落椿無惨様と琥鴞君のお話は
「冷たい風が頬を刺す」で始まり「あんまり綺麗で、目頭が熱くなった」で終わります。
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※指定された台詞で終わりません
※結構真面目です
冷たい風が頬を刺す。庵を離れて半刻、琥鴞は早くも提案を後悔した。「こうも吹雪いているならば、陽の光なぞ地上に届きはしない。少し外を歩かないか?」そんな発言を取り消したい。屋内暮らしの長かった琥鴞は、自然の猛威を知らなかった。笠も靴も持たない二人は、真っ白な雪道を薄着で進んでいた。雪は幾分穏やかになったものの、耳元で唸る風が邪魔で、とても静かな散歩とは行かない。数歩先を行く無惨は何の表情も浮かべず淡々と歩いている。
ふと鮮やかな赤が目に止まった。椿の花だった。琥鴞は無惨を呼び止め、花に触れた。花はぼとりと落ちた。後悔と嫌悪を薄く浮かべながら、琥鴞は花を拾い上げた。
「どうも椿という花は不吉だね」
「 ほう? 未練がましい山茶花ほど悪くはない」
無惨も木の下に寄ってきた。落ち椿の絨毯を雪が薄く覆っていく。
「役目を終えた弱者は頸を潔く落とす、それで良い。命に終わりある役立たずが惨めを晒しても不快なだけだ。花も、人間も」
「相変わらず酷い言いようだ」
二人は感情を乗せずぽつぽつと言葉を交わす。琥鴞は手の中の花を見た。花は、枝に付いていた時と全く同じ、完全な姿だった。
この男は瑕疵のないものを好み、劣化を嫌う。儚いものなどもってのほかだ。移ろいゆくものを尊ぶ和歌を好む琥鴞とは、しばしば嗜好が食い違う。加えて、自分以外の全てを無能か道具、さもなくば敵と思っている人だ。子供のような横暴を、さも当然のように振るう彼に、琥鴞は呆れのあまり悪感情を忘れるのが常であり、その思考に興味を抱くことすらあった。
「儚い命は綺麗なままにその幕を下ろせって?」
「目を汚し手を煩わせるくらいならば、そうするべきだ。無価値な存在はせめて不快にさせぬように生きろ」
「でもそれは」
彼の自己中心的な論理にはたくさんの穴がある。彼が鬼として生まれたならば当然その主張も許されようが、
「君自身に当て嵌めるなら」
弱い身体で生まれた君も生きようと足掻いてはいけないことになる、と言おうとした琥鴞の首は、物凄い力で締め上げられていた。冬の空気とは別物の、身が切れるような殺気が張り詰める。憎悪に歪み怒りで赤黒く燃える瞳に時折恐怖の火花が爆ぜる。
「ごめん、浅慮だった」
掠れ声を絞り出した琥鴞を無惨は雪の上に投げ捨てた。咳をしながら潰れた喉を治し、琥鴞は続ける。
「なにも君の生を否定したいわけじゃない。でも話の途中で傷つけてしまったことは謝る。僕はただ、君の考えを知りたかっただけなんだ」
共感能力の乏しさが際立つ無惨の言動は、しばしば人間の反感を煽り無駄に敵を増やすものがあった。琥鴞はその目に余る横暴っぷりに危機感を抱き、不必要な対立を避けるよう他者の立場を鑑みるよう忠告してきた。その暴虐さは絶対的な力を驕り、他者を見下す態度からくるものだろう、そう琥鴞は推測し、その態度を改めさせたい、それが彼の覇道のためだ、と考えていた。けれど今、琥鴞は悟った。無惨は共感以前に、自身の体験や感情と向き合えていないのかもしれない。昔の話を切り出すと、彼はいつも似たような反応をする。怒り、憎しみ、苛立ち、そして微かな怯え。そんな時の彼は、恐ろしい以上に痛々しい。病魔によって徹底的に迫害されてきた彼の命、十全な生への願いが、苛烈な防衛機構を通して攻撃性へと変換されているのだろうか。
無惨は何も言わず琥鴞を見下ろしている。もう激怒こそしていないものの、不快そうな冷たい表情が張り付いたままであった。
琥鴞は側に落ちた椿を掬って懐に入れ、落ち着いた声で訴えた。
「無惨くん、いつか話したくなったら、どうか聞かせてくれないか。人間だった頃の話」
「反省の伴わぬ謝罪はいらん」
無惨の顔が険しくなった。
「死にたいならば端からそう言え」
琥鴞は努めて穏やかに続けた。
「これからも永く一緒にいるからこそだよ。一時の部下なら蓋をして無かったことにもできようが、久遠の友ならば見て見ぬ振りを続けることもいつかは叶わなくなる。君を知らなければ僕らの仲に不都合が生じるかもしれないし、君の痛みを知ったならば、寄り添い、いつかは癒すことだってできるかもしれない。君が一番苦しかったとき、何を思い、感じたか、聞かせて欲しい。話したくなった時でいいんだ、僕はいつまでも待ってるから」
「言わせておけばのうのうと世迷言を垂れる。私がそんなものを望むとでも?」
「なら言い方を変えよう。少なくとも今回のことで、僕は君がされて嫌なことを他の人より一つ多く知っている。逆鱗に触れられる度に周囲の顔触れを変えるより、君の快不快を知り尽くした者を一人作る方が、長期的には有効だとは思わないかい」
「逆鱗と知って二度触れる愚物を長年側に置くと? 正気の沙汰とは思えん」
「傷に触れなければ治療はできない」
琥鴞は立ち上がり、帰ろう、と無惨に手招きした。
「従順で耳障りの良い言葉を並べるだけが良き友ではないよ。君が心行くよう覇道を歩む手助けに、必要とあらば耳に痛いことも傷に触れることも言うさ。僕を活かせるかは君次第」