100本の薔薇とんでもなく美形で、とんでもなく仕事のできる、とんでもなく変な人。
オレが抱くギルガメッシュさんの印象だ。俺を可愛がってくれるのは嬉しいが突然の思いつきで地球の裏側まで連れて行かれるのは勘弁してほしかった。けれどこの人といれば退屈はしないし、知らない世界を知れる。この人と一緒に居られることが楽しくて嬉しくて、多少無茶だと思ってもいつしかオレは喜んでついて行くようになった。オレはこの人のことが好きなんだと気づくには時間はかからなかったけど、その気持ちに蓋をするのも早かった。だってこの人は、とんでもなく美形で、とんでもなく仕事のできる……とんでもなく変な人。どこにいてもモテるし、気に入れば口説くし、行きずりの相手でも一夜を共にする。けれど遺恨を残さないよう相手が本気になるより前にすっぱりと別れる。そんな人だから、オレが好きになってしまったことを伝えたら、まるで飽きたおもちゃを捨てる子供のように簡単にオレから離れてしまうと思った。
だから、この人からの告白は青天の霹靂だったんだ。
「貴様以外この我についてこれる伴侶は居るまいよ」
人の心を掌握するのは簡単だと言わんばかりに
「望む品は全てくれてやろう」
甘い飴でも与えるように
「この我に一生を捧げることを許す。立香」
断ることなど、一切考慮していない告白だった。
聞こえた言葉を理解すると共に、素直に頷けないのが本音だった。この人のそばにいたからこそ分かる。遊びの延長でオレをからかっている。きっと何かの拍子ににオレの気持ちを知ったに違いない。オレが泣いて喜んで頷いたら、明日こそ捨てられるかもしれないなんて思いながら生活することになる。その恐怖を抱えるオレすら、この人のおもちゃに過ぎない。そして、飽きて捨てられたら、きっとオレは壊れてしまう。
ーいくら好きな相手でも、そこまでされたら無理かも…
誠に勝手ながら、傷つきたくない気持ちが勝ってしまって、お断りをした。相手はかなり驚いたようで、初めて見る表情を見せた。断られるはずがない、おかしいと言いたげな視線を向けてくる。
「何が悪かった?」
なんて素直に聞かれると困ってしまう。何も悪くない。嬉しかった。でも貴方の気持ちとオレの気持ちはきっと重量が違う。貴方にとって1晩の道楽でも、オレからしたら一生抱えるくらいの思い出(トラウマ)になる。それを上手く言語化できなくて、モゴモゴと口の中で言葉を咀嚼していると相手は大きくため息を吐いた。
「……わかった、貴様の望むように告白をしてやろう。貴様を頷かせるためなら手段を選ばん」
どうしてそこまで、と本当にオレのことが好きなのかもなんて想いに挟まれて、とんでもないことを口走ってしまった。
「オレは真っ赤なバラを1本持って毎回違う告白をしてくれるのを100回してくれる人じゃないと結婚しないです」
告白される前に、恋愛ドラマなんて見るもんじゃないなと思った。
「その薬指を、我に捧げる気は無いか?」
「…………どうも」
あれから毎日、1本の薔薇と一言の告白を貰うようになった。3日もすると飽きてくると思っていた。この人は結構飽きっぽいから。大丈夫だと思っていた。
優しく掴んで、手の甲にキスを落としながら告白される。平気な顔をしてはいるけど心臓が口からこぼれ落ちそうになっている。
「……全く、シェイクスピアの引用も貴様の国の有名な台詞すら貴様の心を動かすには足りぬ故、最近は甘ったるい恋愛ドラマまで引っ張ってきたというのに……」
「…うう、ねぇやめませんか?」
