメニューが、今は少し重い。色んな意味で時の流れを実感した。
    比較的店内は空いていて、すぐに料理が出てきた。ずるずると熱い麺を啜る。強すぎるくらいの塩気や癖のある茶の匂い。すべてが懐かしい。
    ほんわかしながら食事を進めていると、不意に、冨岡が口を開いた。
    「俺、実はあの頃からお前が好きだった」
    「…………は、マジで?」
    ずず。目を見張る俺を尻目に、冨岡は付け合わせのスープを飲む。それから顔を上げ、こくりと嚥下した後、ひとつ頷いた。
    「全っ然気付かなかったわァ……」
    「一生懸命隠してたからな。男同士だし」
    もそもそと食事を続けながら、会話のボールを投げ合う。冨岡は天気の話でもしているような口調だったが、初めて耳にする情報に俺は前のめりだった。
    「じゃあ、なんで学園であんなにアプローチしてきた訳?」
    「……願掛けしてたから。教師になって、もしまた不死川と会えて、その時もまだ不死川のこと好きだったら、その時はって」
    その時を振り返っているんだろうか、冨岡の顔はとても優しい。「そっか」なんて素っ気なく返事をしたけど、その表情に胸がきゅっとした。
    こいつは、見事有言実行を果たした訳だ。そんなに前から思われていたなんて、全然知らなかった。驚くやら嬉しいやら、なんだかむずがゆい。
    食べかすだらけの笑顔が、すごく綺麗に見えた。

    *****

    「次はどこ行くんだァ?」
    昼食を終え、また俺達は車に乗り込んだ。むわっとする車内を換気しつつ、冨岡に問い掛ける。冨岡は、柔く口角を上げ「すぐ分かると思う」とさっきと同じ返事をした。相変わらず勿体ぶっていたけど、楽しいからそのままにしておく。
    これまでと変わらず穏やかな運転で、車は進む。規則的な振動が心地よくて、次第にぼーっとしてくる。人が運転してるのに隣で寝るなんて、とは思うけど、ともすれば目蓋が重力に負けてしまいそうになる。
    「少しかかるから、寝てていいぞ」
    ぼんやりとした思考を撫でるように、低く優しい声が流れてくる。ほっとする、大好きな声だ。それに誘われるように、俺の意識が夢の世界へと向かっていく。途切れる意識の片隅で、ふっと微笑む声がした。

