(膝の上に座らされ、頬を撫でられながら「かわいいね」「僕の仔猫ちゃん」などと、とろけるように甘やかされていた。柔らかい声、ぬくもり、指先のひと撫でが全て心地よくて、思考がふにゃふにゃになりかけていたその時――)
「……失礼します、先生」
(静かに扉が開いた。そこに立つのは、朝尊の部下のひとり。膝の上の彼女に気づくと一瞬だけ戸惑いの表情を見せたが、すぐに視線を逸らし、朝尊にそっと何かを耳打ちした)
(その瞬間だった)
朝尊の表情が――変わった。
笑みはそのままに、目元だけがすっと細まり、冷たい理性がその奥に浮かび上がる。熱を帯びた甘さは霧散し、代わりにひりつくような殺気のような、異質な空気が部屋の温度を数度下げた気がした。
(ぞくり、と背筋が粟立つ)
(まるで、猛獣の本性を垣間見たような――そんな錯覚すら抱く)
けれど、すぐに朝尊はまた「ふふ」と笑って、愛しげに彼女の頬を撫でた。
「すまないね、少し所用ができたから出掛けてくるよ。いい子で待っていられるね?」
(口調は甘い。けれど、明らかに違う)
本音はきっと「今は君とこうしていたかった」という苛立ちに満ちている。唇の端がわずかに引きつり、しかしそれを抑えて微笑みに変えているのが、返って怖かった。
(……初めて見た。朝尊の、あんな顔)
怖い。けれど。
(……少し、どきどきした)
張り詰めた空気の中、膝の上からそっと降りると、朝尊がもう一度抱きしめてきた。その腕はさっきまでの甘やかす力加減ではない。支配するように、離さないように、じっと、体温を刷り込むような抱きしめ方だった。
「すぐ戻るよ。……だから、変な夢なんて見ないように。僕以外の名前で、寝言なんて言わないように」
耳元で囁く声は、甘いのに底冷えするような熱を孕んでいて――
部屋を出た彼の背中を見送るその瞬間まで、ずっと心臓の音が止まらなかった。