病苦 生前の様子を訪ねたのがいけなかった。語る無惨の口調は激しさを増して行き、次第に震えも混じってきた。
「苦痛が絶えることはなかった。家の者も皆私を疎んじていた。何をしようにも臓腑が、骨が、肉が軋んで邪魔をした。不味い薬や無味の粥を流し込まれては吐き、そうでない時は終わりのない肉体の拷問に独り苛まれ、忍び寄る死の足音に怯える生活。全ては布団の上で完結し、なんの慰めもなく、周りを行き交うは健康な馬鹿者ども! あんな愚者が丈夫な身体を持ったところで何になる? しかも皆、私を憐れみ! 見下し! 私は常に我慢ならなかった! 皆嘲笑っていたのだ、病床に監禁された私を、無力な私を!」
無惨は普段の様子からは想像もつかない取り乱しようで吼えた。
「二度とあの惨めな暮らしに戻るものか。私は死を、苦痛を永遠に退ける。必ず、だ」
無惨の背中をさすりながら琥鴞は呟く。
「君、死なないために生きているのかい」
怒りに震えた荒い呼吸が突然止まった。
「でもそれは良くないことだ」
炎の爆ぜる瞳が琥鴞を睨め付ける。
「このまま死をいくら遠ざけても、たとえ不死の肉体を手に入れたとしても、君が満たされることも安心することもない。君の望みは叶わない」
無惨は琥鴞の袍に掴みかかる。
「ならばどうしろと。望みとは何のことだ」
焦りと怒りで顰められた顔は泣きそうにも見えた。そんな無惨を琥鴞は曇った瞳で見つめる。
「それを僕に聞いてはいけない。君は僕の理想になるのではだめだ」
困惑が燃える瞳から熱を徐々に奪っていった。
「君は君の理想を、君の答えを歩んで」
衣を掴んでいた無惨の手から力が抜けていく。
「お前はそういう奴だったな」
無惨は表情のない顔で呟いた。
「……信頼している」
その脆い薄膜のような頼りない無惨の姿に、琥鴞は胸が締め付けられた。心なしか平常より華奢に見える肩をしっかり抱いて、低い声で落ち着かせるように囁いた。
「君が必要とするときは側にいよう。僕には君自身を知る手伝いができるだろう。必ずや……」
無惨は微かに頷くのみで、考え事に没入しているようだった。瞑想する無惨の肩をゆっくりさすりながら、琥鴞はいつまでも見守っていた。