バレンタインのシエウノ「ウーノ! ハッピーバレンタイン!」
グランサイファー内に用意されたウーノの部屋に訪れたのは、甘い香りを纏って楽しげに笑うシエテだった。彼はピンク色のハート型をした箱を右手に、左手にはトレイに乗せたティーセットを持っている。部屋の中に招き入れると、シエテはベッドサイドテーブルにトレイを置き、そのままベッドに腰掛けてピンク色の箱を開けた。中には、透明なフィルムで個包装された丸いチョコレートが複数個入っている。
「はい、食べて食べて〜。トリュフだよ」
ドアを閉めてベッドの側までやってきたウーノに、チョコレートの箱を差し出すシエテ。ウーノは、備え付けの椅子を引き寄せて座ると、大きさに多少のばらつきがあるそれの、比較的小さなものを取ってお礼を言う。
「受け取ってもらえて嬉しいなー。実はコレ、手作りなんだよね。ジータちゃんたちのチョコ作りに混ぜてもらっちゃった。あ、お茶も入れるね。トリュフに合うアッサムをもらってきたんだよ。……ね、味はどう?」
フィルムを開き、中のチョコレートを口に運んで、その甘やかな風味を楽しんでいると、喋りながら紅茶をカップに注いだシエテが尋ねてくる。
「甘いね。けれど、甘味と苦味がちょうど良いバランスで美味しいよ」
「ウーノに気に入ってもらえて嬉しいな。お茶もどうぞ」
「ありがとう、シエテ」
ティーカップをソーサーに乗せて差し出すシエテからそれを受け取り、ウーノは立ち上る香りを楽しんでから口に含んだ。
「いい茶葉だ。このトリュフにもよく合うね」
「それは良かった。まだあるから、好きなだけどうぞ!」
そう言ってにこにこと嬉しそうな顔をしてチョコレートの箱を差し出すシエテ。ウーノは、ティーカップをソーサーに戻して立ち上がり、それをベッドサイドテーブルに置くと、差し出された箱からトリュフを一つ取って開封する。中身を指先でつまみ上げると、シエテの口元に差し出した。
「せっかくだ、君も食べないかい?」
「えっ! えーと……いいの?」
少し面食らったような顔をする彼に、ウーノは小首を傾げる。
「少し、無作法かな」
「嬉しいよ! いただきます」
ぱっと破顔したシエテは、手に持った箱をベッドの上に置くと、ウーノの手首に片手を添え、口を開けてその指先に挟まれたチョコレートを受け取った。シエテの唇と呼気が指先に触れて、ほんの少し擽ったいとウーノは思う。
「ん~~っ、美味しい!」
もぐもぐと口を動かしながら幸せそうな顔をするシエテを見て、自然と笑みが浮かんだ。
「君からチョコレートを貰えるとは思っていなかったから、何も用意していなかったんだ。すまないね。ホワイトデーのお返しはきちんと考えておくよ」
「別に気にしなくて良いけど。あ、じゃあ俺もウーノに『あーん』ってしていい?」
その子供のような言い方に、ウーノの中で先程の自分の行為に対する僅かな羞恥心が芽生える。しかし、それは表に出さずに了承をした。すると、シエテは楽しそうに箱からトリュフを選んで、包装を解く。中身を摘まんで、「あーん」と口にしながらウーノの口元に差し出した。
彼の選んだチョコレートは、少し粒の大きめのものだったため、ウーノはシエテの指先を傷つけないように注意して半分ほど囓った。少し咀嚼して、残りの半分を口内に迎え入れる。
それを見つめていたシエテの頬が、じわりと朱に染まったのを見て、口内のものを嚥下した後で、「どうかしたのかい?」と声を掛ける。すると、彼は片手で口元を覆い、視線を逸らして言った。
「なんでもないです」
「なんでもないなら、視線を逸らすのはどうしてかな」
ウーノの当然の疑問に、シエテはしばらくの間を置いてから、一つ息を吐く。それから、覚悟を決めたように視線を合わせる。
「ウーノに、めちゃくちゃキスしたくなった」
「それは……」
「吃驚するよね。俺もそう。ウーノのことは好きだけど、そういう対象として見て好きだったなんて……いや、全く見てなかった訳ではない気もするけど」
真面目な顔をして考え込むシエテの、その言いように、ウーノは不謹慎にも笑ってしまった。それに、シエテは目を眇めて拗ねたような不服を表す。
「いや、すまない。君が自覚に至る順序が、かなり個性的だったものだから」
「俺は真剣に、一体どこからあんたをそんな目で見てたのかを考えていたのに」
「それはさして重要ではないと思うけれど」
微笑みながら穏やかに話すウーノの言葉に、シエテはまた気まずそうに視線を逸らして、「まあ、確かに」と言った。それから、二人の間に少しの沈黙が流れる。
「ん~~。ちょっと、自分でも整理したいので、一旦保留でお願いします」
「そうだね。それがいい」
主語のないあやふやな発言を、ウーノは優しく目を細めて了承した。それを横目で見たシエテが、きちんとウーノに向き直る。
「でもちょっと気になることがあるから、確認させて」
「なにかな」
「――ウーノって、俺のこと好き?」
あんまりといえばあんまりな不躾たる質問をされたウーノは、ただ静かに笑った。それから、シエテの隣に置かれた箱から、トリュフを一つ取り出し、包装を解く。そして、その様子を視線で追っていたシエテの唇に、摘まんだそれを押しつける。
ぐいぐいと押されて、シエテが口を開いてチョコレートを迎え入れると、ウーノはその指先でシエテの唇に触れた。そのまま横にずらし、頬を摘まんで軽く引っ張る。
「それは、保留させてもらおう」
「ひゃい」
同じ文句を使うと、流石に無遠慮すぎる質問であったと気付いたのか、シエテは視線を斜め上にやった。そんな彼の頬から手を離し、「残りも食べていくかい?」と問えば、小さく頭を振られる。
「残りはウーノが食べて。俺は、ちょっと冷静になるために風にでも当たってくるから」
シエテがベッドから立ち上がり、ドアまで歩いて行く。ウーノが、その背を見送りながら、「ありがとう、大切に頂くよ」と伝えれば、ドアの前で彼が立ち止まった。
「ウーノって、もしかして……」
「シエテ?」
何かを言いかけて口ごもったシエテの名を呼ぶと、彼はぱっと振り向き、「うん、ごっめーん!なんでもない、またね!」と言って片手をひらひらとしながら部屋から出て行った。
残されたウーノは、少しの間ドアの方を見ていたが、しばらくして視線をベッドの上にあるチョコレートに移す。先程までシエテが座っていたそこに腰掛け、箱からトリュフを一粒摘まんで、中身を口にする。
「……甘いね」
口元を綻ばせたウーノは、とても幸福そうな顔をしていたのだが、それを見るものは誰もいなかった。