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    kmt 夢腐 夢友くん×むざさまの作品置き場💠🌸

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    叙爵後〜鬼化の期間のどこか、出奔前夜の時期、欲をくすぐるのが上手い無惨様と、その悪魔的な囁きに魂を持っていかれてる人間琥鴞くんの話。未完成だけどお蔵入りを防ぐために一旦上げます。

    ##小説

    羽化「君に伝えなければならないことがある」
     浮かない顔の青年、民部大丞みんぶのたいじょうは、彼が望月もちづききみと呼んで慕い通う友人、目の前の黒衣の公達きんだちに告げた。曰く、彼の叙爵から数ヶ月が経ち、受領ずりょうとして京を離れる時が近い、と。温和な官人かんにんは彼の友人の願いで、いくつかの書物や記録を調査していたのだが、それも旅立ちまでには終わる目処が立っており、安心するよう付け加えた。
     書き物を続ける彼は幾分憔悴しているように見えた。友人を目にする度、にへらと綻ぶ笑顔も最近ではなりを潜めていた。なにがそんなに苦悩の種なのだ、京を出ても死にはしまい、と問えば、君に会えなくなるなどと優男の模範的返答を吐いたので、友人はこれ見よがしにため息をついた。青年は弱々しい笑みを浮かべ、その他にも理由はある、と地方の暴動や武士勢力の話を持ち出し、文弱の自分に彼らを統制する力も魅力もない、と静かに述べた。この時代に何事もなく帰ってこられる保証はない、さもなくば目代もくだいに立てる家人いえも居ない、そして自分の何よりの楽しみである詩歌の交流が京を離れては望むべくもない、と締めくくり、諦めたように微笑んだ。肉体の危険と魂の死、どちらにせよ彼は京の文化なくして生きていけない。公達はそれを見下ろしながらつまらなそうに聞いていた。

     暫しの沈黙の後、黒衣の公達は朗々と声を夜の闇に響かせた。
    「楚の三閭が醒めたるも終に何の益かある。周の伯夷が飢えたるも未だ必ずしも賢ならず」
     民部大夫は筆を持つ手を止め、声の主を見上げる。
    「生きてこそ、そう言いたいのだね」
    「なにも今の身分・今までの生き方に拘る必要はない。生あらば何事の結果をも変え得る。死すれば過去は過去のままだ」
     いつもの調子で彼の言説に耳を傾けていた大夫であったが、その平静は次の一言で吹き飛ばされた。
    「私と共に来い」
     深紅の瞳が琥鴞を見下ろす。その鋭い眼差しに官人は思わず目を伏せたが、彼は鳶色の瞳に浮かんだ逡巡と、隠せぬ光を見逃さなかった。官人は声を落として咎めたが、その間顔をあげることはなかった。

    「そんな、誰かに聞かれたらことだよ。僕とて君と過ごすこの時がずっと続くことを願っている。けれど、朝廷に叛くことは今上帝、ひいては神に叛くことだ。特別な大義や信念があるわけでもないのに、僕にそんなことできやしない……真に心から強く望まないことなんて……」
     言いながら青年官人の首を冷や汗が伝う。口にするのも恐ろしい禁忌に思いを巡らせ、その破滅的に無鉄砲で甘美な逃避行に口元が引き攣った笑みを浮かべる。相反する道徳と切望が青年の中で衝突し、諦念の殻に上手く閉じ込めていた生命が蠢くのを友人は確信した。そしてその変化が、彼の言葉と共に強まるのも。

    「先の言葉は偽りか? 私とてお前と共にあることを喜ばしく思うていたのだが。大夫、私だけの思い違いであったか」
    「ああ、頼む、そんな顔をしないでおくれ……」
     官人は細い眉を顰め、今にも泣きそうな顔で貴人に微笑んだ。

    「それに、裏切りなど今更ではないか。お前の寄越す情報、私が求めていたものは内部の者しか知り得ない事柄だ」
     そうでなければ人を使うなどせぬ、と付け加えて公達は鼻を鳴らす。官人はばつの悪そうな顔で目を逸らした。
    「お前が悪事に手を染めた、その芯のところを今一度見つめるが良い。お前は確か友が欲しいと言ったな。歌や詞を吟じ、語るに足る友が欲しいと。そして生まれに縛られず、粗暴な武士に煩わされず、美しいものを愛でては悠々と芸事や学問に励みたい、と。それがお前の望むものではなかったか」
     大夫は息を呑んだ。開かれた目は爛々と輝いていた。
     彼の囁きは毒の蜜のように殻を溶かし、その向こうに蠢く生命に呼びかけ励まし唆す。青年は声を出せなかったが、公達は彼の様相に満足げに目を細めた。


    「私はお前の頭脳を買っている。賢い選択をせよ」
     そう静かに告げ、黒衣の貴人は立ち上がる。微かな衣擦れの他は足音さえ立てず、男は夜の闇に溶けていった。残された青年は俯き、端正な顔を青くしていたが、その目は底光りしていた。握られた手は汗で冷え切っており、置かれた筆はとうに乾いていた。乾いた冷たい風が青年の身体を強ばらせた。しかし彼の心の内までは冷えておらず、騒乱と混迷と希望に掻き乱され、真の姿を探して暴れ回っているかのようだった。
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