最初の2.3日はすぐ飽きてしまうだろうとありがとうございますと適当に流していた。最初こそ嬉しくて、いつまで続くか分からないから貰った薔薇をドライフラワーにしようと逆さに吊るしていた。けれど薔薇の本数が20を超えたあたりからこの人が本気なのかもしれないと思った。気づけば壁一面に逆さになった薔薇が吊るされ、こういう処刑場みたいだなんて恐怖を感じた。ギルガメッシュさんを信じられなくてとんでもなく失礼なことを言ってしまった。その後悔と、もしかしたら明日には止めてくれるかもしれないと淡い期待を抱いてしまう。そんなことを思いながら、桜の咲く季節から、既に暑さを感じる季節へ時は流れていた。
「何を言うか。もう既に99本くれてやったのだ。明日には手に入るものをみすみす逃すか」
「そうですか……ん、99本?」
「フッ……愛の言葉を99考えるのはなかなか骨が折れたが……継続は力なりだ。この我に不可能なことはなかったな!」
ハハハ!と普段より大きな笑い声が聞こえたが、こちらは頭が真っ白だ。断るためだったのに。いつかやめてくれると思っていたのに。まさか本当に本気だったなんて。自分が相手の心を弄んでいた事実に酷く胸が傷んだ。
「……また明日だ。楽しみにしているぞ」
そう言うと、あの人は颯爽と去った。
それから、オレは明日のことを考えて死ぬほど頭を回転させていた。100回告白をさせたのに答えはNOなんて言えない。何より本当に誠実に毎日告白してくれたことが嬉しかった。なのに、自分はどんな返事をするのか考えていなかった。だから慌てて色々調べて、初めて薔薇100本の意味を知った。明日、貰ったら、どうしよう。色々調べて、どうやって返事しようか考えていた。
次の日、なかなか眠れなくて眠い目を擦りながら、大学へ向かう。ギルガメッシュさんの仕事が終わったら、公園に集まる。最初の1週間ほどは仕事中だろうと深夜だろうと構わず告白してきたので、毎日告白する場所と時間を決めることを提案した。告白される側がそんなこと言うのも変な話だけれど。
今日は、答えも出さないといけないから。自分の中ではかっちりした私服を選んだ。スーツでも来ていこうかと思ったけれど、そんな遠目からでも分かるOKサインはさすがに恥ずかしかった。手に持った花を確認して、ふっと笑顔が毀れる。最初にオレに告白した時、ギルガメッシュさんはこんな気持ちだったのかな、なんて思った。約束の時間が来たけれど、きっと忙しくて抜け出せないのだろう。そう思って、ベンチに座る。数十分なら待とうと思った。
ーその日、ギルガメッシュさんが俺のところに現れることはなかった。
時計の針がてっぺんを通り過ぎても、夜風が体を冷やしても、朝日が差し込んでも。現れなかった。
あんなに何日も告白してくれたのに。
酷く手の込んだイタズラだったのだろうか。
くしゅん、とくしゃみが出る。体が震えて、どうしようもない。
あぁきっと、人の気持ちを弄んだのがいけなかったのだ。
家に帰った時、酷く足元がふらついて、熱が出ていることに気づいた。何度も電話をかけたり、メッセージを送ったスマホはすっかり電池が少なくなっていた。既読もつかないメッセージアプリを見るのも嫌で、机に放ってベッドに横になった。体は氷の海に放り込まれたくらいに寒いのに、視界が揺らぐほど頭が熱い。体調の悪さからか、酷く寂しい気持ちになった。
何度かスマホが鳴ったが見る気になれなくって無視していたら気づくと眠ってしまった。夕方になるとようやく熱が下がって、少し気持ちも落ち着いてきた。スマホは充電が切れて何も鳴らなくなっていた。充電器に繋いで、何か夕飯を食べようと起き上がる。昨日のカッコつけた私服がくしゃくしゃで、なんだかとってもマヌケだった。
一人暮らしのキッチンへ向かうと、冷蔵庫には何も無かった。外に出るのも億劫だしもう一度寝てしまおうかと冷蔵庫を閉めた。
その時、ピンポーンと聞きなれたチャイムがなった。
