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    uranominato

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    uranominato

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    不穏からハッピーエンドみか宗

    お題・貸切の遊園地で笑いながら死んでしまいたいと思ったお師さんがフランスに帰る前日、本当に殺して、殺されたい程幸せだった。

    「お師さんとデートやぁ、ほんま久しぶりで嬉しいわぁ」
    お師さんの車に乗り込んで、助手席に座ってからそう言ったら、運転席のお師さんは笑った。
    「デートじゃないよ。ドライブだよ」
    「あかんなぁ。そこは『僕も嬉しい』って言うて欲しかったんやけどぉ」
    お師さんが運転する車は高速道路に入った。
    「どこに行くん?」
    「内緒。まだ秘密だよ」
    お師さんの運転はとても丁寧やった。前を向いてハンドルを握る横顔を見つめるだけで胸がきゅっと締め付けられるように苦しくなった。このまま時が止まればいいと思うほど幸せな時間だった。
    ***
    「着いたよ」
    高速を降りてからしばらく走った後、お師さんが車を停めた場所は寂れた遊園地だった。駐車場には何台か車が停まっていたけれど、客の姿はなかった。平日の昼間だからかもしれない。
    車を降りるとお師さんは俺の手を取って歩き出した。手を繋いで歩くなんて何年ぶりだろう? 手を繋ぐだけでこんなにもドキドキするなんて思わなかった。心臓が爆発してしまいそうだ。
    お師さんと二人きりになれるならどこでも良かった。たとえ地獄でも天国でも。
    ただ一つだけ不満があるとすれば……
    「お師さん! なんで観覧車やねん!」
    遊園地に来たのに乗り物に乗っていないという事だ。せっかく遊園地に来たのに乗らないなんて勿体ない。俺は絶叫マシンが好きなのだ。お師さんだって好きだと思うんだけどなぁ。
    「いいじゃないか。僕はこっちの方が好きなんだ」
    「せめてジェットコースターとかにせん?」
    「嫌だよ。あんな子供騙しに乗るくらいなら死んだ方がマシだね」
    相変わらずの毒舌だけど、それがお師さんらしいと思ってしまう自分がいる。お師さんはいつもクールで冷静沈着。それでいてとてもロマンチストだ。
    「お師さん、なんか楽しそうやねぇ」
    「……そうかな?」
    「うん。めっちゃニヤけてるやん」
    お師さんは恥ずかしそうに顔を赤らめると、「うるさいよ」と言って俺の頭を軽く叩いた。
    そんなやり取りをしているうちに俺たちを乗せたゴンドラは徐々に地上から離れていった。
    窓の外に広がる光景を見ながら俺は小さく溜息をつく。
    今から俺達は心中をするのだ。しかも男同士で。こんな事をしている場合ではないのは分かっているのだが、どうしても止められなかった。お師さんも同じ気持ちなのか、さっきから何も喋らずただ黙々と外の風景を眺めているだけだ。
    もうすぐ頂上に到達する頃、不意にお師さんが口を開いた。
    「ねえ、みか」
    「んー?」
    「君はまだ僕の事が好きだよね?」
    「当たり前やん。大好きやもん」
    お師さんの問いかけに対して即答すると、彼は満足げに微笑んでこう続けた。
    「じゃあ、僕が死んだら君はどうする?」
    その言葉を聞いた瞬間、心臓が止まりそうになった。お師さんは何を言っているのか理解できなかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。まさか死ぬ前にそんな質問を投げかけられるとは思ってもいなかったからだ。
    「ど、どういう意味……?」
    動揺を隠しきれないまま聞き返すと、お師さんは俺の目を見てはっきりと言った。
    「そのままの意味だよ。もし僕が死んでしまったら、君はこれから先ずっと一人ぼっちになるだろう? そうなった時に君は一体どうやって生きていくつもりなんだい?」
    お師さんの言う通りだった。確かにお師さんがいなくなった世界で生きていけるかと言われたら正直自信がない。今までの人生は全てお師さんを中心に回っていた。それは今も変わらない。だからこそ、お師さんがいない世界なんて想像できないし、考えたくもない。
    「今から死ぬんにこんなこと言うのあれやけど、俺はお師さんの後追うよ」
    お師さんが望む答えではなかったのかもしれないけど、嘘偽りのない本心を口にしたら、お師さんは驚いたような表情を浮かべた。そしてすぐに困り顔になりながら苦笑して言った。
    「付き合わせてしまってすまないね」
    「別にええんよ。それに、これは俺の意思でもあるから」
    「ありがとう」
    お礼を言うとお師さんはまた外の景色を眺め始めた。それから数分後にゴンドラは地上へと戻った。
    外に出ると既に日は沈みかけていた。観覧車から降りた後もお師さんは手を離そうとしなかった。手を繋いだまま駐車場まで戻ると、お師さんは俺の方を向いて言った。
    「帰ろうか」
    まるで何事もなかったかのようにあっさりとした口調だった。俺は思わず立ち止まってお師さんの顔を見た。
    「帰るんか……?」
    「ああ、今日はここまでだ」
    「そっか……」
    もっと一緒にいたかったけど、これ以上はお師さんの負担になってしまうかもしれない。そう思った俺は素直に引き下がることにした。
    お師さんが車のエンジンをかけると、車内にはクラシック音楽が流れてきた。お師さんは鼻歌を歌いながら運転を始めた。
    「楽しかったかい?」
    「うん、めっちゃ楽しかったわぁ」
    お師さんと一緒ならどんな場所だって楽しい。例えそれが地獄の底であっても天国のように幸せだろう。
