花見「無惨くん、花を見にいかないかい?」
「歌人は花と恋しか頭にないのか」
「はは、でもこの度のは歌ではなくて……百数年越しにさ、一緒に見たいんだ」
せっかくだし着飾っていこうよ、と言って琥鴞は隣室から櫃を押して来た。中には男物、女物の着物が色様々に入っている。
「気合を入れても月明かりでは大して変わらんぞ」
「夜桜もいいけれど、今度は明るいうちに行きたいんだ」
正気か、と言わんばかりの顰め面で無惨は振り返る。却下も想定済みの琥鴞は動じない。
「この近くに立派な桜がある。昼間でも傘があれば問題なく往復できることはこの間試して分かっている」
穏やかに述べる琥鴞を、無惨は狂人でも見るような目で見遣る。
「何故そこまでして日中出歩く必要が?」
「それが本来の行動範囲だからだよ」
琥鴞は少し弱ったような顔で友に笑いかける。
「僕たち鬼は夜に閉じ込められている。でもいずれ、特に君は、あの明るい世界を歩くようになるのだろう?」
無惨は何も言わずに聞いている。
「あれは僕たちを焼く。だから嫌うのは当然だし、怖がるのだって道理だ。現に障子越しの光にすら肌が不快に疼く。でもね、身体は拒否しても、心まで太陽を遠ざけてはいけない」
「簡潔に言え」
「これから手中に収める世界の直中に立ち、向き合い、貪欲に手を伸ばすんだ。求める理想が明確なほど渇望の意思は強くなる。覇道を歩む健全な闘志を蘇らせないか?」
「つまり貴様は私が陽の光に臆している、そう言いたいのだな?」
「君の太陽への殺意にはその先のもっと良い形があるし、すぐにでもそうなれる、そう僕は思うんだ」
「返答になっておらんぞ」
「……花見した後の君と比較すれば、そうってことになるけれど」
無惨は腕を組み指をトントンと叩いて苛立っている。
「ああ、どうか反発も恥も悔しさも僕に対しては感じないで。書の知識で君を導く、僕はそれができる、君はそれを利用する。劣等感も見栄も不要なんだ」
神経質に動く無惨の指を琥鴞は両手で包み、眉間に皺の寄った顔をまっすぐ覗き込む。
「大丈夫。僕は君を馬鹿にしない」
無惨は溜息とともに腕組みを解く。
「安全は保証されているのだろうな」
「三遍往復して無事だったから、それは約束できるよ」
万一のときは僕を盾にして、とつけくわえると、何を当然のことを、と素っ気なくかえってくる。琥鴞は苦笑いし、櫃を物色する無惨の元へ歩んだ。
「擬態姿にこの色とこの簪を合わせるなんてどうかな」
無惨は満足したのか面倒になったのか、今度は素直に提案を受け入れて身支度を始めた。
反骨精神や懐疑の心を持ち、常に考え続けることは確かに重要だ。けれど偏屈のあまり非を認めなければ成長の余地はない。己の至らぬことを認め、正すことが学びであり成長である。そして、素直なほど短時間で多くを吸収する。劣化せぬことと頑固は違う。彼は高慢で強情だけれども頭は良い。このまま共に長い時を過ごせば、きっと……
「きっと貴様好みの思想家になる、とでも言いたいのか?」
「僕はあくまで君が君の道を歩む手伝いをしたいだけだよ。君自身が道を指し示さないうちは何もできやしないさ」
どうだか、と呟きながら無惨は簪を手渡してきた。琥鴞はそれを無惨の髪にとめる。
無惨の中にはいくつかの淀みやもつれがある、そう琥鴞は常々感じていた。その心のもつれを解き、過去や今の苦しみへの向き合い方を教え、そうしてひっかかりのなくなった心に、あの燃えるような生命の光を目に宿して野望を叶えるべく生き抜いて欲しい。そんな琥鴞の願いを知ってか知らずか、同じ傘の下で桜を見上げた無惨の目は、初めて出会った時と同じ激しい生きる情熱の炎で輝いていた。
オマケ
Q. 何故わざわざ昼に、しかも相合傘で?
A.
琥鴞: 吊り橋効果?
無惨: 貴様一人で落ちてろ💢