体調を崩したオレを心配して友人がきてくれたのかもしれない。明日には講義に出席できることを伝えようと玄関へ向かう。ジーワジーワと蝉が鳴く。むわりとした湿気が部屋に入り込む。
金色の髪に、赤い瞳。いつものジャケットを肩にかけて、その人は立っていた。いつもと違うのは、松葉杖と顔や腕は包帯だらけ、ジャケットの下が明らかに入院着であったこと。
「ぼ、ボロボロじゃないですか!?どうしたんですか!?」
「っ貴様こそ返信くらいせんか! この我の一大事の知らせも無視しおってからに!」
オレの声に負けじと張り上げた声が傷に響いたのか叫んだあと肋を押さえて俯き声にならない悲鳴を上げる。慌てて部屋の中に招こうとしたけれど、ギルガメッシュさんの赤い瞳がじっとこちらを見る。
「如何様な理由があろうと百夜通いに失敗したことは認める…。とはいえあの物語のように死したわけでもない!我は貴様を諦めるつもりはないからな!」
「……ももよ…がよい…?」
聞き慣れない言葉でそのまま復唱すると、ギルガメッシュさんは目を丸くした。パクパクと何度か口を開け閉めしたあと、はぁ、と大きく溜息を吐く。
「貴様の国の話であろうが…求婚を断るために百日通わせ、諦めさせようとする話だ。最後は男が死ぬオチだが、この我を試そうなどと面白いことをすると思ったが……。本当に知らずに言ったのか?」
こくこくと何度も頷く。しまった、古典は苦手だったし必修じゃないから全然知らない。何度目かの無知を晒すようで今更恥ずかしくなってきた。すっかり気の抜けたらしいギルガメッシュさんは肩を落としたが、すぐに普段のように胸を張って得意げな顔になった。
「確かに貴様は100回とは言ったが、100日とは言っておらん。うむ。ならば我はまだ失敗はしておらんな」
「えっあ、はい…?そ、そうですね…?」
「しまったな、薔薇が無いか…」
あ、とオレが口を開く。それをギルがメッシュさんは見逃さなかった。
「あるのか?」
「あ、あります。ただ、その…」
昨晩、返事のために買った花。いつもくれた真っ赤な薔薇と同じ薔薇を一輪。一輪の薔薇の花言葉は「貴方しかいない」。今更ながら毎日一本の薔薇を届けさせていた自分の発言が恥ずかしくなってきた。この人は恥ずかしがるそぶりもなく、むしろ花が似合う人だったから何とも思わなかったけど自分でいざ渡すとなると羞恥心が優ってしまう。そういえば昨日は帰ってきてからどこに置いたんだったけ、とぐるぐると頭を回転させる。
「と、とりあえず、怪我もされてますし中へどうぞ…!」
そう言って、狭いワンルームへ誘う。狭いキッチンを抜けるのに松葉杖は不便そうだったので、肩を貸して部屋の中へ。しかしキッチンと部屋を遮る引き戸を開けた時、壁一面の薔薇が視界に入ってくる。あ、と思って相手の視界を遮ろうと腕を伸ばしかけた。
「…確かに薔薇はあるな」
チラリとこちらを見た赤い瞳は、何か言いたげだ。先程の会話を思い返すと、まるで「今までの99本があります」と言う意味に聞こえなくもない。
「ちっ違います!俺が言いたかったのは、ちゃんと買った薔薇があるってことで…!」
「…貴様がわざわざ買ったものがあるのか?」
「そうです!」
「なんのために?」
「それはもう、告白の返事のために…」
口にしてから、ん?と首を傾げる。告白の返事のために薔薇を買っていた、と言うのは既に返事がイエスだと言っているのではないだろうか。そろりとギルガメッシュさんを見上げると、にんまりと笑っている。きっとオレの考えもお見通しだったのだろう。ふと机に目をやると、スマホと一緒に置いてあった薔薇が置いてあった。オレの視線に気付いて、ギルガメッシュさんは薔薇を見つけてしまう。それを優雅に手に取ると、流れるようにこちらに向いた。
