バイク屋の看板娘D&D MOTORS、店はやや小さめだが若くて腕のいい整備士がいるとバイク乗りの間では評判の店だ。
しかし、元東卍幹部と黒龍幹部がやっている店──などと当時の不良界隈に詳しい人から見れば恐ろしい店である。2人とも不良はもう引退と言っているように現在は真っ当に働いているものの、その噂が妙に独り立ちし、かつて自分たちが小競り合いを起こした元不良が面白半分でやって来たり、従業員である乾のそれはもう完璧な顔面を見に女子高生が毎日店の前でたむろしたりと、開店当初はかなり大変であった。
とはいえ不良は横の繋がりが強い。そして元東卍となればそれはもう広い。かつてのメンバーや別のグループのOBなどが利用し、彼らの知り合いがその口コミを聞きつけて訪れてくれたりと色々と些細なトラブルはありつつもD&D MOTORSは繁盛していた。
「……疲れた…」
かつてたった一人で100人もの不良をぶっ潰し、眠ったままの友人をおぶって暴走族を壊滅させた男がしみじみと吐き出した。隣にいる男はもう声も出ないのかゆるりと首を縦に頷かせるだけだ。
今日はとても疲れた。D&D MOTORSはこの業界では珍しく火曜日を定休日としていない。そのため車やバイク関係の仕事関係者が集中して来る。特に点検シーズンになれば一日中整備しているような日も少なくない。
それに加え慣れない接客やレジ、備品の発注などやることが多すぎる。最初のうちは二人で何とか回していたが疲労が蓄積されるにつれて追いつかなくなっていた。
「…バイト…雇うか」
「とてもいいと思う…」
そろそろ考えていた事ではある。知り合いに都合よくちょうどバイトを探している人は居なかったか。それよりも早く帰って寝たい。ドラケンとイヌピーはまた明日考えようと結論を出し、その日は解散した。
花垣武道、17歳。花のJK2年目である。しかし、最近暇を持て余していた。部活動をしているわけでもなく友達と放課後遊んでは家に帰ってダラダラと過ごす日々。まあそれも青春だしいいよね、とすら思っていたが最近暇でしょうがない。
中学からの付き合いである溝中の面子もそれぞれバイトを始め、少しずつ全員で揃って遊ぶということも少なくなってきた。
相棒である千冬もバイトを始めてしまい、かなりシフトを入れているらしくなかなか捕まらない。ヒナに至っては将来の夢に向かって勉学に励んでおり、邪魔する訳にも行かない。
八戒は他の友人たちと比べればまだタケミチと遊んでくれるが、芸能事務所からモデルのスカウトを受けて以降は撮影だなんだでそれなりに忙しそうである。
とどのつまり──、タケミチ以外全員忙しいのだ。周りの影響を受けやすい性格のため、流石にこのままでは良くないと思い、バイトを探すもどれも琴線に引っかからない。
要領が悪いのは昔から分かっている。
スピードと最高効率を求められる飲食店は向いていないのは火を見るよりも明らかだった。
かと言ってその他業種で体格が華奢であるタケミチを雇ってくれるところも何度か面接しているものの返事は決していいとは言えない。タケミチは東京という大都会に住んでいるにも関わらずバイト難民となっていた。
タケミチの希望的には程よく休めてそれなりに稼げてそこまで力仕事ではなく働きやすいところ──という夢のような物であるのも問題ではあるが。
「…てな感じでみんなバイトしてて。わたしも探してんスけどいいとこ見つかってないんすよ〜」
愛車であるCB250Tを引き取りに来たタケミチは来客用の椅子に座り、プラプラと空を蹴りあげて足を遊ばせていた。お互いの近況を報告しあっていたのだが段々とタケミチの愚痴になり、CB250Tの最終点検をしていたドラケンがうんうん、と相槌を打っていたがある単語にふと手を止めた。
「タケミっち…バイト探してるって言ったか?」
「ん?あ、ハイ。みんなバイトしてるし…わたしもしよっかなって。でもいい所見つからなくて…」
ドラケンは油まみれの手であることを思い出し、ツナギで雑に拭うとタケミチの手を取る。今この瞬間タケミチが大天使もしくは聖母に思えた。何なら後光まで見える。
「ウチで働かねぇか!?」
「え!?いいんすか!?」
