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    引きこもりあーくす える

    お腐れ注意、落書きしかしない
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    へびにょたるちゃんのお話の冒頭部分なんだけど、完結するのかなこれ…

    ##原神

     鍾離という男は料亭へ赴くと、必ずと言っても過言ではない程に注文を入れる料理があった。食材を生かした風味と香り付け、柔らかく蕩ける舌触り。初めてそれを口にしたのはもう千年程前のことだろうか、と料理を待ちながら思う。程なくして運ばれてきたその料理は、千年経とうとも変わらぬ味を受け継ぐ料理人によって守られ、こうしてその当時と寸分違わぬ味覚を擽る味を舌に乗せることが叶うのだ。
     やはりこの料理を頼まなければ始まらない。鍾離はゆったりと料理を口へ運びながら、追加の注文をぼんやりと思い描いていた。
    「鍾離先生はその料理がお気に入りなんだね」
     不意に向けられた声に視線を持ち上げる。
     つい先日、璃月に赴任してきたという北国銀行所属の若き管理官は、なかなかどうして人懐っこい性分で、表情の変化に乏しく人から一線を引かれることの多い鍾離に対しても物怖じすることなく、ニコニコと手を差し出して見せた。
     その手を取ったのが縁で始まった浅い関係も次第に食事の回数が増え、以前は月に一回あるかどうかの頻度だったこの会も、今では週に一度の食事会、などという名目で、仕事も関係なしに顔を合わせている。
    「来るたびにそれ食べてる気がするよ」
     ゆらり、人肌に水を溶いたような淡い青が足元で揺れた。鯨の肌のような質感、蛇のように長い銅、腰へ添えられた人間の足のような対の側鰭、尾の先端には海で生きる哺乳類のように大きな鰭が備わっている。優雅な見目に反して厚みのある皮膚の下には、水中を自在に舞うためのしなやかな筋肉が隠されているのだろう。
    「あぁ、昔からこれが気に入っていてな」
     時折鍾離のつま先にそれが当たることもあるが、特段気に留めることもない。
     ここ璃月では確かに、海洋種は物珍しさもあり人の視線を集める。過去に海洋種に分類される魔人とのいざこざが語り継がれるこの地では、種族そのものに対してあまり良い印象を抱いていない者が大半であるが、目の前の若者はそれに対してだから何だとばかり堂々と椅子に腰掛け、見せびらかすように長い尾鰭を揺らしているのだ。
     挑発するような仕草に、若者らしい愚かさと傲慢さを見るが、しかし鍾離はその振る舞いが気に入っていた。己を誇示する絶対の自信、なるほど、見ていて気持ちが良いものだ。
     鍾離の中で目の前の異国の若者への印象は、悪くはなかった。

     いつものように往生堂にて自身の持ちうる知識の一端を享受し終えた夕暮れ時。その若者は不意に現れた。
     鍾離さんという方にお目通り願いたいのですが、そう言って現れた若者はこの辺りでは珍しい色白の肌に海を映した青い瞳を瞬かせ、視線を下ろせばこれもまた璃月地方では珍しい尾鰭が揺らいでいた。海洋種に対し堂内の者たちはやや訝しげな表情を隠すことなくあらわにするものの、ここの主たる少女がにこやかに出迎えて振る舞うもので、他のものは一様に口を閉ざす。
     北国銀行の最高責任者という肩書きに相応しくない幼さの残るかんばせをゆるりと綻ばせ、貴方の知恵をお借りしたい、などとこうべを垂れる。ならばと場所を変えようという鍾離の提案をあっさりと承諾したこの若者は、璃月に住まう者でもそう簡単に足を運ぶことの許されない高級料亭の個室を押さえたばかりか、支払いは自分が持つから何でも好きなものを頼んで欲しいと言ってのけた。
     はてさてそこまでするからにはどれほどの案件であるのかと構えつつ適当に注文を終えた鍾離に対して、若者はふふふと笑うばかり。曰く、今日はご挨拶で、先の台詞はあの場から抜け出すための口実なのだとか。
     男は素直に感心した。そして同時に関心も抱いた。この若人はおそらく何か、面白いものをもたらしてくれるだろう、そんな予感がしたものだ。他の者より少しばかり長生きで、時間だけは余りある男は、それは重畳、と口元を緩めた。
    「名は?」
    「これは失礼、北国銀行の頭取を勤め、スネージナヤ所属軍部ファデュイでの名は」
    「公子、タルタリヤ」
     相違ないか?と被せるように告げる声を、タルタリヤと呼ばれた若者は特に気にした風でもなく、さすが鍾離先生だ、と賛美を送る。
    「先生?」
    「そう、先生。往生堂の客卿だと聞いているので、先生とお呼びしても?」
    「構わない、ついでにその堅苦しい言葉選びもやめたらどうだ?」
     煩わしいと顔に書いてあるぞ、そう男は告げる。内心を悟らせないことに自信があった若者は、ここで少しばかり男に対する認識を改めた。お澄まし顔で佇む姿だけを見ればみてくれの整った女ウケの良い男、しかしそれだけではない。博識で信者も多いと噂のこの男、どうやら腹の中はそれだけでもないらしい。
    「最高責任者といえども、職務中でないならば取り繕う必要もあるまい。無論部下の目があるというのであれば、特段言及はしないが」
    「いや、先生の言う通りだよ。俺は普段から言葉を改めるタチじゃない。お言葉に甘えて、先生の前では好きなように喋らせてもらう。俺のことも好きに呼んでくれていいよ」
    「ふむ、ではそのように」
     会話が一区切りしたところで、タイミングを見計らったかのように料理が運ばれてくる。異国の料理は目の前の若者の口に合うのだろうかと思いつつ、食べ慣れた料理に鍾離は箸を手に取った。
    「箸かぁ……」
     一方のタルタリヤはというと、お世辞にも美しいとは言いがたく箸を握りしめたまま皿の上を見つめている。大皿より料理を取り分ける璃月の食事は、どうやら苦手らしかった。
    「箸、苦手なんだよね」
    「そのうち覚えるだろう、今からでも練習すればいい」
    「はは……簡単に言ってくれるね……突き刺しちゃだめ?」
    「いい、とは言わないが、目は瞑ってやろう」
    「そうして……」
     言葉通りタルタリヤは握りしめた箸の先端を肉団子に突き立てた。顔には出さない鍾離だが、これはしかと箸の使い方を叩き込んでやらねばならぬ、という決心を固めつつ、自身も目の前の料理へと優雅な仕草で箸を向けた。
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