「貴様以外この我についてこれる伴侶は居るまいよ」
人の心を掌握するのは簡単だと言わんばかりに
「望む品は全てくれてやろう」
甘い飴でも与えるように
「この我に一生を捧げることを許す。立香」
断ることなど、一切考慮していない告白。
手に取った薔薇を、そのまま俺の方へ差し出してくる。顔から火が出そうなくらい顔が熱い。
「最初の告白と一緒じゃないですか」
「たわけ、あの時は薔薇はなかっただろう。ノーカンというやつだ。何より、あの時のあの言葉こそ我の本心であり、そこらの雑種の考えた甘い言葉より我の寵愛が伝わるだろう?」
「…そう、ですね」
あの時の、あの言葉は今なら本気だったのだとわかる。こんなに傷だらけになっても来てくれたことが嬉しかった。だから、返事は決まっていた、のだけれど……。
「ギルガメッシュさん、頭から血が…」
「むっしまった、傷が開いたか…まあ良い。とにかく返事を…」
そういながら額の包帯に触れると、染み出すように血が垂れてくる。
「いやいや!それどころじゃなくないですか!?うわっいっぱい血が出てきましたよ!?」
「若干視界が暗いが問題ない」
「問題ありますよ!?お医者さんには全治どれくらいって言われてるんですか!?」
「3ヶ月…」
「さっ!?びょ、病院に戻りましょう!?」
「待て、今戻ると医者とシドゥリの2方向から説教を喰らう。せめて貴様の返事を聞かせんか」
「〜っ!」
ぼたぼたと包帯から染み出した血を抑えて、ギルガメッシュさんを座らせる。119に掛けるべきかタクシーを呼ぶべきか迷いながらスマホを掴むと充電が無い。しまったと頭を抱えて充電器に差し込み、早く電源がつくよう祈りながら真っ暗な画面を見ていた。けれど、後ろから腕を掴まれて、無理やり後ろに振り向かされる。
「…あまりいけずな真似をするな。貴様の返事を聞いている」
「そ、そんなの今聞くことじゃ…!」
「今聞かずしていつ聞くのだ。あの時から随分待たされている…ここまできて、まだ逃げる気か?」
血が視界を塞ぐせいか、片目を瞑っているけれどその目は真剣そのものだった。逃がさないというようにしっかり腕を掴んで離さない。逃げるつもりじゃ、と言いかけたけれど、ギルガメッシュさんの気持ちを疑って、こんなに時間をかけさせたのに応えないのは、確かに返事から逃げているように感じるかもしれない。ギルガメッシュさんの手に自分の手を重ねる。
「ふ、つつか、ものですが…」
あれ、この後って何て続くんだっけ、と頭が真っ白になる。何回も練習したはずなのに言葉が出てこない。何か続けないといけないと思って口を開くと、柔らかな感触が触れる。わ、と声を出す前に床に倒された。重いビブスを引きずりながら覆い被さったギルガメッシュさんは、飢えた野生動物みたいにぎらついた瞳をしていた。ぬるりと口の中に舌が入り込む。初めてのキスなのに遠慮なく口内を縦横無尽に舌が動き回って、目を白黒させてしまう。執拗に舌が追いかけてきて、奥で縮こまることも許されないまま舌を引き摺り出される。呼吸も許されずクラクラしてくる。けれど怪我をしている相手を叩くわけにもいかなくて、入院着の胸元をギュッと握り込む。それが催促だと思われたのか、服の中に手が入ってきた。
どうしよう、怪我している相手なのにこれ以上無理させても大丈夫なんだろうか。
掌が肌を滑るように上がってきたところオレのスマホがけたたましく鳴った。
「ぐぬ…」