「いやむしろこっちの方がありがてぇ。ちょうどバイトを探してて…、タケミっちならイヌピーも喜ぶし俺としても願ったり叶ったりだワ!」
トントン拍子で話が進み、その帰り必要な書類を渡されタケミチは家へと帰った。母に話せば「本当に大丈夫なの?」と心配されたが「ドラケン君はいい人だよ!」と的はずれな答えを出してタケミチの母は頭を抱えた。
翌日母のサインが入った書類を届けに店に入れば珍しくイヌピーが店頭に出ている。タケミチを見るなり、顔をぱあっと輝かせわざわざ駆け寄って来てくれた。
「花垣…!ドラケンから話は聞いた。一緒に働けて嬉しい」
「イヌピーくん!お久しぶりっす!わたしもですよ!」
しかしイヌピーの顔がおかしい。遠目で見てそこまで変わりはないように見えたがよく見れば顔がアザだらけだ。明らかに殴られたとわかりまさかまた喧嘩を…!?とタケミチが青ざめるもイヌピーはすぐに頭を横に振り「昨日ドラケンと言い合いになってお互い殴りあっただけだ」と余計に心配になる一言を言った。
奥から同じくやや殴られた痕をつけたドラケンが出てきてタケミチに制服としてエプロンを渡す。
「タケミっちのエプロンの色で喧嘩した」
「はァ!?」
「俺は黒で、イヌピーは白で喧嘩した。間をとって緑にしたけどな」
「いや、わたしのエプロンの色で喧嘩って…バカなんすか!?」
「あ?」
思わず言ってしまった一言にイヌピーとドラケンが凄むがこれは別に自分は悪くないとタケミチは思っている。そもそも間で緑とかどこも間をとっていない。色々とツッコミどころはあるがこれから働く事だしこれ以上は何も言うまいとタケミチはグッと飲み込みエプロンを受け取った。
■
タケミチがバイトとして入って2ヶ月ほどが過ぎた。仕事内容としてはレジと修理の受付、接客を担っている。
あまりバイクの知識が無かったため当初は不安だったが、逆にそれがいい風を呼んだのかリピーターが増えた。そもそもむさ苦しい男だけの空間に現役女子高生がいるというのも物珍しかったのかもしれない。
タケミチの天真爛漫な性格とその名の通り花が咲きほこるような笑顔はどこか偏屈なバイク乗り達の心を鷲掴みにした。
すっかりD&D MOTORSの看板娘としての立場を確立したタケミチはこの仕事にやりがいを感じている。良き上司に可愛がってくれる客。たまに顔が怖い人が来るが興味津々に話を聞けば怖い顔を綻ばせてタケミチに愛車の話をしてくれる。何だかんだ可愛いじゃないかと何個も年上の恐らく元ヤン達に愛着も湧いてきた。
それに嬉しいことはもうひとつある。タケミチの内申点が上がったことだ。
客がいない間、接客担当であるタケミチは暇を持て余す。最初こそ2人の整備の手伝いをしようとしていたが、如何せん華奢で非力なタケミチでは手伝える事などたかが知れている。そこでドラケンが客がいない間は学校の課題をしてていいと言ってくれた。雇い主からそう言われればやるしかない。だが、そのおかげで今まで散々だった提出物は一気に改善され、成績こそ今まで通り壊滅的だが教師はタケミチを見直し、親はドラケンに感謝していた。
今のバイトを始めてから全てが上手く回っている。今まで“出来ない子”として生きてきたタケミチもどんどん自信が付いてきて本当にバイトを始めて良かったと心の底から思っていた。
今日も放課後はバイトが入っている。タケミチは軽い足取りで店へと向かう。たしか今日は予約の客が来るはず。頭の足りないタケミチが読めない見知らぬ名前だったので多分初めて会う客だ。裏口から入り、整備中のはずのイヌピーに声をかけるが返ってこない。もしかしたら休憩に入ってるのかもしれない。
エプロンを身につけ、表に出るとドラケンとイヌピーが知らない男性と楽しげに会話していた。
紫と黄色の奇抜な髪色の男はタケミチに気付くと、「あれ誰?」と2人に問う。そして二人はようやくタケミチが出勤したことに気づき手招きをした。
「…ドラケン君?この人は…?」
「ワカ君、コイツが元東卍壱番隊隊長兼、黒龍11代目総長!」
「はへっ!?」
「あー、コイツが」
「うん、俺の総長」
ワカ、と呼ばれた男が上から下へと舐めるように見られる。奇抜な髪色に気を取られていたがイヌピーと並ぶほどの美形だ。なんだか気恥ずかしくなりドラケンの背中へと隠れようとするもがっしりと肩を組まれて動けない。
