12月31日。ニューミリオンの年越しは朝から晩を越えてまで、どこもかしこも騒がしい。特にセントラルスクエアのメインストリートで毎年行われるカウントダウンイベントは、この時期観光の目玉だ。民間のセキュリティ会社から公務員たる職業軍人まで、ありとあらゆる機関の人間が警備に当たる。
エリオスのヒーローたちも例外ではなく、人員整理に駆り出されていた。
「ちょっとキース、煙草しまって」
「あ?あー…そうだったな…」
23時55分。メインストリートにひしめく群衆から後方に少し離れたところで、煙草に火をつけようとしたキースをフェイスが制した。
普段は喫煙可能な場所ではあるが、あまりに人が溢れる今日は、トラブル防止のために禁煙エリアに指定されている。アルコール類の持ち込みも厳禁だ。
「酒も煙草もできねぇ上に、この寒空の下で何時間も待って年越ししよーってヤツの気が知れねぇわ」
「お酒と煙草があっても俺は後免だけど。……まあでも、そういう感覚が麻痺するのがイベントだよね」
この人混みに愚痴しか出てこなかったキースと違い、プライベートや仕事でイベントを企画する機会があるフェイスには、何かしら思うものがあったらしい。
仕事の疲れが見える端正な横顔に、ほんの少しだけ高揚が滲む。
その様子に機嫌が良さそうだと思ったのか、キースが「なあ、1本だけ見逃してくれねえ?そこの路地ならバレねえだろ?」と追いすがった。
「駄目。タワーに戻ってブラッドにでも会ったら、一発でバレるよ」
カウントダウンが間近なこの時間帯は、人の流れが止まる。人々の関心だって、メインスクリーンがある前方に集まっている。群衆からやや離れたこの場所でなら、喫煙も危なくはない。さらに路地に入るというのなら、キースが一服したところで確かにバレないかもしれないがーーそれは、いまこの場に限った話である。
煙草の匂いというのは残る。キースだけが怒られてくれるのならまだいいが、一緒にいたのに見過ごしたのか云々、新年早々小言を頂戴するのはそれこそ後免被りたかった。
「まあ、そりゃそうだけどよ……」
一蹴されてなお諦めきれなさそうなキースに、フェイスはいたずらっぽく笑う。
「そんなに口寂しいなら、キスでもしてあげようか?」
それは、周囲に響き始めたカウントダウンにつられて、ふと思いついただけの冗談だった。
プライベートならまだしも、さすがにこんな場所でーーましてや制服姿で睦み合うことはできない。
こういう手出しのできない状況でこちらから仕掛けたときのキースの反応が、フェイスは好きだった。
その場では呆れたような視線をよこすくせに、後になっていつもよりねちっこくーー品良く言うなら情熱的に求めてくる恋人に安心するような悪癖が、フェイスにはあった。
だから、次の一言に虚をつかれてしまったのだ。
「じゃあ、頼むわ」
「え」
呆けたその隙をつくように力強く片手を掴まれ、あっという間に路地の暗がりへ引っぱり込まれる。
壁に背中を押しつけられたかと思えば、頤を取られて上向かされた。
瞬間、年越しの熱気にまみれた人々のカウントダウンが、再びフェイスの意識を捕らえる。
ーー3、2、1。
『HAPPY NEW YEAR!!』
舌を絡めあうほどではなく、かといって触れただけというには少しばかり深い。
フェイスの小さな口を食むように交わされた短いキスは、たしかに口寂しさを紛らわすという口実に相応しかった。
思惑が別のところにあったのは、明白ではあるけれど。
こうやって、誤魔化すくらいが自分たちには丁度いいのだろう。去年よりも親密に、あなたと愛にあふれた一年になんて、正面きって願をかけるのはガラじゃない。
ーーそう、フェイスがひとりごちた時。
「まあ、なんつーか……今年もよろしく、的な……」
寒さのせいと誤魔化すには赤く染まりすぎた顔で、いかにも決まり悪そうに。年上の恋人が、ボソボソとそんなことを言うものだから。
フェイスの顔も、またたく間に真っ赤に染まってしまったのだった。
fin.