真っ白な病室の個室。たくさんのフルーツが並べられたサイドテーブル。ベッドには点滴をつけられたギルガメッシュさんが縛り付けられるように横になっていた。聞けばオレが待ちぼうけしていたその日に車に撥ねられたそう。仕事関係のいざこざや私生活での恨みかと思いきや、本当に偶発的な事故だった。相手もブレーキを踏んでいたしギルガメッシュさんが受け身をしっかりしていたので命に別状はなかった。ただ、当たり所が悪く担ぎ込まれたのに、次の日には病院を抜け出したので看護師さんの目が厳しい。
「ようやく貴様を手に入れたというのに、この這々の体では祝言もあげられんではないか」
「そんなに急がなくても…」
「たわけ!貴様が我のものだと宣言する儀式だぞ!必要であろうが」
「でもオレまだ大学生なんですが…」
「…むっそれもそうか…」
そう言うと、怒りが落ち着いたのかふん、と鼻を鳴らす。あの時けたましく鳴ったスマホの相手はシドゥリさんだった。電話番号を教えたつもりはなかったけど、緊急事態だったのでと言われて納得することにした。手持ち無沙汰でフルーツに手を伸ばす。りんごの皮を剥いていると赤い目がじっとこちらを見ていることに気づく。
「どこか痛むんですか?」
「いや…ようやく手にした物を再確認している」
ギルガメッシュさんが手を伸ばしてきたので、ちょうど剥いたリンゴを乗せる。む、と不服そうな顔をされてしまった。違ったかな、と少し考えると、やり方を間違えたのでは無いかと気づく。手のひらに乗せたリンゴをもう一度手に取ると、ギルガメッシュさんの口元に近づける。
「あーん」
「……」
大きく目を見開いた後、何か言おうとしていたけれどふっと微笑んだ後に口を開けてりんごに齧り付いた。多分違ったみたいだけど、もぐもぐと咀嚼している様は嬉しそうだったので良しとした。
「ギルガメッシュさん」
「んむ…なんだ」
「…これから毎日ギルガメッシュさんのところに通います。怪我が治っても。オレにしてくれたことを、オレもちゃんと返したいから」
意を決して伝えたことを、ギルガメッシュさんはきちんと聞いてくれた。
「祝言?は、まだ早いかなって気持ちがあるのもあるんですが…でも、貴方のことが好きなのは本当です。いつか、貴方と一緒になりたい気持ちもあります。でも今は、その…こ、恋人の期間ってことで…どうでしょうか…?」
こう言う時に、ギルガメッシュさんみたいにしっかり言えたら良かったのだが、尻すぼみになってしまう。聞こえなかったのか、返事はなかなか無かった。恐る恐る顔を見ると、ギルガメッシュさんはこれまで見たことないような凶悪な笑顔をしていた。びっくりしてしまって、立ちあがろうとするとギルガメッシュさんに腕を引かれた。バランスを崩して、ベッドに倒れ込むようにギルガメッシュさんに覆い被さってしまった。
「よかろう。‘今は’許嫁というわけだ。いや、貴様の言葉を借りるなら恋人か。フッ…期限は貴様が卒業するまでで良いな?」
「え、あっは、はい…!」
こくんと頷くとふっと穏やかに微笑まれた。びっくりするくらい綺麗な顔が近づいてきて、あの時みたいなキスをされると思って体に力が入ってしまう。ふに、と柔らかな感触が触れて、きっとこの後舌が入ってくるのかと思って待っていると、クク、と喉奥で笑うような声が聞こえた。
「こうも初心な反応をされると、手を出しづらいではないか」
「…!い、今はダメですからね!?」
「今でなければいいのか」
「…!…そ、それは、そうです…だから、早く退院してください…」
揶揄うような笑顔に、思わずキスした。ちょっとした仕返しのつもりだった。びっくりした顔で固まっているのを見て、自分が何をしでかしたのかじわじわ自覚して恥ずかしくなる。固まっている間にベッドから抜け出して、そろそろとベッドから離れる。コツンとサイドテーブルに置いた花瓶が背中に当たった。
「立香」
「……はい」
「今の言葉、忘れるなよ」
「は、はい…」
花瓶には、一本の薔薇が飾られていた。