    (……………潮のにおい)
    それからどれくらい経ったのか。引っ張り上げられるようにして、意識が浮上する。ゆっくりと目を開けると、冨岡が俺に向かって手を伸ばしていた。
    「おはよう。ちょうど起こそうと思ってた。着いたぞ」
    「ん……」
    目を擦りながら、冨岡を追って車を降りる。ここはどこだろうと思案していたが、柔らかい芝生を踏み締めてすぐに、頭がはっきりした。
    整備された舗装路に、木の柵。その向こうには、果てしない大空と、海が広がっている。
    海風に煽られ、顔に張り付く髪を払っていると、冨岡がくるりと振り向いた。問い掛けるような顔に、にっと笑って応える。
    ここは、俺達が付き合い始めた場所。冨岡に思いを告げられた公園だ。
    「これまた懐かしいとこに連れてきたなァ」
    「やっぱり、覚えててくれたんだな」
    「当たり前だろォ」
    冨岡は、隠すこと無く嬉しそうな顔をしていた。強めの風は冷たいけれど、それに負けじと冨岡に近付き、隣に立つ。
    同じ職場になってから、冨岡は俺にやたら絡んでくるようになった。記憶よりも大分アグレッシブなこいつに、当時はひどくたじろいでしまった。端的に言えば、引いた。
    そんな俺を気にせず、あいつは不死川、不死川と、何度も俺を呼ぶ。恥ずかしいから無視しても、めげることなく、ただ愚直に。その真っ直ぐさと、つい反応した時に見せるはにかみ顔は、高校の頃のままだった。
    その時の懐かしさもあり、冨岡とは段々プライベートでも会うようになる。そうしてもう一緒にいて当たり前くらいになってきた頃、ここに連れてこられた。
    冨岡のお気に入りの場所。そこで、「好きだ」と言われた。少し緊張した面持ちで、それでも真っ直ぐ俺を見て、そう言った。
    俺は、何て応えたっけ。とにかく、胸がいっぱいになったことは覚えてる。俺はもうその頃にはとっくにこいつに惚れていて、そのことで色々葛藤していたから。
    男同士だ。子どもも出来ない。世間の目もある。男女と違って明確な証もない。あるのは本人達の気持ちだけ。今はまだしも、冨岡がいつか俺に愛想を尽かしたら。他の人……普通の女性を好きになったら。別れることになったら。
    考えれば考えるほどに押し潰され、冨岡を好きになったことすら後悔しそうになる。そんな臆病な俺を、あいつはいつも引っ張ってくれた。ずっと変わらぬ思いを向けてくれた。自分だって、不安だったろうに。
    俺は、冨岡のそういうところが。そういうところも。
    「……好きだなァ」
    「え?」
    柵にもたれて海を眺めていた冨岡が、勢いよくこっちを向いた。露骨に驚いた顔を、やんわりと見つめる。ふ、と息を漏らすと、冨岡も同じように口角を上げた。
    「俺は、あの頃よりももっと、不死川が好きだ」
    「……俺も」
    遠くで波打つ音が聞こえる。柵に乗ったしなやかな手に自分のものを重ね、冨岡と寄り添った。
    それから十分くらいして、すぐ後ろにあるベンチに腰掛ける。ぼーっと目の前の景色を眺めていると、冨岡が飲み物を買ってきてくれた。俺がよく飲んでるミルクたっぷりのカフェオレだ。今更恥ずかしいとは思わない。普段は隠していても、こいつの前ではいつもこうだから。
    「さんきゅ」
    熱めの缶を両手で包む。じんわりとした熱を手のひらで感じながら、プルタブを持ち上げた。