「タケミっち、初代黒龍特攻隊長の今牛若狭君。ここの常連」
「…えっ?」
「ヨロシク」
咥えている長い棒を上下にちょいちょいと揺らして彼は挨拶をした。初代黒龍という事はタケミチにとってOBとなる。しかもあの伝説の頃のだ。慌ててドラケンの腕を退かしタケミチはしっかり失礼がないよう90°の角度でお辞儀をして声を張る。
「は、初めまして!黒龍11代目預からせて貰ってました!!花垣武道です!よろしくお願いします!」
「元気いーのな」
「良い奴ですよ。俺は命を預けたんで」
「何となくわかるワ」
「俺は命を救ってもらいました」
「…すげぇなこの子」
恐る恐る頭を上げれば男は笑っていた。
「それにしても元東卍副総長に黒龍幹部に元東卍壱番隊隊長兼黒龍11代目総長が働いてる店なんてスゲーな」
「…確かに…」
言われてみればその通りである。恐らく他所の不良が聞けばゲームでいうラスボスが住まう城のように思えるだろう。
「ウチのお姫サンくらいにはちっちぇけど…喧嘩強いの?この子?」
「いや、びっくりするくらい弱いです」
「何ならいっつもボコボコになってました」
「うわぁ…。真ちゃんみてぇ」
「そうッスね。真一郎君みたいなヤツですよ」
「ふーん。俺も現役だったらこの子気に入ってたかも」
その言葉にイヌピーが苦笑いしながら「いくらワカ君と言えど花垣はやりませんよ」と言いながらタケミチを背中に隠すようにして一歩前に出る。その様子が面白かったようでくつくつと喉を鳴らしてタケミチにちょっかいをかけようとする。
「タケミチちゃん幾つ?」
「じゅ、17…ッス」
「へ〜」
「犯罪ッスよ」
「お前らの見た目でそれ言う?」
「てかワカくんメンテの予約じゃなかったんですか」
「受け付けタケミチちゃんにしてくれる?あ、コーヒーとか運んで来てくれるよね?」
「…」
「口コミに書いてたよ、受け付けの女の子が可愛いって」
「ここそういう店じゃないんで…」
「飴は?食う?」
「ガキの扱いじゃないっすか…」
結局これ以上喋っていると残業確定であるイヌピーとドラケンは溜まっている仕事を片付けに渋々裏へと戻り、表にはワカとタケミチだけとなった。最後の最後までイヌピーは「くれぐれもウチのボスに変な事しないでください」と釘を刺し、「取って食いやしねぇよ」とワカはゲラゲラ笑っていた。二人が居なくなると一気に会話は無くなり、ドラケンが選んだBGMが流れ、時折奥から修理の音が漏れる。いつもの心安らぐ風景ではあるものの、タケミチは黒龍のOBの手前なにか失礼が無いようにとビクビクと立っていた。
壁側に置いてあるテーブルと椅子に座り、修理の受付シートを記入するためにボールペンを走らせている。さらさらとした音ではなくしっかりと紙を引っ掛ける音から綺麗な見た目の割に筆圧が濃いのだろう。ちょっとはそんなことを思う余裕が出来たくらいにはワカに慣れたらしい。
あまり詳しい事は知らないが綺麗な顔をして昔はかなり凶暴だったらしく、特攻隊長を勤めていたようだ。人は見かけによらないなぁ、あ、でもそういう人は多かったか。イヌピーやマイキーを思い出し人はやっぱり見かけによらないと思う。記入が終わったのだろう。彼は確認のために何度か紙を捲って不備がないことを確認して、タケミチの方へと持ってくる。
「ん、終わった」
「はい。確認しますね」
上から下へと項目を確認する。ドラケンやイヌピーに教えて貰ってそれなりにはバイクの構造や修理について詳しくなった。簡単な修理であればタケミチの知識でなんとかなる。専門的な知識が必要となる修理についてはドラケンかイヌピーが対応することになっていた。
彼らが対応しなければならない項目にはチェックは着いていない。問題なければタケミチが確認の判子を押して裏に持っていき、バイクを引き渡すという流れだ。
「問題ありません。これで受け付けさせて頂きます」
「よろしく頼むわ」
それじゃあ裏に持って行こうとするがじっと見つめられている。本人の弁では現役は引退したと言っているがその目付きは捕食者そのもの。絶対現役を引退したなんて嘘だ。恐怖からじわりと涙が滲んでいた。
「な、なにか…?」
