啼梟 耳触りのいいその声が、好きだと思った。朗々と吟じる情味豊かな声、淡々と報告する澄んだ声。はにかみながら笑いかけてきた遠い昔の記憶、そして今几帳越しに背中から時折囁かれる愛の言葉。一介の地下の戯言に聞く耳を持つなど、あの頃の無惨には考えられないことだった。その気にさせたのは声によるものか、はたまた滲み出る性分のせいか。この男によると何故だか忠言すらも耳に心地よい。だからだろう、こんな関係になったのは。
初夏の風が、鶯の囀りを乗せて庵の重い茅葺きを潜る。屋根と御簾と几帳は無惨を守る闇を作り出している。その几帳が風に揺れると、隙間から件の男がこちらを見やる気配を感じた。気を抜くといつもこうだ、と無惨は溜息をつきながら嗜める。
「手を動かせ」
「もう終えたよ」
柔和に微笑んだ男が、いくらかの書物を手に几帳の内へ静々と入ってきた。
「君もいくらか休まないと」
無惨は軽く手を振ってあしらい、文机に地図を広げた。
「子の刻に一体、丑の刻に二体、この地点で鬼が殺された。琥鴞、どう見る?」
「ふむ……伝達にかかる時間が同じだと仮定すると、鬼狩りの本陣はここかここの可能性が高いと思う」
あくまで可能性ね、と男は付け加える。まるで天気の話でもするかのように、無惨にとって有益な情報を即座に弾き出す琥鴞の頭脳。穏やかに微笑みかける友人に無惨は鳥肌が立った。
たとえきっかけが声だろうと、格別の拾い物をした事実は変わらないのだ。無惨は、本当に嬉しいとき、言葉よりも涙が出るのだと知った。