かたわら「私、外でお巡りさんを待っていますのでオウムをお願いします」
「寒いぞ? 中で待っていたほうがいいんじゃないか?」
「はは、少し熱くて」
「熱があるんじゃないだろうな」
「いえ、違います」
追及してくる大般若さんにオウムの入った段ボールを押し付けて店内へと追いやる。
(さっきはなんてことを想像してしまったんだろう)
大般若さんのことは正直言えば好きだ。顔も良いし背も高い。お金も持っているし物腰が柔らかい。教えるのが上手くて器用で、美術品を口説くことがなければ優良どころか超優良物件だ。
ただ、きっと彼は私のことを一番には見てくれないだろう。そういう確信がある。
いままで付き合ってきた人たちの最後の言葉から察するに、彼は自分の懐に人をいれない。きっと口説くのは美術品ばかりで、こちらに目を向けたとしても冷めているだろう。
だからさっきのは本当に妄想にすぎない。なまじ経験があるばかりに生々しかったが、どちらかといえばあれは私が大般若さんにしてほしいという理想を体現したものにすぎない。
そして、大般若さんは決して「そう」ではないのだろう。
人との距離感を遠めに保ち、口説くとなれば物ばかり。「思っていたのと違った」とフラれる彼。好きになっても実を結ばないのはわかっている。
(不毛だ。でもきっと、それに気づいても止まれない人もいただろうな)
自分のほうを向いてほしくて努力して、破れていった人もいるだろう。そう考えると大般若さんって案外女に刺殺されそうだななんて思う。自分でした想像に苦笑していると自転車のベルが鳴った。
「あ、こんにちは。お店の方ですか」
「こんにちは。はい、ここで働いていて」
「オウムを預かってもらってるって聞いたんですけど、大般若さんいます?」
「はい。中にいます。どうぞどうぞ」
来たのは真面目そうな青年で、灰色のロングコートを羽織っている。おそらく大般若さんのことを知ってはいるが、そこまで付き合いのない部類なんじゃないかと思う。店の中に案内すると「へー、ここってこうなってるんですね」と言ってきょろきょろしているし。
「悪いね、地味に遠いだろうここは」
「いやいやいいですよ。むしろ大変でしたね」
「まあ俺が拾ったわけじゃなくてな。このお嬢さんのアパートの窓をつついていたんだと」
「そうなんですね、何時ごろですか?」
「朝九時くらいだったと思います」
おまわりさんはメモを取りだして日付と時刻を書き出す。
「オウム見せてもらってもいいですか?」
「ああ、はい、この中です」
いつの間にか店内にはストーブがついている。おまわりさんが箱の中を覗き込むと、白い羽毛がぬっとあらわれ、くちばしが勢いよく飛び出した。
「ぴぎゃー! ぴぎゃー!」
「わっ、危ない」
「ちよくん落ち着いて」
「そら、噛んだら駄目だぞ」
大般若さんがゆっくりと手をかざすとオウムはくちばしを収めて、再び毛布の中に潜り込む。
おまわりさんは噛まれそうになったのもなんのその、「元気で可愛い子ですね」とのんきなことを言っている。
「ちよっていうんですか?」
「さっき『可愛い! ちよちゃん!』って言ってたんです」
「なるほどそれで」
「ちなみに今のところ届けとかってきてますか?」
「うちのところには来てないですね。これって何オウムなんでしょう」
おまわりさんが大般若さんのほうに顔を向けると、「タイハクオウムだよ」と大般若さんは返す。
「タイハクオウム、と。これだけ大型な鳥ならいなくなったのもわかりやすいでしょうし、相当遠くからきたのかもしれませんね」
「そうですね……水をあげたら結構勢いよく飲んだり、布団に潜り込んで出てこなかったりしたので、長い時間外にいたのかもしれなくて」
「警察以外のところに連絡は?」
「さっき迷子センターに連絡したところさ」
「ああ、それは助かります。何かほかに特徴はありますか?」
「ああ、それなら脚環がはまってて、アルファベットと数字が書いてあります」
「じゃあそれもメモさせてもらいたいけど……」
さっきのように暴れられるかもしれないとおまわりさんが逡巡している。大般若さんはそれに気づくとオウムをブランケットでくるみ、ストーブの前にあててやった。
「よーしよし、いい子だな、ここはあったかいだろう? おとなしくしてておくれ」
そう言いながらブランケットの上からオウムを撫でる。不思議とオウムはおとなしくなり、私はかがみこんで脚環に書いてある記号を読んでおまわりさんに伝えた。
「ご協力感謝します」
「この後はどうするんだい」
「できればうちで預かりたいんですが、あずかれるスペースもなくてですね」
「じゃあ飼い主が見つかるまでうちで預かろうか」
「いいですか?」
「ああ、構わないよ」
大般若さんはオウムを赤子のように抱いている。時々ぽんぽんと手で柔らかく撫でる。ブランケットにくるまっているからオウムの表情は見えないが、きっと幸せそうな表情をしているのではないだろうか。
(ちょっとだけいいなと思ってしまった自分が悔しい)
さっき頭を冷やしたというのにまだ茹っているんだろうか。