    *****

    冬ということもあり、日が暮れるのが早い。あっという間に太陽は沈み、周囲が暗闇に包まれる。
    冨岡は時計を見ると「あ」と小さく声を上げ、俺を車に促した。シートベルトを締め、また出発する。
    「次行く場所は分かるか?」
    前を向いたまま、冨岡は俺に問い掛けた。その声音に、なぞなぞを出して楽しそうにする、実家の弟が重なる。
    冨岡の意図はもう分かっている。今まで行ったのは最初に出会った場所、交際が始まった場所。だとすると、次は……。
    「あのレストラン、だろ?」
    「正解だ」
    くす。隣から笑う気配がした。それなら、着くまでにはもう少しかかるだろう。冨岡はまた「寝てていいぞ」と言ったが、眠気はない。窓の外では、街灯の明かりが右から左へ次々と流れていく。カーラジオは、季節柄クリスマスソングばかりだった。
    車内は静かだ。冨岡はもちろん、俺もそこまで多弁じゃない。さりげなく流れる音楽と、車の動く音、隣にいる冨岡の気配。それだけの空間が、すごく心地いい。ふ、と小さく口角を上げると、隣から「楽しそうだな」と声がかかる。お前もな、と思いはしたが、口には出さない。お互い見なくても分かるあたりに、共に過ごした月日を感じた。
    車は順調に進み、徐々に景色が都会の風景になってきた。ビルの明かりやイルミネーションが綺麗で、ひとりでにうきうきしてくる。クリスマスが近いということもあって、街中がキラキラしていた。
    少し渋滞に巻き込まれつつも、俺達は目的のレストランに到着した。品のいい扉を開くと、丁寧な挨拶を受ける。冨岡が何かを告げると、店員はにっこりと微笑み、席に案内してくれた。
    景色のいい窓際の席につく。高層階だから、車から見る景色とはまた違った綺麗さだ。冨岡も静かに窓の外に目を向けている。
    冨岡も含めたこの風景。見覚えがある。すぐ近くに豪華なピアノがあって、右手にキッチンが見えて、綺麗なテーブルクロスに覆われた机が規則的に並ぶ。ここでも冨岡の意図を感じて、笑みが零れる。多分この予想は当たっているだろう。それを確かめるべく、目の前の男に話しかけた。
    「前も同じ席だったなァ」
    「気付いてたんだな。そうしてほしいとお願いしたんだ」
    外を見ていた冨岡が、俺に視線を戻す。出された水を一口飲み、穏やかに微笑んだ。
    「随分こだわってんなァ」
    「こだわりもする、大事な日なんだから」
    俺の軽口にも、クソ真面目に返してくる。冨岡はつくづく凝り性だ。普段は「不死川に任せる」という感じなのに、こだわりたいことにはとことんこだわる。そのせいでたまに暴走するけど、それはご愛敬だ。
    『大事な日なんだから』。今から二年近く前。冨岡は、まさにこの場所で、今言ったことと一字一句違わず同じことを言った。
    その時の冨岡は、無表情なのにどこか緊張していた。それが伝わってきて、俺の背筋も勝手に伸びる。
    冨岡らしくない店に連れてくるなァ、とは思っていた。普段そんな豪華な店に行こうなんて、言ったことなかったのに。
    「……ここで、指輪くれたな。あん時はマジでビビったわ」
    「……心臓が飛び出そうだった。あんなに緊張したのは初めてかもしれない」
    当時を思い出しているのか、冨岡がくつくつと笑う。あの時の冨岡は傑作だった。そして俺も、冨岡に輪をかけてひどかった。
    『不死川。俺と…………結婚してくれないか』
    シンプルイズザベスト。そうとしか言い様がないくらいのプロポーズを、冨岡は口にした。ドラマでしか見たことなかったシチュエーションに、まさか自分が直面しようとは。俺が驚く傍らで、冨岡は懐から小さな箱を取り出し、ぱかりと開く。男でもつけられるくらいのシンプルな指輪が、ライトに照らされ光を放っていた。
    俺はと言うと、ぽかんとしていた。間抜けなことに、俺はその時まで気付かなかった。この店が、そう言う場所だってことも。冨岡が、この日に向けてずっと準備していたことも。
    冨岡の目が真っ直ぐに俺を見る。真剣な顔。真面目な顔。深い青の目が、ゆらゆらしながら俺の返事を待っていた。
    俺は、ぼーっと目の前の指輪を眺める。それが、みるみるぼやけていく。気付けば息が苦しくなって、目許が熱くなって、慌てて目頭を押さえた。
    「おめぇ……俺なんかに……馬鹿じゃねェの……」
    「馬鹿じゃない。……未熟な男だけど、絶対幸せにする。だから……お前のこれからを、俺にくれないか」
    照れもなく、冨岡はそんなことを言ってのけた。男相手に、何て殺し文句だ。お前なら、いくらでも言うあてはあるだろうに。もっと相応しい人も、いるだろうに。
    俺なんかでいいのか。そう思ったし、実際口にした。冨岡は「お前がいいんだ」と、迷いなく言い切る。とんでもない馬鹿だ。このとんでもない馬鹿のことが、愛しくてどうしようもなかった。
    「ありがとう……こちらこそ、よろしく……お願いします」
    自分でも声が震えていたのが分かる。その時にはもう泣いていた。鼻を啜り、手で涙を拭う。その間、冨岡は何も言わない。反応が気になり顔を上げ……そして、ぎょっとした。
    顔だけ見ればいつも通りだ。違うのは、その目から滝のように涙が流れていたこと。そうしている間に、目の前の澄まし顔がぐしゃぐしゃになっていく。「よかった……よかった……」。冨岡は顔を覆い、それしか言わなくなる。
    多分一部始終を見ていたであろう店員が、拭くものを持ってきてくれた。成人男性二人が年甲斐もなく泣きじゃくるなんて、レストラン側にとっては迷惑以外の何物でもないだろう。今となっては恥ずかしくて堪らないが、その時はそんなことどうでもよくなるくらい、幸せだった。
    ああ、愛しいな。こいつと一緒に幸せになりたいな。心からそう思った。
    そうして俺達は将来を誓い――一年前の今日、結婚式を挙げた。
    「不死川、覚えてたのか?今日が、結婚記念日だって」
    「……忘れる訳ねぇだろォ。予定聞かれた時点で記念日絡みだって思ってたし、あの公園行った辺りでおめぇの狙いにも気付いたわ。記念日に思い出の土地巡りたぁ、なかなか粋じゃねェか」
    「大事な日だからな、特別にしたかったんだ。ふふ、伝わって嬉しい……ありがとう」
    あの時は涙の味しかしなかった料理を、今日は味わって食べた。美味しい。当たり前だが、野菜一つとっても普段のスーパーとは大違いだ。冨岡は酒を勧めてきたが、聞くことなくソフトドリンクを注文する。冨岡が運転するのに飲みたくない。
    余談というか、プロポーズ後の席で知ったことだが、冨岡は俺に想いを告げるため、宇髄にいい店がないか聞いていたらしい。どうりで冨岡にしてはセンスのいい店を選んだなと思っていたが……。どうやらその時に真実をありのまま伝えたらしく、結果俺達の関係やそこに至る経緯まで、同僚達の知るところとなってしまった。
    後日出勤した際、色んな人に祝福される。何がなにやら分からず首を傾げる俺に「結婚式は呼んでくれよな~」と、宇髄は爆笑……もとい、満面の笑みを浮かべていた。
    全てを知った俺は、あまりの恥ずかしさに、のんびり出勤してきた冨岡へ蹴りをお見舞いすることになる。何故!と尻を擦る冨岡と、顔を真っ赤にする俺。恥ずかしいのに、すごく幸せだった。

