おにはそとできみはうち! 冬の寒さが随分と和らいだ二月の上旬。
ささやかな風が、喫茶ハルハルの扉に下げられた「準備中」の札を揺らす。店内に灯りはついていない。ただガラス窓をすりぬけた昼の陽光が、誰もいない空間に満ちていた。まどろむような静寂のなかに、入口に吊るされたベルの音がささやかに響いて――
「今日は節分やでェ!!」
程なくして、過剰なまでの大声に搔き消された。言うまでもないが関西訛りであった。
――壁一枚隔てて。それでも明瞭なその声に、奥の部屋でソファーに腰掛けながらうたた寝をしていた六平千鉱は、ゆるりと頭を持ち上げた。昼の二時だった。
こちらも柴の大声に眠りを妨げられたのか、勝手に枕として使っていた千鉱の膝が突然動いたのが宜しくなかったのか。ぐうすかと大口を開けて眠っていたシャルが、喉から「ンガッ」とたくましい音を上げて小さな眉をしかめた。千鉱はこの幼女らしからぬ目覚め方を見るたびに、大仕事を終わらせた翌朝の父親の顔が頭を過ぎる。失礼と言えなくもない情緒に浸っていると、ドアの向こうにいる柴の呟き声が聞こえた。
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