「泣きそう、可愛いね」
「はへ?!」
ワカは彼の身長から見ればやや低めの(タケミチの身長からすれば少々高いが成人男性ならばみんなやや低い)カウンターに肘をつきタケミチを見上げる。口にくわえた棒が彼の機嫌を表すようにゆらゆらと揺れて動物のしっぽのよう。しかし可愛いタイプの動物ではなく虎や豹とかそういった類の物だ。
「ビビりのくせに俺から目を離さないところも真ちゃんソックリ」
「そ、そうなんすか…」
「イヌピー…アイツ大分真ちゃんに心酔してたかんなぁ…。タケミチちゃんに懐くのも何となく分かるわ。どこか似てんだなぁお前と真ちゃん」
「は、はい…?よく言われます…?」
実の弟であるマイキーも言っていたくらいだ。
次にどんな質問が来るのか。きっと返答次第では殺される。助けてドラケン君、イヌピー君!とぎゅ、と目を瞑れば予想外の質問が来た。
「黒龍…楽しかった?」
「…へ?」
色々な理由があって総長となった黒龍。あまり黒龍単体での活動は無かった。そもそもメンバーが最終的にはタケミチとイヌピーの二人だけとなっていたからだ。それでも二人で集会をして(ほとんど世間話をして帰っていたが)、時折タンデムして夜の街を走ったのはいい思い出である。もし隣にココがいたなら───もっと変わったと思う。それでもワカの問いに答えるならば間違いなくYESだ。きっと彼の時代はタケミチの時代など比べ物にならないほど派手で眩い輝きを放っていただろう。だがささやかで、それでも暖かい思い出だった。
「はい、楽しかったです。今思っても夢みたいな…そんな素敵な時間でした」
「だよな、わかる。あ、タケミチちゃんからしたら東卍の方がなげーし思い出あっか」
「いやいや!黒龍も楽しかったっすよ!まさか総長になるとは思ってなかったんスけど…イヌピー君も…今は連絡取れてないけどココ君も優しかったですし…」
「なら良かった」
ワカはす、と背筋を伸ばすとガシガシとタケミチの頭を撫でる。やっぱり力の入れ方からしてまだ現役は引退してないだろ…と思いつつもその手つきには郷愁と憧憬が感じられタケミチはそれ以上何も言えなくなった。
「確かに俺らみたいな悪ガキの集まりは世間様から見れば厄介モンだ。俺もそーとー無茶しまくってたからな。でも思い出や誇りは消えねぇ。お前はどうあれ佐野真一郎の意志を引き継いで黒龍のアタマ張ったんだ。これからどんな事があろうがその誇りは忘れんなよ」
「…はい、はい!」
きっとそれは後輩への餞別。そしてどこか懐かしい人を思わせる少女への激励だった。言ってすぐに年寄りみてぇ、などと思ったがキラキラとした熱のこもった目を向けられれば慣れないことではあったが存外悪くない。
──良かったなぁ真ちゃん。最後の総長はお前によく似た良い子だったわ。
自分たちが引退した後の黒龍について憂う事はあった。時にはその存在すらもう消えて欲しいと思うほどに。だが──、巡り巡ってなんの縁かこの少女が継いで、人数も全盛期と比べれば驚くほど減ったが最後の最後でかつての輝きを垣間見れた。
今度墓に立ち寄った時に言っておこう。久しぶりに酒のツマミもできた事だし彼もこの話を聞いてきっと喜ぶはずだ。ワカは自分のバイクをドラケンとイヌピーに引き渡すと見送りに来た三人へニヒルな笑みを向ける。
「きちんとお前らの姫は守るこったな」
「分かってます」
「それから…俺もこの子気に入ったワ。今度口コミに書いとくな、“ 元東卍壱番隊隊長兼黒龍11代目元総長のとっても可愛い子が対応してくれます ”って」
「ワカ君!?」
本気にしませんよね!?マジでやめてくださいよ!?タケミチの絶叫を聞きながら冗談冗談、と言ってひらひらと手を振りながら歩き出す。半分は本気だったがやっぱり肩書きくそ長ぇからいいや、と笑う。
きっと今頃タケミチはあの二人に泣きつきながらどうしようと狼狽えていることだろうしあの二人も口コミ対策の会議を開くはずだ。
本当に可愛い後輩たちである。かつて最高の友人にして最愛の総長であった彼と共に夜道を駆けた思い出のバイクを任せるに値する。
修理から戻ったらよく行ってた道を走りながら久々に感傷に浸るか。やっぱり年寄りくさくなったなぁと笑いながら彼は夜空を見上げた。