    *****

    「料理、美味しかったな」
    「あァ、また行こうぜ」
    車から降り、てくてくと駐車場を歩く。エントランスで下りるよう言われたが、断った。何となく一緒に歩きたかったからだ。
    楽しいデートだった。酒も飲んでないのに、体がふわふわする。ぽつぽつと言葉を交わしていると、不意に冨岡が俺の方を向いた。
    「不死川」
    「なに?」
    「俺は……お前を幸せにできているか?」
    俺は何も言わず、冨岡の目をじっと見つめる。月明かりと街灯で、綺麗な顔に影が差す。なんともありませんという顔をしているが、青の目は不安そうに揺れていた。
    はあ。つい溜め息が漏れてしまう。ここまでしておいて、そこ不安になんのかよ。誰が、好きでもない奴とこんなに一緒にいて、泣いたり笑ったりするんだよ。
    ぐいっとコートを引っ張り、顔を引き寄せる。え、と小さく声を上げるのも気にせず、そのまま、唇を合わせた。数秒くっつけて、離す。ぷは、と息を吐くと、至近距離の冨岡が、大きく目を見開いていた。
    「…………夫婦なんだろ?それくらい分かれ、馬鹿」
    それだけ言って、また口付ける。首元に腕を回し、密着しながら、冨岡の唇を食んだ。薄いけど、柔らかい唇。冬の空気で少し冷えていたが、すぐに温かくなる。
    すればするほど、好きが溢れる。
    「……ありがとう。これからもずっと大好きだ」
    ちゅ、と唇を離すと同時に、冨岡が抱き締めてきた。きつい締め付けに身動ぎしていると、肩口で低い声が響く。
    冨岡の口から「好き」と聞くだけで、こんなにも嬉しい。胸がいっぱいになって、堪らない気持ちになる。
    「……俺も好き。これからも、よろしくな」
    普段は素直に言えない思いを口にして、俺からも冨岡を抱き締めた。また顔を近付けて、何度もキスをする。
    これからもきっと、色々あると思う。だけど、それも全部、こいつと乗り越えていきたい。一年後も、それより先も、ずっとこうして一緒にいられたら。そう、思った。

    ローダンセ:変わらぬ思い、終わらない友情
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