    「……みか、ちょっと寄り道しようか」
    「へ? どこ行くん?」
    「いいから」
    お師さんはそれだけ言うとハンドルを切って車を道路脇に停めた。そして助手席のドアを開けると俺に手を差し伸べてこう言った。
    「降りようか」
    言われるがままに車から降りるとお師さんはそのまま俺の手を引いて歩き出した。
    少し歩いた先に公園があった。そこでお師さんは足を止める。目の前には大きな桜の木が立っていた。
    「ここ覚えてる?」
    「もちろんや」
    忘れるはずがなかった。ここは昔、二人で遊んだ思い出の場所だ。あの時は確か、この木の下で花見をしたんだっけ。
    「懐かしいなぁ」
    「そうだね」
    「お師さん、俺ね」
    「うん」
    「ここで告白して受け入れてくれた時、めっちゃ嬉しくて泣いたんよ」
    「そういえばそんな事もあったね」
    「ほんまに嬉しかったなぁ」
    その時の事は今でも鮮明に思い出せる。初めて恋をして、お師さんと恋人になれた。俺にとって人生で一番幸せな時間だったと思う。
    だけど、そんな日々は長くは続かなかった。
    お師さんがフランスに行ったからだ。お師さんがいなくなってからの俺は生きる気力を失っていた。何もかもやる気が起きなくて、ただ毎日を惰性で生きていた。そんなある日、ふと思い立って昔の写真を整理していたら一枚の写真が出てきたのだ。それはお師さんと一緒に撮った最後のツーショット写真だった。
    その写真を見ているうちに胸の奥から込み上げてくるものがあった。しばらく会えないと思っていた人にこうして再会できたのだ。
    お師さんのいない世界なんて考えられない。でも、まだやり残した事がある。お師さんの願いは絶対に叶えなければならない。
    「お師さん、俺ね」
    「うん」「俺、やっぱり死にたくない」
    「……どうして?」
    「お師さんの事が好きやから。ずっとずっと好きやったから」
    「……僕もだよ。僕も君の事が好きだ」
    お互いに自然に涙がこぼれていた、お師さんは優しく微笑むと俺の頭を撫でた。
    「ごめんね、みか。僕が君を巻き込んでしまったせいで辛い思いをさせてしまった」
    「そんなことない。俺が勝手に決めたことやし、お師さんは何も悪くあらへんよ」
    「ありがとう」
    「だからさ、お願いがあるんやけど」
    「何だい?」
    「キスして欲しい」
    そう言うと、お師さんは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻って言った。
    「分かったよ」
    お師さんは俺を抱きしめると唇を重ねた。何度も角度を変えてお互いの体温を感じるように長い口づけを交わした。そしてゆっくりと顔を離すと、お師さんは穏やかな表情を浮かべながら言った。
    「これでいいかい?」
    「うん、ありがとう」
    「…帰ろうか」「せやね」
    再び車に乗り込むと、俺たちは家に向かって走り始めた。
    家に着いてからすぐにお師さんはキッチンに向かった。
    「影片、何か飲むかい」
    「あ、じゃあお茶がええなぁ」
    「わかった」
    お師さんがフランスから持ち帰ったお気に入りらしい茶葉だ。缶を開けると華やかなフルーツの香りがこちらまで漂ってくる。
    お湯を沸かしている間に冷蔵庫からゼリーを取り出した。
    「お師さん、これ食べよ」
    「ああ、いいよ」
    お師さんとソファに座って一緒に差し入れにもらった高級らしいゼリーを食べる。何とも言えない幸福感に包まれた。お師さんも同じ気持ちなのか、頬が緩んでいた。
    「美味しい?」
    「ああ、とても」
    「よかったわぁ」
    それからはいつも通りだった。お師さんが紅茶を飲み、俺はお菓子を食べながらテレビを見て過ごす。
    しばらくしてお師さんがティーカップを置いた。俺はお師さんの隣に移動すると、肩にもたれかかった。
    「……どうした?」
    「ううん、何でもあらへん」
    「そっか」
    「うん」
    そのままお師さんは俺の髪を撫でる。優しい手つきで撫でられると心が落ち着く。
    「……みか」「ん?」
    「君はこれからどうしたい?」
    「俺?……俺は……」
    「僕はね、もう覚悟は出来ているんだ」
    「……」
    「君さえ良ければ、一緒にフランスに来て欲しい」
    「俺なんかが行っても迷惑かけるだけやん」
    「そんな事はない」
    「それに俺にはお師さんに付いて行く資格なんてないし……」
    「どうして?」
    「お師さんの足引っ張るだけや」
    「それを決めるのは僕だ。君じゃない」
    「でも、もしそれでお師さんの仕事に影響が出たら嫌やもん」
    「僕の心配はいらないよ。それに、みかはそんなに弱くないだろう」
    「そうかもしれんけど……」
    「なぁ、みか」
    お師さんはそう言うと俺の手をぎゅっと握った。
    「頼むよ。僕と一緒に来てくれ」
    「お師さん」
    「君のいない人生は考えられないんだ。だからどうか僕に君の人生を分けて欲しい」
    お師さんは俺の目をじっと見つめて言った。その瞳からは強い意志を感じた。
    俺はしばらく考えてから答えた。
    「俺もお師さんと一緒ならどこでも幸せやと思う。せやからさ、お師さんが許してくれるんやったら、俺をフランスに連れてってください」

    そう言うとお師さんは安心したような表情を浮かべると、嬉しそうに微笑んでから言った。
    「ありがとう、みか」
    お師さんの笑顔は本当に綺麗だった。


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